グランツ王国
「レイス…もういないよな?」
沙希は剣の柄を握りしめ、周囲をきょろきょろと見回している。あの透明な幽霊みたいな魔物は、彼女にとってトラウマ級に怖かったらしい。最強の剣士も幽霊はダメだ。その反応が可愛いけど、今は笑えない。
「大丈夫みたいだよ」
俺はそう言って、沙希の肩を抱いた。
「でも、また出てきたらどうするんだよ…」
「その時は逃げるさ。あいつら物理攻撃効かないしな」
「空飛べるスキルとかないのかよ? 上からなら襲われないだろ?」
沙希の提案に、俺はハッとした。
空を飛ぶスキル? 俺は持ってない。でも待てよ。転移があれば。
「もし、空中で転移できたら?」
「は?」
「落ちる前に次の場所に転移し続ければ、空中を移動できるんじゃないか?」
俺は即座に試してみた。木の上あたりをイメージして転移する。足場がない空中に放り出される感覚。慌ててそのまま落ちる前に、少し先の木の上をイメージして再び転移。
ドンッと木の枝に着地する。
「できた!」
下で見ていた沙希が目を丸くしている。
「すごいじゃないか!」
「これを繰り返せば、森を歩かずに抜けられるぞ!」
沙希がパッと顔を明るくした。
「よし! じゃあレイスがいたとしても何も出来ないな、安心して行けるな!」
「じゃあ、木の上を飛んで行くからね」
俺は沙希を抱きしめ直し、上空へと転移した。
空中転移での移動は、想像以上に早い。索敵を展開しながら、次々と空中のポイントをイメージして飛び移っていく。下を見渡しても、ずっと森が続いている。富士の樹海なんて目じゃない広さだ。
時折、魔物らしき反応はあるが、無視して進む。
かなり飛んだ時だった。
索敵に反応が出た。人間が5つ、そして大きな魔物の反応が1つ。
「沙希、いたぞ。人間5人と、でかい魔物だ」
「冒険者パーティか?」
俺たちは反応の近くの木の上に降り立った。
下の広い空地で、冒険者パーティが巨大な熊のような魔物と戦っていた。
男2人と女3人のパーティだ。前衛の剣士の男が熊の爪で薙ぎ払われ、大きく吹き飛ばされた。胸元が血で赤く染まっていく。
「やられた!」
盾を持った男が前に出て熊の攻撃を受け止めるが、もう一人の前衛の女の短剣攻撃は、熊の分厚い毛皮に弾かれてダメージになっていない。後衛から火の玉が飛んでくるが、これもLV1程度の威力で、熊を怒らせているだけだ。
「剣士を回復させないと、このパーティ全滅するぞ」
俺がそう思った瞬間、沙希が動いた。
「加勢するぞ!」
沙希が木の上から飛び降り、一瞬で熊の懐に潛り込む。そして、熊の首を一撃で斬り飛ばした。
ドサリと熊が倒れる。
残された冒険者たちは、何が起きたのか理解できない様子で呆然としている。
女の回復士が慌てて剣士に駆け寄り、回復魔法を使っているが、傷は塞がらない。血が止まらない。
「多分、回復LV1だな。これじゃ深手は治せない」
俺は木から降りて剣士に近づき、回復LV2を使った。
淡い光が剣士の傷を包み込み、傷口がみるみる塞がっていく。
女の回復士は目を見開いて、俺の方を見た。
盾の男と短剣の女は、俺たちを警戒して武器を構えた。
「お前たちは何者だ?」
盾の男が低い声で聞いてきた。
俺は両手を挙げて敵意がないことを示した。
「俺たちはヴァルディス王国から来た冒険者だ」
その言葉に冒険者たちはさらに警戒を強めた。
「ふざけてるのか? ヴァルディス王国はもう100年前に滅んだはずだろ?」
「ああ、外の世界ではあの国は滅んだことになっているのか」
俺は少し驚いたが、納得した。100年も鎖国してればそうなるわな。
「別に信じなくていい。負けそうだったから手助けしただけだ。その男の傷も塞いだから、その内気づくだろ」
俺は剣士の胸元を指差した。
「お前たちの国の方角だけ教えてくれ」
回復していた女が立ち上がり、俺に頭を下げた。
「すみません、助けていただいてありがとうございました」
そして少し迷ったように言った。
「私たちも戻るので、一緒に行きませんか?」
俺は少し迷った。転移で森の上を飛んだ方が早いんだけどな。
沙希を見る。彼女は少し考えた後、頷いた。
「じゃあ一緒に行こうか。こっちも外の情報が欲しいしな」
沙希の言葉に、俺も同意した。
盾の男が剣士の男を担ぎ上げ、歩き出した。
やっと他の国の情報が入りそうだ。
俺たちは5人のパーティと共に歩き始めた。
盾の男はガルド、短剣の女はリムレ、火魔法使いはシーマ、回復士はセリア。そして担がれている剣士はグレッグだ。
道中、セリアが俺たちに話しかけてきた。
「本当にヴァルディス王国から来たのですか?」
「ああ。100年間魔物の森に閉ざされてたんだ」
「100年…。それは大変でしたね」
セリアは同情してくれた。
ガルドは相変わらず警戒しているが、グレッグの傷が完治しているのを見て、少し態度が軟化したようだ。
「お前の回復魔法、LV2以上だろ? 俺の傷も治してくれよ」
ガルドが言ってきた。俺は彼の擦り傷に回復魔法をかけた。
「すげえな。あんた何者だ?」
「ただの冒険者さ」
森を抜けると、開けた平原が広がっていた。遠くに城壁で囲まれた街が見える。
「あれが我々の国、グランツ王国だ」
ガルドが誇らしげに言った。




