王の訪問
拓也と沙希が森の探索に出ている間、屋敷は静かに時が流れていた。メリッサを筆頭とする三人のメイドたちは滞りなく業務をこなし屋敷を清潔に保っている。
その昼下がり、屋敷の門の前に一つの馬車が到着した。馬車の紋章を見てメリッサはすぐに誰が来たのかを悟った。この国の王アルベルとその妻セリーだ。
メリッサは直ちにマリーナとリーリアを整列させると正門を開いた。
「これはアルベル国王陛下、セリー王妃、ようこそお越しくださいました」
王と王妃が馬車から降りてくる。セリーは優雅に微笑みメリッサに頷いたがアルベルの表情は硬い。
「苦労かけているなメリッサ」
「いえこのような光栄ある機会などございません。ささどうぞお通りください」
三人のメイドが同時に膝をつき頭を下げる。その恭しい姿にアルベルはわずかに頷き屋敷の中へと足を踏み入れた。
リビングに通された王はすぐに本題を切り出した。
「彼はどうしている?」
「彼」とは当然拓也のことである。
メリッサは背筋を伸ばしたまま答えた。
「はい。旦那様は毎日奥方様と共に森の探索に出ております」
アルベルは眉間にしわを寄せた。
「何か不穏な行動はしていないか? この国に対する恨み言や反逆の企みのようなものは…」
メリッサは即座に首を横に振った。
「ございません。旦那様は優しいお方です。裏表がなく常に真っ直ぐでいらっしゃいます。何かを企むといった事は決して無いと断言いたします」
その言葉には揺るぎない確信が込められていた。拓也が彼女たちに力を与え優しく接したことがその信頼の源だ。しかしアルベルの懸念は消えない。
「そうか引き続き監視を頼むぞ」
横で聞いていたセリーがため息をついた。
「だから言ったじゃないですかアルベル。拓也様が怒っていたのは勝手に召喚して不遇な扱いをされている仲間がいる事に対してです。不条理への怒りです。召喚をやめた今、彼があなたに害をなす事など無いに等しいですよ」
セリー自身もヴァンパイアロードに囚われていた身であり拓也に助けられた恩人だ。彼の人柄を誰よりも理解しているつもりだった。
しかし王は首を振る。
「しかし彼はいつでもワシを殺せる力を持っておるのじゃ。あの日城に現れた時のようにいつまたあの力を我らに向けるか…心配になるだろう」
拓也を知るメリッサとセリーは顔を見合わせると声を合わせて言った。
「それはまずないでしょう」
メリッサはさらに一歩前に出た。
「それに旦那様は私たちに力を授けてくださいました。多分今の私は王の護衛の方より強いと思います」
アルベルは目を丸くした。「なんだと? メリッサお前剣など振ったこともないだろうに」
「力を頂いたのです。試してみますか?」
王の命令により呼び出された護衛の剣士がメリッサの前に立った。LV2の剣術スキルを持つ屈強な男だ。しかし結果は一瞬で決した。メリッサの動きは速すぎた。彼女の拳が剣士の腹にめり込み壁まで吹き飛ばされる。剣士は床に倒れ込み呻くことしかできない。
「この通りです」
メリッサは息一つ切らさずに王に向かって一礼した。
アルベルは唖然としていた。「こんな力を授けれるのか…」王の目が野心に燃える。「この力で軍を作れば森の魔物を一掃出来るかもしれん…」
セリーはそんな王の反応を冷ややかに見つめながらふとメリッサの髪に目を止めた。自分のパサついた髪とは別物のように艶やかに光っている。
「メリッサその髪どうしたの? すごく艶やかね」
セリーが触れると滑るように指が通る。
メリッサは少し誇らしげに答えた。
「旦那様が故郷から持ってきた『シャンプー』という物を使ったらこうなりました」
「故郷から…」
セリーは興味深げに呟いた。
さらにメリッサはテーブルの上に小さな包みを置いた。拓也が日本から持ってきたチョコレートだ。
「こちらも旦那様がお持ちになったお菓子でございます。よろしければ王妃様もいかがですか?」
セリーは包みを開け黒い四角い塊を一つ手に取った。見た目は泥のようだ。
「これを食べるの?」
恐る恐る口に入れたセリーの目が見開かれた。
「な…何コレ! 美味しすぎる!」
濃厚な甘さとカカオの香りが口いっぱいに広がる。手が止まらない。次々と口に運ぶセリーの顔は至福に蕩けていた。
「この黒い塊…一口食べて、甘ーい! もうやめられないわ!」
その様子を見てアルベルも一つ口にする。王もまた絶句し次々とチョコレートを口に運び始めた。
「うまい…なんだこれは…」
二人が夢中になっているのを見てセリーは深く頷いた。
「そりゃこんな美味しい物や髪がサラサラになる物がある世界からこっちに召喚されて帰れないって言われたら怒るのも当然ですね」
拓也の怒りは単なる力への恐怖ではなく文明の格差への嘆きでもあったのだとセリーは理解した。
「次は拓也様がいる時にお邪魔して彼に色々教えてもらいますわ。きっとこの国をもっと良くしてくれるはずです」
そう言ってセリーは満足げに微笑んだ。
その頃拓也はというと森の中でオーガを倒しながら物思いに耽っていた。
(メイド服ってどこで買えるのかな? 秋葉原? 渋谷? それとも通販か…)
(戦えるミニスカメイドさん…それは男子の永遠の夢だよな…)
完全に別世界の住人のような思考を巡らせている拓也は王たちが自分の屋敷を訪れ自分の持ってきた文明の利器で王妃をも魅了していることなど知る由もなかった。




