新しい家、新しい仕事
「ただいまー」
俺がドアを開けると、薄暗い部屋に懐かしい匂いがした。
薄い壁の家。俺と沙希が最初に暮らし始めた、あの長屋だ、静香もいたけど。
遺跡探索やヴァンパイアロード討伐でドタバタしていたせいで、正直ここに戻ってくる日が来るとは思っていなかった。
部屋に入り、荷物を下ろす。沙希も後から入ってきて、ドアを閉めた。
狭い部屋。ベッドが一つと、小さなテーブルがあるだけ。でも、なんだろう、すごく落ち着く。
俺はベッドに腰を下ろし、沙希を見上げた。
「なんか、感慨深いな。ここで沙希と初めて…」
言いかけて、俺はニヤリと笑った。
「沙希もさ、ずっとやりたかったの?」
瞬間、視界が揺れた。
ゴスッ!
鈍い音と共に、俺の頬に痛みが走る。
「いってえ!」
俺は頬を押さえて抗議の声を上げた。沙希が鉄拳(といっても加減はしてくれていたようだが)をお見舞いしたのだ。
「お前は…ムッツリの上にデリカシーも無いのかよ!」
沙希は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「はあ? だってさ、あの時俺に、女もやりたいんだよって」
「うるさい! お前が私の横で、1人でやるからだろ!」
俺は一瞬息を呑んだ。「えっ…もしかして、起きてたの?」
沙希はニヤリと意地悪く笑った。
「全部知ってるよ」
その言葉の重みに、俺は背筋が凍る思いだった。
「お前が『沙希さん、沙希さん』って言いながらハアハアしてたのも。静香の胸を見た夜は、『沙希さん、おっぱいきれいだ』って言ってたのもな!」
俺の顔は、青から赤へと瞬時に変色した。
「うわあああああ!」
俺は頭を抱えてうずくまった。死にたい。穴があったら入りたい。いや、異空間に逃げ込もうか?
「ごめん! やっぱり俺、日本に帰る!」
俺は本気で怯えながら叫んだ。
「わああーっ!」
沙希が慌てて俺の肩を掴んだ。
「すまん! 言いすぎた! 悪かったって!」
「いや! 無理! 恥ずかしすぎて死ぬ! 俺は帰る!」
「おっぱい! おっぱい見せてやるから! だから機嫌直してくれよ!」
その一言で、俺の動きがピタリと止まった。
「…本当?」
「ああ! ほら!」
沙希は乱暴に上着を脱ぎ捨て、ブラウスのボタンに手をかけた。
ごくり、と唾を飲み込む俺の前で、彼女は露わになった白い肌を隠そうともしない。
俺は磁石に吸い寄せられるように、沙希の胸に顔を埋めた。
柔らかい感触。甘い匂い。さっきまでの羞恥心がどこかへ飛んでいった。
「はあ…生き返る…」
「まったく…しょうがない奴だな」
沙希は呆れながらも、俺の頭を優しく撫でてくれた。
「で、これからどうしようか?」
俺はもごもごと尋ねた。胸に顔を埋めたままだから声がくぐもる。
沙希は天井を見上げながら言った。
「そうだな……とりあえず森の魔物でも狩りながら、ゆっくりしたらいいじゃねえか。急ぐこともねえし」
「だな。冒険者として依頼を受けつつ、のんびり暮らすか」
次の日、城から使いが来た。アルベル王が呼んでいるという。
俺と沙希は身支度を整え、転移で城へ向かった。
玉座の間に通されると、アルベル王が満面の笑みで待っていた。
「来てくれたか、勇者殿!」
「どうしたんですか、王様。そんなに嬉しそうに」
王は立ち上がり、広間に響き渡る声で宣言した。
「ヴァンパイアロードを倒してくれた褒美として、私の別荘を与えよう!」
「えっ、別荘!?」
俺と沙希は目を丸くした。ボロアパートから一気に別荘住まいかよ。出世しすぎだろ。
「遠慮はいらん! 君たちにふさわしい住まいだ!」
それだけじゃない。王は真顔に戻り、俺たちに頼みがあると言った。
「実は…この国は100年間、森の外との繋がりを断たれていたのだ」
「100年!」
「ああ。魔物の森が壁となって立ち塞がり、他国との交流が絶たれてしまった。ヴァンパイアロードが餌場としてこの街を選んでからずっとな」
王は深刻な表情で続けた。
「森の外がどうなっているのか、我々にはわからない。そこでだ…君たちに見てきてはもらえんか?」
なるほど。未知の領域への探索依頼か。
俺と沙希は顔を見合わせた。俺たちはこれからこの国で生活していく。この国の現状を知っておくのは悪くない。それに…
「転移があるから、毎日家には帰ってこれますしね」
俺が言うと、沙希も頷いた。
「ああ。危なくなったら即撤退もできるしな」
「わかりました。その依頼、受けましょう」
俺が答えると、王は安堵の息を吐いた。
「ありがとう! 頼んだぞ!」
こうして、俺たちの新しい仕事が決まった。
冒険者兼、王国の探索屋さんってところか?
まあ、のんびり行こう。俺には最強の相棒がいるし、帰る場所もある。
転移と異空間収納スキルで無双できるし、なんとかなるだろう。
俺たちの手には、王から渡された地図がある。魔物の森を抜けた先にあるとされる、100年前の隣国の名前が書かれていた。
「さて、行くか」
「おう」
俺と沙希は顔を見合わせて笑い合い、新たな冒険への第一歩を踏み出す。




