メイドと豪邸
「せっかくだから、王様からもらった別荘を見に行かないか?」
俺がそう提案すると、沙希も「そうだな、別荘って言っても王族のだから普通とは違うんだろ?」と興味津々だ。
俺たちは手をつなぎ、歩いていく。手にした地図には、王の別荘の場所がしっかりと記されている。
郊外の管理された森の中にその建物は建っていた。
目の前にそびえ立つのは、二階建ての豪邸だ。王の本城と比べればもちろん小さいが、別荘と考えたらこれ以上ないほど立派な屋敷だった。
「すっげえ…」
俺が思わず声を漏らすと、沙希も「おいおい、ここに住めるのかよ」と目を丸くしている。
立派な門をくぐり、玄関のドアを開ける。
「おかえりなさいませ、旦那さま」
鈴を転がすような声が、広いエントランスに響き渡った。
そこには、メイド服に身を包んだ三人の女性が並んで立っていた。全員若く、十代後半から二十代前半くらいか。俺たちの姿を見ると、深々と頭を下げる。
そのうちの一人が一歩前に出た。長い黒髪を後ろで束ねた、落ち着いた雰囲気の美女だ。年は俺たちより上だろうか。
「この家の管理を任されました、メイド長のメリッサと申します。旦那様、奥方様、どうぞよろしくお願いいたします」
その後ろにいた二人も、声を揃えて挨拶してくる。
「マリーナです」
「リーリアです」
マリーナは赤毛のショートカットで、活発そうな印象だ。リーリアは金髪のロングヘアで、おっとりした優しげな雰囲気を漂わせている。
俺は「よろしくね」と軽く挨拶を返したあと、三人を見つめて言った。
「じゃあさ、この家を守れる力を与えたいんだけど、いいかな?」
メイドたちはキョトンとした顔をする。そりゃそうだ、いきなり力を与えると言われても意味がわからないだろう。
しかし、メリッサはすぐに真剣な表情で応じた。
「私たちは旦那様の所有物です。どのようにでも、お好きに扱ってください」
その言葉に、俺は沙希の顔を見た。
沙希が小さく頷く。「一気にやってしまえ」
「よし」
俺は三人に向き直り、少し照れくさいお願いをした。
「三人とも、目を閉じて。それから、舌を出してくれる?」
メリッサは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに目を閉じて小さく舌を出した。後ろの二人もそれに倣う。
俺は彼女たちの前に立つと、スキル譲渡の準備に入った。「アビリティリンク」は、相手の粘膜に自分のそれを接触させることでスキルを渡せるのだ。これが一番効率がいい。
まず俺は、メリッサの前に立った。「いくよ」
俺は自分の舌を、彼女の舌にそっと触れさせた。
「んっ…」
メリッサが小さく息を漏らす。
瞬間、俺はスキルを渡した。「異空間LV1」と「格闘LV3」。これで彼女は物資を自在に収納でき、いざという時は高い戦闘能力を発揮できる。
次にマリーナ。彼女にも「異空間LV1」と「棒術LV3」を。
最後にリーリア。「異空間LV1」と「短剣術LV3」を渡す。
「もう目を開けていいよ」
三人が一斉に目を開けた。
「な、なんだか…体が軽い…」
メリッサが自分の両手を見つめながら驚きの声を上げる。後ろの二人も、自分の体に何が起きたのかを確かめるように手足を動かしていた。
俺は異空間から、一本の棍棒と一振りの短剣を取り出した。
「マリーナ、これを持って。リーリアはこっち」
そう言ってそれぞれに武器を手渡し、異空間の使い方を教える。
「頭の中で、手に持ったものを『しまう』ってイメージしてみて」
二人は少し緊張した面持ちで目を閉じた。すると、次の瞬間、手にしていた武器がスッと消えた。
「消えた!」
「あっ、今度は…出す!」
再び手に武器が現れる。マリーナもリーリアも、まるで子供のように目を輝かせて「出たり消えたり!」とはしゃぎ始めた。
「これは便利ですね!」マリーナが興奮気味に言う。
「まるで魔法みたい…」リーリアも感動に打ち震えている。
メリッサが一歩前に出て、深々と頭を下げた。
「このような力を授けてくださって、本当にありがとうございます。これで、この家に来る賊は必ずや撃退してみせます」
彼女の目には、固い決意が宿っている。
俺は慌てて手を振った。
「いやいや、それは心強いけどさ、危ない時は逃げるんだよ。その力は、何よりも自分たちを守るために渡したものだからね」
そう言うと、メリッサは驚いたように目を見開き、やがてふわりと微笑んだ。
「旦那様は…優しいのですね」
「え? まあ、普通だろ」
俺が照れていると、後ろから沙希が脇腹をつついてくる。「そういうとこだぞ、モテる原因は」とか言いたげな顔をしている。やめてくれ、俺は沙希一筋なんだから。
メリッサがさっそく家の中を丁寧に案内してくれる。
一階には広いリビング、大きなキッチン、食堂、書斎まである。二階にはベッドルームが六部屋。どれもこれも、さっきまで長屋に住んでいた俺たちには眩しすぎる広さだ。
「すごいな…ここに二人と、メイド三人は広すぎだろ」
俺がぽつりと漏らすと、メリッサは「いいえ、旦那様と奥方様にふさわしいお住まいです」と微笑んだ。
廊下を歩いていると、一際大きな部屋のドアがあった。
「この部屋は?」
「お風呂でございます」
「風呂!?」
俺は思わず声を上げた。この世界に来てから、まともな風呂に入った記憶がほとんどない。いつもお湯で体を拭く程度だった。日本から来た俺にとって、湯船に浸かるのは何よりの贅沢だ。
俺は振り返り、沙希を見つめる。ニヤリと笑いながら。
「沙希、一緒に入ろう」
瞬間、沙希の視線が俺に突き刺さる。
「鼻の下が伸びてるぞ、ムッツリ」
沙希の冷静なツッコミに、後ろに控えていたメイド三人が「ぷっ」と吹き出した。
メリッサが慌てて「し、失礼しました」と謝りつつも、肩を震わせている。
マリーナに至っては、もはや笑いをこらえられずに口を押さえている。「ムッツリ…」
俺は顔が熱くなるのを感じながら、沙希に言い返す。
「なんだよ、仲良く風呂に入ろうって言ってるだけだろ!」
「はいはい、わかりましたよ」
沙希は呆れたように笑いながら、俺の腕をポンと叩いた。「でも、まあ、いいぜ。久しぶりにゆっくりできそうだしな」
その日、俺たちはメイドたちが心を込めて作った料理を堪能した。
異世界の食材を使ったシチューに、焼きたてのパン、香ばしいハーブで味付けした肉料理…。どれもこれもが、今まで食べてきた宿の食事とは段違いの美味さだ。
「メリッサ、これ最高にうまいよ」
「お口に合ってよかったです」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
そして夜。待ちに待った風呂の時間だ。
広々とした石造りの浴室には、湯気が立ち込めている。湯船は2人が入っても余裕の広さだ。
「明るい所は、まだ恥ずかしいな」
沙希が言うが、俺は遠慮なく彼女の手を引いて湯船に浸かった。
「はあああ…極楽だ…」
肩まで湯に浸かり、俺は天井を見上げて息を吐いた。隣では沙希も同じように深く息を吐いている。
「生き返るな…」
「だろ?」
俺たちはしばらく無言で、ただ温かい湯の感触を楽しんだ。戦いの記憶が、少しずつ溶けていくような気がした。
風呂から上がると、俺は沙希を抱き上げて、そのままベッドに直行した。もちろん、そういう流れだ。
柔らかなマットレスに沈みながら、沙希の髪を撫でる。
「沙希…愛してる」
「…知ってる」
彼女の返事は素っ気なかったが、その目は優しく俺を見つめていた。
翌朝、目が覚めると、すでに階下からはパンが焼ける香ばしい匂いと、スープのいい香りが漂ってきていた。
「おはよう、沙希」
「ん…おはよ」
寝ぼけ眼の沙希と一緒にリビングへ降りると、テーブルには色とりどりの朝食がずらりと並べられている。
「おはようございます、旦那様、奥方様」
メリッサが優雅に一礼する。
「すごいな…こんな朝早くから。寝てるのか心配になるよ」
俺が言うと、マリーナが笑顔で「私たち、朝が得意なんです!」と胸を張った。
朝食を終え、食後の温かいお茶を飲みながら、俺は地図を広げた。
「さあ、今日から探索を進めていこうか」
「おう」
沙希はすでに戦闘服に着替えて、準備万端だ。
俺たちは立ち上がり、メリッサたちに向き直る。
「じゃあ、行ってくるね。留守を頼むよ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
三人の声を背に、俺は沙希の手を握る。イメージするのは、地図に記された方角の森の入り口。その先にあるという「外の世界」を探す探索。
「転移!」
景色が歪み、俺たちは森の入り口へと飛び立った。




