親書
玉座の間の扉が開いた。
広い空間の奥に玉座がある。そこに一人の男が座っていた。
黒髪の短髪。鋭い目つき。日本人的な顔立ちだ。年は20代半ばくらいだろうか。
ただし体型は…かなり腹が出ている。これで剣が振れるのか心配になるくらいのデブだ。
「タクヤとサキと言ったか?」
マサヒロ王が玉座から身を乗り出して俺たちを見た。その目には好奇と警戒が混じっている。
「はい。こっちに召喚されて3ヶ月くらいです」
「3ヶ月。お前たちもか。俺はもう10年前だがな」
マサヒロは玉座に深く座り直しながら言った。
「アレか? ヴァンパイアロードを倒して来いって言われて逃げてきたのか?」
意地の悪い笑みを浮かべている。俺は首を振った。
「いえ、アルベル王がこの国の事を知り、親書を持っていってくれと依頼を受けたので、ここまで来ました」
俺は近くの兵士に親書を渡す。その兵士がマサヒロの所に持っていっている。
その隙に俺はアビリティサイトを発動させてマサヒロを見た。
剣術LV4、索敵LV3。
ああ、索敵スキルのおかげで森を抜けて逃げれたんだな。索敵があれば魔物の位置を事前に把握できる。LV3もあれば相当な範囲がわかるだろう。
マサヒロは親書を読んでいる。眉をひそめたり、鼻で笑ったりしている。数分後、顔を上げて俺たちを見た。
「ヴァンパイアロードを倒したのか?」
「はい。運良く、女とやっている最中に後ろから斬りました」
嘘だ。でも真実を話す必要はない。マサヒロの反応を見るための方便だ。
「女と…やっている最中に?」
マサヒロが鼻を鳴らして笑った。
「はは! お前やるな。あの吸血鬼野郎も女の尻に敷かれて死ぬとは情けない限りだな」
「運が良かっただけです」
「いやいや。ヴァンパイアロードを倒せるってのは大したもんだ。俺なんて…逃げたからな」
マサヒロは自嘲気味に笑った。だがその目は笑っていない。
「マサヒロ王はどうして逃げたんですか?」
俺が率直に聞くと、マサヒロは一瞬だけ表情を固くした。そしてすぐに軽薄な笑みに戻る。
「そりゃあ決まってるだろ。死にたくなかったからだ。あんな化け物に戦いを挑むなんて正気の沙汰じゃない」
「でもアルベル王は、あなたに期待していたみたいですよ」
「期待? あいつは俺を利用しようとしただけだ。召喚して、お前がやってくれと。ふざけるなって話だ」
マサヒロは親書を玉座の上に放り投げた。
「それで? お前は何しに来た? 親書を渡すだけか?」
「はい。マサヒロ王からの返事を持ち帰るのが目的です」
「返事か…。まあ待て。書くからよ」
そこからはたわいない会話が続いた。
「なあ、お前日本じゃ何していた?」
「高校生です。普通の」
「高校生か。俺も高校生だった。今じゃ王様だがな」
「すごいですね。王様になるなんて」
「剣術LV4があれば、この世界じゃ人類最強だ。力で支配すれば誰も逆らえない」
マサヒロは腹をさすりながら笑った。
「あいつはもう海賊王になったのか?」
俺は首を振った。「まだです。まだ冒険しています」
「そうか。まだなのか、10年だぞ」
マサヒロは寂しそうに言った。
「返事を書くから、しばらく待っていてくれ」
「わかりました」
「部屋を用意させる。案内させるからそこで待っててくれ」
俺たちは別室に案内された。部屋を出る時、マサヒロ王は俺に聞いてきた。
「俺と一緒に召喚された奴らはどうしてる?10年前に召喚された他の奴らたちは」
俺は一瞬だけ立ち止まった。そして振り返らずに言った。
「今までに召喚された人間は全員死んだらしいですよ」
マサヒロのその顔には、ニヤリと気味の悪い笑みが張り付いていた。
「そうか。死んだか」
その目は笑っていた。だが瞳の奥には、底なしの暗闇が広がっているように見えた。
部屋に案内された後、沙希が小声で言った。
「あいつ、なんかやべえよ」
「ああ。わかってる」
「同郷の人間が死んだって聞いて、あの反応だぞ。まともじゃない」
「10年間この世界で王として生きてきて、性格が歪んだのか。あるいは元からそうだったのか」
「どっちでも同じだ。あいつは危険だ」
「でも今のところは敵対行動を取ってない。返事を書いてくれるって言ってるし」
「あいつが帰すとは限らないだろ」
「その時は転移で逃げるさ」
「…そうだな。それが一番だ」
俺は窓の外を見た。城の中庭が見える。兵士たちが訓練している。レベルは低い。LV1から2程度だ。マサヒロ一人が突出しているだけの国。
「沙希。あいつのスキル、見たよ」
「何を持ってる?」
「剣術LV4と索敵LV3だ」
「索敵か。それで戦闘を避けて逃げたんだな」
「ああ。索敵LV3があれば魔物を避けて進める」
「剣術LV4か…。私もLV4だから勝負にはなるな」
「でも沙希、戦闘はするなよ。あいつは10年間この世界で生きてきた。実戦経験が違う」
「わかってるよ。でももし私たちに手を出してきたら…」
「その時は俺がスキルを奪うから、任せとけ」
「お前頼りになるな」
「当たり前だろ。沙希の旦那だからな」
「……バカ」
沙希が少しだけ笑った。その笑顔が俺の心を少しだけ落ち着かせてくれた。
「返事が来るまで待つか」
「ああ。でも警戒は解かないぞ」
「わかってる」
俺たちは部屋の椅子に座り、マサヒロの返事を待った。




