スキル譲渡成功
1秒。チュッ、と唇が触れ合っただけの、味気ない接触。
それが俺のファーストキスだった。あっけない。もっとこう、ドラマチックな演出や、甘い余韻があるものだと思っていたが、現実はただの唇と唇の衝突に過ぎない。市橋さんは俺を突き飛ばすようにして離れ、自分の目の前にある半透明のステータス板を猛烈な勢いで睨みつけていた。
「…何も変わってないじゃないか!」
彼女の怒声が、狹い宿屋の部屋に響き渡った。剣術LV2の文字はどこにもない。俺自身も、スキルが移動した感覚を得られなかった。体内を何かが流れるような、あの独特の熱がない。
「ちょ、ちょっと待ってください」俺は必死に弁解した。「スキルが発動した感じがしなかったんです。やっぱり『粘膜接触』って、文字通りもっと深い接触を意味してるんだと思います」
「深い接触って何だよ!」市橋さんの顔が赤く染まっていく。
「えっと、その…舌、とか…」俺は吃りながら、視線を泳がせた。「スマホのデータ移行だって時間がかかるだろ? 1秒で巨大な能力データを転送するなんて無理だよ!」
苦し紛れの言い訳だったが、俺は本気だった。この世界の理はシステムに近い。ならば、転送速度や容量の問題も存在するはずだ。1秒のキスで剣術LV2が移動するなら、それこそチートすぎる。
市橋さんは涙目で俺を睨みつけた。その瞳に浮かんでいるのは、純粋な怒りと、それ以上の屈辱だった。
「初めてだったのに…」彼女の声が震えている。
その言葉に、俺の心臓が跳ねた。初めて。彼女も、初めてだったのか。ヤンキーで恐ろしい印象のあった市橋さんが、今、俺の目の前で唇を震わせ、恥辱に耐えている。その姿が、たまらなくカワイイと思ってしまった。俺は完全に毒気を抜かれていた。
「…本当に、剣術LV2をくれるんだな?」彼女が低い声で確認してきた。
「うん」俺は神妙に頷いた。「俺より市橋さんが持っていた方がいいと思うし。剣は使えるに越したことはないから」
「そのかわり、市橋さんの『殴るLV2』を貰うね」
その提案に、市橋さんは一瞬躊躇した。だが、すぐに頷いた。ギフトテイカーがレベル2になった今、レベル2のスキルが奪えるのか試してみたかったのだ。もし奪えるなら、俺の戦略の幅は大きく広がる。
「分かった。やってみよう」
俺たちは再び向かい合った。ベッドの上、膝が触れ合いそうな距離。市橋さんの殺気立った視線が突き刺さる。
「終わったらすぐに離れろよ。変なことしたら殺すからな」
「分かってるって」
俺は覚悟を決め、彼女の顔に手を添えた。彼女はビクリと身を震わせたが、逃げはしなかった。目を硬く閉じ、待っている。
二度目のキス。
今度は、ただ触れるだけじゃない。俺は彼女の唇をこじ開けるように、自分の舌を差し入れた。
「んっ!」
市橋さんの喉から、甘い吐息が漏れた。温かく、濡れた口腔内。俺の舌が彼女の舌を捉え、絡め取る。ねっとりとした感触が脳髄を直接刺激し、背筋がゾクゾクと震えた。下半身に熱い血が集まっていくのが分かる。拓也のタクヤが、痛いほどに大きくなっていた。
これはヤバい。スキル移動の儀式のはずなのに、明らかにエロい。彼女の口内を蹂躙する背徳感と、初めて味わう女子の味に、俺は理性が飛びそうになった。
10秒。
あるいは15秒ほどだろうか。俺の体内で、何かが流れ出す感覚があった。熱い塊が、口を通じて彼女へと流れていく。データ転送の完了。俺は名残惜しさを振り切り、彼女の唇から離れた。
銀糸が引く。市橋さんはハァハァと荒い息を吐き、口元を手の甲で乱暴に拭った。顔は真っ赤で、潤んだ瞳が俺を睨んでいるが、いつもの鋭さは半減していた。
「…ステータス」彼女が震える声で呟く。
彼女の目の前に浮かんだ板には、確かに『剣術LV2』の文字が追加されていた。『殴るLV2』の文字は消えている。
「やった!」市橋さんの顔に、初めて明るい笑みが浮かんだ。「これで、戦える」
俺も自分のステータスを確認した。『剣術LV2』は消え、代わりに『殴るLV2』が追加されている。成功だ。レベル2のスキルでも奪えるし、譲渡もできる。
俺は少し考えて、ボソッと呟いた。
「もっと集めたら、もしかして伝説のLV5まで行けるのかもな」
3つのLV1でLV2になった。なら、LV2を3つ集めればLV3になるかもしれない。そうやって階段を登っていけば、到達不可能だと思われていたLV5だって夢じゃない。
市橋さんは、俺の言葉を聞いて少し驚いたような顔をしたが、すぐに真剣な眼差しに戻った。
「…帰れないなら、それを目指すのもいいのかもな」
彼女の声には、諦念と希望が混じっていた。元の世界に戻る方法なんて分からない。なら、この世界で最強になる。それは、生き残るための最も確かな道だ。
それって…俺とずっと一緒に居てくれるってこと?
俺の思考は、また下世話な方向へと転がり落ちた。最強を目指すパーティ。それは俺と彼女の二人三脚。LV5になるまで、何度もキスをして、スキルを分け合って。それはもう、夫婦のような関係じゃないか。
「市橋さん」俺は熱に浮かされたように、彼女に顔を近づけた。「絶対に幸せにするよ」
「はぁ!?」
彼女の顔が再び赤く爆発した。
「何言ってんだお前! さっきので頭おかしくなったのか!?」
「いや、だって、これからもスキルの移動で…最強を目指すならずっと一緒にいないと」
「移動の時だけだろ! 変な気起こすな!」
「嬉しくないの? 俺と一緒に最強を目指すの」
「嬉しいわけあるか! オタクの妄想に付き合わされるこっちの身にもなれ!」
口論しながらも、俺は彼女の動揺ぶりが嬉しかった。ツンデレだ。完全にツンデレだ。俺は調子に乗って、さらに顔を近づけようとした。
その瞬間、視界が揺れた。
ガゴッ!
鈍い衝撃と共に、俺の意識は一瞬飛んだ。頬骨に激痛が走る。俺はベッドから転がり落ち、床に敷かれた粗末な絨毯に顔を埋めた。
「ひぐっ…」
見上げると、市橋さんが拳を握りしめて立っていた。『剣術LV2』の身体能力は、『殴るLV2』よりも遥かに鋭い。彼女の拳は、俺の視界を捉える余裕すら与えない速さだった。
「調子に乗るな、変態!」
彼女は俺を蹴り飛ばすと、ベッドの端に丸まり、シーツを抱きしめた。
「…次、変なことしたら、剣で斬るからな」
その声は震えていた。怒りなのか、恐怖なのか、それとも別の何かなのか。俺は痛む頬をさすりながら、床に座り込んだ。
だが、不思議と絶望感はなかった。俺たちの間に、確かな絆が生まれたような気がしたからだ。同じハズレとして、最弱として、この過酷な世界を生き抜くための共犯関係。
俺はフラフラと立ち上がり、自分のステータスを再度確認した。
アビリティサイトLV1
ギフトテイカーLV2
アビリティリンクLV2
殴るLV2
レベル2の能力が3つ。王様の言う「中級者」の領域には手が届いた。だが、まだ足りない。もっと強くならなければ、明日の魔物との戦いすら生き残れない。
魔物にもスキルはあるのか、奪えるのか、明日から試行錯誤の異世界生活が始まる




