ゴブリン狩り
やっと見つけた。青い群体の中に、一際濃い色をしたスライムがいる。アビリティサイトに浮かぶ文字は【異空間LV1】。
俺は迷わずギフトテイカーを発動した。ズルリとした例の感触が脳髄を走り、スキルが俺のものになる。
直後、ステータスを確認すると、表示が変わっていた。
『異空間LV2』。
「よし!」思わず声が出た。「市橋さん、異空間がLV2になりました!」
市橋さんは剣の切っ先でスライムの残骸を払いながら、こちらを見た。「で? 何が変わったんだ?」
「うん、そこなんですけど…」俺は虚空に手をかざし、意識を集中させた。「分かりにくいですが、感覚的に容量が増えた気がします。LV1はバックパック一杯分くらいでしたが、LV2は…トラックの荷台くらい入りそうです」
これはあくまで直感だが、異世界のシステムがそういう風に機能していると信じた。
すると、視界の隅でもう一匹、色の薄いスライムがプルプルと震えているのが見えた。【異空間LV1】だ。
俺はそれを奪い、ステータスを見た。
『異空間LV2』『異空間LV1』。
二つが並んで表示されている。
「あれ? 合算じゃなくて別々なのか?」
俺は首を傾げつつ、市橋さんに提案した。「市橋さん、この異空間LV1、持っててくれませんか?」
「はぁ? いらないよ」彼女は即答した。「荷物なんて自分で背負えばいいし」
「いや、それが危ないんです」俺は必死に食い下がった。「この世界、スリや強盗がいるかもしれないですよね? 貴重品は異空間に入れとかないと、ある日突然一文無しになりますよ」
この説明は理にかなっていた。異次元収納は便利スキルであると同時に、究極の金庫でもあるのだ。
市橋さんは怪しむ目を細めた。「…オタク! お前、キスしたいだけじゃないのか!」
顔が赤い。鋭い。図星を突かれて心臓が跳ねたが、ここで引くわけにはいかない。
「そ、そんな事ないですよ! 本当に便利なスキルなので、パーティの安全性を高めるために持っていて欲しいだけです!」
大嘘だ。半分は安全性のため。もう半分は、あの感触をもう一度味わいたいという男のささやかな欲望だ。
「…キス、したいです」俺は小声で呟いた。「舌が絡み合う感触…大人のキス…お願いします」
市橋さんは一瞬驚いた顔をしたが、やがて観念したように、そして少しだけ恥じらうように目を閉じた。「うん…わかったよ、すぐ済ませろよ」
俺は喜びを顔に出さないように必死で堪え、彼女の顔に自分の顔を近づけた。
柔らかい唇が重なる。すぐに舌を差し入れ、彼女の口内を侵食する。んっ、という吐息。粘膜が触れ合い、唾液が混じり合う。熟成された大人のキスの味に、俺の下半身はまた元気になりそうになったが、10秒ほどでスキルが移動した感覚があった。
名残惜しさを振り切り、唇を離す。
市橋さんは荒い息を整えながら、ステータスを確認した。
「…なんだこれ」彼女は剣を握りしめ、そしてスッと手を離した。剣が空中に吸い込まれるように消える。次の瞬間、虚空から剣が現れ、彼女の手に収まった。「なるほど…便利だな」
彼女の瞳が輝いた。剣をしまう手間が省けるのは戦闘において決定的なアドバンテージだ。彼女は貴重品と剣を異空間に放り込んだようだ。
「さて、まだ日が高いですし」俺は話題を変えた。「スライム以外の魔物のスキルも探しに行きましょう」
「ああ、そうだな。スライムじゃ弱すぎる」俺たちは草原の先に広がる、薄暗い森へと足を向けた。
森の手前、木陰からヒョロヒョロとした小柄な人影が現れた。緑の肌、尖った耳、粗末な棍棒や短剣。ゴブリンだ。3匹。
俺は即座にアビリティサイトを発動する。
【投擲LV1】【棒術LV1】【短剣LV1】。
お、LV1の割には実用的なスキルだ。
「市橋さん、あいつらのスキル、全部奪っていいですか?」
「おう、奪っていいぞ。その後で私が始末する」
俺は3匹に向かってギフトテイカーを発動。ズルズルと3つのスキルが流れ込んでくる。
スキルを奪われたゴブリンたちは、一瞬ふらついた。その隙を逃さず、市橋さんが動く。異空間から剣を瞬時に呼び出し、銀色の閃きが3度走った。一撃必殺。3匹のゴブリンは声も上げられずに倒れた。強い。剣術LV2と異空間の相性が良すぎる。
「ゴブリンはいろんなスキル持ってそうですね」俺は魔石を回収しながら言った。「しばらくゴブリン狩りしましょう」
「異存はないな」市橋さんは剣の血振りをするように、剣を異空間に出し入れした。
それからは効率的な作業だった。ゴブリンを見つけたら、俺が先にスキルを奪い、無力化したところを市橋さんが刈り取る。投擲のスキルを持ったゴブリンが3匹現れ、奪い取ると『投擲LV2』になった。棒術は『棒術LV2』と『棒術LV1 2/3』。短剣術も『短剣術LV1 2/3』まで集まった。いざという時の選択肢が増えた。
夕暮れ時、俺たちは街へと戻ってきた。
「明日もゴブリンですね」
「ああ、オタクのスキルが便利すぎて、他のパーティが羨ましくて泣くな」
ギルドの前は騒がしかった。朝見かけた元クラスメイトたちの集団だ。30人がかりで受付にたかっている。
「一日中狩ってこれだけかよ! 俺たち選ばれし者だぞ! もっと金払えよ!」
文句を言っている彼らの袋には、銀貨が数枚と、小さな魔石が少し。30人で分けたら一人当たり銅貨数枚。装備の維持費や食費を考えたら赤字だ。城から支給された資金を食いつぶしているだけなのが丸わかりだ。王様に媚びて良い装備を貰ったところで、稼げなければただの飾りだ。
俺たちは彼らに見つからないように、脇をすり抜けてギルドに魔石を売った。受付のお姉さんは「今日もお疲れ様です」と笑顔で対応してくれた。彼らに比べて、俺たちの成果はダントツだ。
宿屋に戻ると、いつものように女将さんがお湯をくれた。
「お疲れ。オタク、先拭いていいよ」
市橋さんは意外にも譲ってくれた。俺は「じゃあお言葉に甘えて」と早速体を拭き、さっぱりしてから彼女と交代した。
ベッドに横になりながら、俺はステータスを眺めていた。
ギフトテイカーLV2
アビリティサイトLV1
アビリティリンクLV2
殴るLV2
異空間LV2
投擲LV2
棒術LV2、LV1(2/3)
短剣術LV1(2/3)
着実に強くなっている。だが、まだ足りない。王様やあのLV3のクラスメイトたちを超えるには、もっと上のレベルが必要だ。それに、何より気になるのは、俺と市橋さんの関係だ。今日のキスは、明らかに前とは違った。拒絶ではなく、受容があった。スキル移動という名目の、甘い密儀。
市橋さんが部屋に戻ってきた。湯気と共に漂う石鹸の香り。彼女はベッドの反対側から潛り込んできた。昨日は背中合わせだったが、今日は少し距離が近い気がする。
「なあ、オタク」
暗がりの中で、彼女の声がした。
「はい?」
「今日のゴブリンさ、スキル奪った後、すぐ斬ったろ。あれ、私強くなった?」
「強いですよ。市橋さんが最強です」
俺は本心から言った。彼女の反応速度はLV2の域を超えている気がする。
「そか…」彼女は少し笑ったようだった。「お前のスキルがあってこそだけどな」
沈黙。心臓の音がうるさい。
「オタク」
「はい」
「…また便利なスキルの移動頼むぞ」
その声は、少し甘えているようにも聞こえた。
「はい。喜んで」
俺は布団の中で、ニヤつきながら答えた。




