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クラスごと異世界召喚されたボッチのオタクとヤンキー女子、パーティ編成でクラスメイトにハブられて2人だけで異世界を生き残る  作者: ミコ


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制服に未練はない

市橋さんがいないと、俺はこの世界で一歩も歩けないかもしれない。宿屋の一階が食堂兼バーになっていることに気づいた時、俺の胃は空腹で収縮していたが、喉はパンク状態だった。「すみません、食事お願いします」という一言が、どうしても口から出てこないのだ。メニュー表を指差せば通じるだろうか。いや、そもそも文字が読めるのか? 通じるのか? 不安が頭をグルグル回り、俺は席に座ったまま石像のように固まってしまった。


結局、俺の葛藤を察したのか、呆れたのか、市橋さんが店員を呼び、「食事二人分」と简潔に注文してくれた。俺は小さく「すみません」と呟いたが、店員の声にかき消されて彼女には届かなかった。


出てきたのは、木の皿に盛られた黒っぽいパンと、野菜と肉らしきものが入ったスープだった。見た目は悪いが、鼻をくすぐる香りは悪くない。スープを一口啜ると、出汁の効いた味が染み渡り、俺は生き返ったような気分になった。食事の間、市橋さんはパンをちぎりながら、ふと思い出したように俺を見た。


「そういえば、お前の名前何だったっけ?」


ですよね。俺たち同じクラスの一ヶ月間、俺は彼女の隣の席で空気のように存在していたし、彼女は俺のことなど視界にも入れていなかった。名前を知られている方が逆におかしい。


「お、大野拓也です」


「大野拓也…」彼女はパンを咀嚼しながら呟き、ニヤリと笑った。「オタクか。よろしくな」


「は? オ、オタク!? それ蔑称じゃないですか!?」


俺は思わず声を裏返らせた。せっかくの異世界転移(的な状況)で、かっこよく生まれ変わったはずなのに、なぜクラスで底辺扱いだったあだ名が追ってくるのか。


「なんでだよ。大野拓也で略したらオタクだろ。キムタクみたいなもんだよ」


彼女は全く悪気なく、むしろ名案だと言わんばかりに胸を張った。キムタクとオタクを同列に語るなよ。だが、彼女の瞳には反論を許さない強烈な光があり、俺は「うぐっ」と言葉を詰まらせるしかなかった。こうして、この世界での俺の通り名は不本意ながら「オタク」に確定してしまった。


食事を終え、部屋に戻る階段を登りながら、俺は思い切って彼女に尋ねた。


「あ、あのさ。市橋さん、その制服に愛着あります?」


瞬間、彼女はピタリと足を止め、振り返りざまに身体を庇うように腕を組んだ。鋭い殺気。


「なんだよ。やらないぞ」


「ち、違いますよ!」俺は必死で首を横振った。「あの倉庫の男たち、俺たちの服は高く売れるって言ってたじゃないですか。だから、その制服売った金で装備を揃えたらいいかなって……」


俺の説得に、彼女の殺気はスッと引いた。彼女は少し考え、「あー、なるほどな」と納得したように頷いた。


「いいぞ。じゃあ今から代わりに着る服を買いに行こうぜ」


その言葉に、俺の心臓は跳ねた。買い物デートだ。今まで縁のなかった、同級生の女の子とのデート。しかも、今日一日でファーストキスまで経験したのだ。デートくらい起こるものだ。俺は有頂天になって彼女の後を追いかけた。


街に出た俺たちは、目立たない動きやすい服を探した。キャンバス地のような厚手のシャツと、すその長いズボン。布製のマントもある。二人で鏡の前で合わせてみる。なんだかRPGの初期装備みたいで、俺は密かにテンションが上がっていた。


服屋の店員に、市橋さんは元の制服を指差して言った。「この服を売りたいんだ。いくらになる?」


店員は異世界の制服をまじまじと見て、「金貨5枚」と提示した。金貨5枚。銀貨500枚分だ。50万円くらいか。高っ! 異世界の服はやはりレアなのか。もっと高く買ってくれる所もあるかもしれないが、初日からあちこち奔走するのも面倒だ。俺たちはここで売ることにした。


剣は、倉庫の男たちから奪った錆びついたもののほかに、もう一本ある。しばらくはこれでいいとして、俺たちは防具屋へ向かった。金貨5枚のうち、金貨1枚を使って皮の胸当てと膝当てをそれぞれ揃えた。革の匂いがする無骨な防具を身につけると、少しだけ「冒険者」になった気がした。見た目だけはそれなりに整ってきた。


宿屋に戻り、さあ寝ようかという段になって、問題が発生した。ベッドは一つしかない。


「オタクは床な」


市橋さんは当然のようにベッドに潛り込み、俺に薄い毛布を投げつけた。俺は床に敷かれた粗末な絨毯の上に、薄い毛布に包まって横たわった。硬い床。冷たい空気。異世界の夜は長く、そして寒い。


深夜。

カサッ、ゴソッ。

何かの物音に、俺は目を覚ました。薄暗い闇の中、何かが動いている気配がする。まさか、泥棒か? 俺が身を起こそうとしたその時、視界の端に黒い影が走った。


「うわっ!」


目の前にいたのは、ネズミだった。だが、日本のネズミじゃない。小猫くらいはある巨大なネズミが、赤い目を光らせて俺を見ていた。俺は悲鳴を上げかけ、慌てて口を塞いだ。ネズミはチョロチョロと動き、部屋の隅の穴へと消えていった。


心臓がバクバクする。あんなのが歩き回っている床で寝られるか! 俺は恐れ戦き、ベッドの方へ目を向けた。広くはないダブルベッド。市橋さんは、壁側の端っこで小さく丸まって寝ている。


…いや、生命の危機だ。この際だろう。

俺は忍び足でベッドに近づき、市橋さんの隣にそっと滑り込んだ。温かい。柔らかい。そして、何より安心する。俺は彼女に背を向けるようにして、丸くなった。彼女が起きる前に先に起きればバレないだろう。そう思うと、安堵と共に強烈な眠気が襲ってきて、俺は泥のように眠りに落ちた。


パァァァン!


乾いた音が響き、俺の頬が熱を持って痺れた。


「きゃーーーー!! 何やってんだお前!!」


目を開けると、朝日が差し込む部屋の中で、市橋さんが上半身を起こし、仁王立ちで俺を見下ろしていた。手には剣術LV2で強化された拳が握りしめられている。


俺は状況が飲み込めず、呆然としていたが、やがて気づいた。俺は市橋さんに抱きついていた。正確には、寝ぼけて彼女の方へ転がり、彼女の胸に顔を埋めるような体勢になっていたのだ。


おっぱいが当たってる。やわらかい。夢じゃなかった。


「ちょ、待って! 違うんです! ネズミ! ネズミが!」


俺は必死に昨夜の出来事を説明した。巨大なネズミが床を這い回り、怖くてベッドに逃げ込んだこと。襲おうとしたわけじゃないこと。だが、市橋さんは疑り深い目で俺を見下ろしたまま、手を離そうとしない。


「ネズミねぇ…」彼女はジト目で俺を見た。「オタク、お前スキル見たら私のスキルも奪えるんだろ? 夢の中でこっそり奪おうとしたんじゃないのか?」


「するわけないだろ! 」


「…ふん。まあいい」


彼女はようやく拳を下ろし、ベッドから降りた。俺は腫れ上がった頬をさすりながら、ため息をついた。誤解は解けたようだが、信用はゼロだ。


窓の外は明るい。朝だ。

俺たちは互いに顔を見合わせ、覚悟を決めた顔になった。


「まあとりあえず、今日から俺たちは冒険者だ」


「ああ。ギルドに行ってみよう」


俺たちは革の防具を身に着け、錆びた剣を腰に差し、宿屋を出た。異世界の朝日は、俺たちの前途を明るく照らしているようでいて、どこか不気味な赤みを帯びていた。


最弱のオタクと、元ヤンキーの女子高生。

俺たちの異世界サバイバルは、まだ始まったばかりだ。

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