サラサラの沙希
翌朝、目を覚ますとすぐに異変に気づいた。
隣で眠る沙希の髪だ。いつもなら寝癖でボサボサになっているはずの彼女の髪が、信じられないくらいサラサラになっているのだ。指を通すと、するりと滑っていく。
「すげえ…」
思わず感嘆の声が漏れる。昨日の風呂で、日本から持ってきたシャンプーとコンディショナーを使ったのが良かったんだな。異世界の石鹸とは保湿力が段違いだ。サラサラ髪の沙希は、いつも以上にキレイに見える。次はもっと良さそうなのを買ってこよう。
「ん…拓也? 朝から髪いじってどうしたんだ?」
沙希が眠そうな声を上げる。
「いや、すっごくサラサラになっててさ。日本のシャンプーってすげえなって」
「ああ、これか。確かにいい匂いだし、触り心地も最高だよ」
彼女は満足そうに自分の髪を撫でた。
俺はリビングへ降りると、メリッサたちにも声をかけた。
「あのさ、昨日のシャンプーとか、使っていいからね」
「えっ、よろしいのですか?」
メリッサが目を丸くする。
「うん。女の子は綺麗な方がいいからね」
「ありがとうございます、旦那様!」
三人は顔を見合わせて喜んでいた。ていうか、戦えるメイドさんには身だしなみも大事だろ? 清潔感こそ戦力だ。
朝食を食べながら、俺はふと思い付いた。今度日本に帰った時、メイド服も買ってこようかな。
(戦えるミニスカメイドさんって、いいよね。オタクの夢だよね)
俺がニヤニヤしながら考えていると、沙希が呆れたようにため息をついた。
「またスケベな事考えてるだろ、このムッツリ!」
「なんで沙希にはわかるんだ?」
「お前の顔に書いてあるからだ!」
すると、メリッサが口を挟んだ。
「どんな格好でもいたしますよ、旦那様の望みのままに」
「えっ?」俺は驚いた。「俺、声に出して言ってないよね? なんでわかったの?」
メリッサは恭しく一礼し、いたずらっぽく微笑んだ。
「視線を足に感じましたので」
「ぐっ…」
俺、この家で妄想も出来ないじゃん! メイド長、観察眼鋭すぎるだろ!
さて、気を取り直して探索再開だ。
俺と沙希は屋敷を転移で出発し、前回印をつけた場所まで戻った。
そこからさらに奥へと進んでいく。ゴブリンは見かけなくなり、代わりに雰囲気が変わった。木々が巨大になり、空気が重い。
「来たな…」
索敵に反応あり。でかい。今までとは別格の反応だ。
茂みがガサガサと揺れ、現れたのは身長2メートルを超えそうな鬼だった。頭にはねじれたようなツノが生えている。肌は赤銅色で、筋肉が岩のように隆起している。手には丸太のような金棒。
「オーガだ…」
アビリティサイトを発動する。『怪力LV2』。他にはスキルを持っていないようだが、その肉体自体が凶器だ。
「とりあえず奪っておくか」
俺はギフトテイカーを発動した。ズルリとスキルが抜ける感覚。怪力LV2が俺の中に入ってきた。
だが、オーガはスキルを奪われても平気な顔で金棒を振り回して襲ってきた。
「おい、スキル無くても強いじゃん!」
「当たり前だろ、筋肉の塊だぜ」
沙希が叫びながら、風を切って迫る金棒を紙一重で掻い潛る。その動きは目にも留まら速い。
「足だ!」
沙希がオーガの膝の裏を剣で斬りつける。体勢を崩した巨体がグラリと傾いた。
倒れたオーガの頭に、俺が槍術スキルで槍を突き刺す。急所を貫き、オーガは動かなくなった。
「ふぅ…やったか」
俺は荒い息を吐きながら、オーガの死体から魔石を回収した。今まで見た中で一番大きい魔石だ。黒ずんだ色をしている。
「一苦労だったな」沙希が剣の血を振って落とす。「スキル奪っても、物理で殴ってくるタイプは面倒ね」
「だな。でも、いい経験になったよ」
キリのいいところで、俺は近くの木に印をつけて屋敷へと転移した。
エントランスに戻ると、メイドたちが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、旦那様、奥方様」
ふわっと甘い香りが漂ってくる。俺たちが出ている間にシャンプーを使ったのか、三人とも髪がサラサラだ。特にリーリアの金髪は、絹のように光っている。
「うん、すごくキレイになったよ。三人とも」
俺が褒めると、三人は顔を赤らめて嬉しそうにした。
「旦那様のおかげです」とメリッサ。
「いい匂いでしょう?」とマリーナ。
「髪がまとまるんです」とリーリア。
俺はふと思い立った。こうなったら、もっと文明の利器が欲しい。ドライヤーとか電気製品を使いたくなるよね。髪を乾かすのにも時間がかかるし、夜は暗いし。
「次に日本に帰ったら、発電機も見てこようかな」
「発電機?」沙希が首を傾げる。
「ああ。こっちで電気を使いたいんだよ。ドライヤーとか、冷蔵庫とか、電子レンジとかさ」
「電気ですか?」メリッサが目を輝かせる。「きっと便利な物なんでしょうね」
「ゲームもしたいな、それにDVDプレイヤーも…」俺が小声で呟くと、沙希が「何か言った?」と聞いてきた。
「いや、なんでもないよ! とにかく、次は電化製品調達ミッションだ!」
俺たちはその日の夕食を囲みながら、次の日本行きの計画を練った。異世界の屋敷に、日本の文明を持ち込む。それは俺たちの生活を、もっともっと快適にしてくれるはずだ。そして何より、沙希により良い生活をさせてやりたい。俺の人生の目標は、彼女を笑顔にすることなのだから。




