買い物
俺は改めて、両親に愛されていたんだと気づいた。
消えてしまった俺を、どれだけ探しただろう。どれだけ泣いただろう。母さんの俺に縋りつく手の強さ、父さんの震える声。それが全てを物語っていた。
なら、嘘をつく必要はない。事実をそのまま話そう。俺はそう決めた。
「俺たちね、異世界に召喚されたんだ」
俺は全てを話し始めた。教室で光に包まれたこと。目覚めたら見知らぬ城で、王様から「魔物を倒せ」と命じられたこと。そして、スキルが弱かった俺と沙希が、用済みとして城から放り出されたこと。
「ギリギリ生きのびたよ。沙希がいなかったら、俺はとっくに死んでた」
人を殺したこと、そして裏切った元クラスメイトからスキルを奪ったことだけは黙っておいた。両親に俺の手が血に染まっていることを知らせる必要はない。俺は、ただ生き抜いたことだけを伝えた。
「それで…沙希が帰らないと言ったから、俺も向こうに残ることにしたんだ」
俺がそう告げると、リビングに沈黙が降りた。
父さんが「ああ、あの母親か」と何かあったような言い方をした。
「どういうこと?」
父さんは重い口を開いた。「沙希って子の母親はな、娘がいなくなったことより、それで金が貰えなくなることが嫌なんだよ。学校に『娘の補償はどうなってる』って問い詰めてた。まるで、娘の命と金を天秤にかけてるみたいだった」
俺は拳を握りしめた。沙希がこっちに帰りたがらない理由が、痛いほどわかった。あんな母親の下に戻るなんて、沙希は絶対に選ばない。俺も、沙希をあんな場所に戻したくない。
「沙希の事情は聞いていたとうりみたいだ、俺は沙希を愛してるから、向こうで一緒に暮らすつもりだ」
俺は真っ直ぐに父さんの目を見て言った。
父さんは少し驚いたような顔をして、それからふっと笑った。
「お前、変わったな」
「え?」
「前の拓也は、何か無気力で…このままで大丈夫かと思ってたけど。今の拓也なら、大丈夫そうだな」
その言葉が、俺の胸にすっと染み込んだ。俺は強くなったんだ。沙希と出会って、生きる意味を見つけたから。
母さんはハンカチで涙を拭きながら言った。「ここで沙希ちゃんも暮らせばいいのよ」
その優しさが嬉しかった。でも、俺は首を振った。
「あの母親は、沙希に『身体を売って金を稼いで来い』って言うくらいの人だから。こっちの世界で成人するくらいまでは、向こうに避難していた方が良いと思うんだ」
父さんは頷いた。「分かった。あと3年だな」
「うん。でも、たまにはこっちにも帰ってくるから」
「ああ。待ってるぞ」
それから、俺は懐から金貨を取り出した。
「それで、あっちの世界で快適に過ごすために、色々買いたいんだけど…」
テーブルの上に置かれた金貨が、照明を反射して鈍く光る。
父さんが手に取って、裏表を確かめながら言った。「これは…本物だな。買取りしてる友達がいるから、聞いてみるよ」
「ありがとう、父さん」俺は金貨を父さんに預けることにした。
母さんが立ち上がった。「お金は出してあげるから、明日買い物に行きましょう! 沙希ちゃんの分も、いっぱい買ってあげてね」
「母さん…」俺の目が熱くなった。
その夜、俺は自分の部屋のベッドで眠ることになった。
ふかふかの布団。柔らかい枕。久しぶりの感触だ。
天井を見上げながら、俺は思った。
あっちで、沙希に日本みたいな暮らしをさせてあげたいな、と。
温かいお風呂に、美味しいご飯、そして安全な寝床。俺が手に入れた屋敷とメイドたちだけじゃ足りない。もっと、彼女に幸せになってほしい。
そんな想いを抱えながら、俺は深い眠りに落ちていった。
翌朝、母さんと一緒に買い物に出かけた。
スーパーマーケットの明るい照明、並んだ商品の多さ、行き交う人々の笑い声。平和そのものだ。異世界の血なまぐさい戦いが、まるで嘘のようだ。
俺はカートに次々と商品を放り込んでいった。お菓子、レトルト食品、調味料、そして何より沙希が喜びそうな服や下着。異空間があるから、どれだけ買っても持ち帰れる。
「拓也、これなんてどう? 可愛いでしょう」
母さんがピンクのブラウスを手に取って見せてくれる。
「うん、沙希に似合いそうだね」
俺が答えると、母さんは嬉しそうに微笑んだ。
母さんは、女の子が必要そうな物を色々と買ってくれた、俺にはわからないから助かるよ。
家に戻り、買ったものを全て異空間に収納する。
「行ってくるね、母さん、父さん」
「気をつけてな。また帰って来るんだぞ」
「沙希ちゃんによろしくね」
両親に見送られ、俺は自分の部屋で転移を発動した。
目を開けると、そこは屋敷のエントランスだった。
「おかえりなさいませ、旦那様」
メリッサがすぐに気づいて出迎えてくれる。
「ただいま、メリッサ。沙希は?」
「奥方様は、リビングでお待ちですよ」
俺は靴を脱ぎ、リビングへ向かった。
ソファに座って本を読んでいた沙希が、俺の顔を見て立ち上がる。
「お帰り。どうだった?」
「ただいま、沙希。俺の親に会ってきたよ」
俺は異空間から、買ってきた荷物を次々と取り出した。お菓子の山、服の山、日本の雑貨の山。
「うわあ…すげえな」
沙希の目が輝く。「これ、全部日本の?」
「ああ。母さんも手伝ってくれたんだ。沙希の分もいっぱい買ってきたよ」
俺はピンクのブラウスを沙希に渡した。「これ、母さんが選んでくれたんだ。似合うと思うよ」
沙希はブラウスを受け取り、頬を染めた。「ありがとう…拓也」
その笑顔が見たくて、俺は頑張ったんだ。
「ねえ、沙希。俺の親に会ってきたんだけどさ…」
「うん」
「二人とも、沙希のことも心配してくれてたよ。あと3年は、こっちに避難してていいって」
「…そうか」沙希は少し寂しそうに微笑んだ。「私の親とは大違いだな」
「沙希の親のことは、もう忘れよう。これからは俺と、俺の親が沙希の家族だ」
俺は沙希の手を握りしめた。
「あと、金貨も父さんが換金してくれるって。日本円にできるから、これからもっと色々買えるよ」
「拓也…」沙希が俺の胸に飛び込んでくる。「ありがとう。本当に、ありがとうな」
「いいから。俺は沙希と一緒にいたいだけだし」
その日の夕食は、メリッサたちが作った異世界の料理と、俺が買ってきた日本のレトルトカレーを並べて、ちょっとした宴会になった。
「このカレーっていうの、美味しいですね!」
「辛いけど、クセになりそうです」
「メリッサ、これ母さんがレシピ書いてくれたから、作れるようになってね」
メイドたちも日本の味に大喜びで、屋敷は笑い声で溢れた。
夜、俺と沙希は並んでベッドに入った。
「なあ、拓也」
「ん?」
「私、本当にこれでよかったのかな。こっちに残って」
「後悔してるのか?」
「ううん。拓也と一緒にいられるなら、どこでもいい。ただ……拓也の親に、ちゃんと挨拶したかったなって」
「いつでも行けるさ。今度は一緒に行こう」
「…うん」沙希は俺の腕に抱きついて、目を閉じた。「拓也、大好きだよ」
「俺もだよ、沙希」
俺は沙希の温もりを感じながら、明日のことを考えた。
これから俺たちは、森の外の世界を探索していく。何が待っているかわからない。でも、もう怖くはない。最強の相棒がいて、帰る場所がある。そして、愛する人が隣にいる。
それだけあれば、俺たちには十分だ。




