拓也の決意、2人きりの異世界生活
「大野君」
振り返ると、静香がケンタと呼んでいた男の子が立っていた。
「どうした?」
「お前、こっちに来て変わったな。良い方に」
ケンタは自嘲気味に笑った。
「俺は、悪い方に変わってしまったんだ。許されない事をしたと思っている。もうみんなの輪には入れないよ」
俺は彼の目を見つめた。彼が何を言いたいのか、なんとなくわかる。あの日、静香を置き去りにしようとしたことを言っているんだろう。
「そうだな」俺は正直に答えた。「静香は、俺が間に合わなかったらゴブリンに食べられていたんだ。絶対に許せないだろうな」
ケンタはしょげて、うつむいた。
「俺は…本当に最低だ。自分の命が惜しくて、女の子を置き去りにしたんだ」
「その罪悪感を忘れるなよ。忘れたら、お前はもっと最低の人間になる」
俺の言葉に、ケンタは深く頷き、そのまま離れていった。彼なりの贖罪の道を見つけるだろう。日本に帰ってから。
宴の喧騒が聞こえるテラスで、俺は静香を呼んだ。
「静香、ちょっと話があるんだ」
やってきた静香に、俺は切り出した。
「みんなの記憶を消したいんだ。この世界でのこと全部。いいか?」
静香は少し驚いた顔をしたが、すぐに俺の意図を理解したようだった。
「お願い…私の記憶は消さないで。拓也くんとの事は忘れたくないの」
彼女の声は震えていた。俺は静かに頷く。
「わかった。静香以外の記憶を、この世界に来てからの事を全部忘れてもらう。イヤな事は忘れて、元の生活に戻るんだ」
「ありがとう、拓也くん」
静香は小さく笑った。その笑顔が眩しくて、俺は少しだけ胸が痛んだ。
宴が終わり、みんなに部屋が用意された。久しぶりに布団で寝るというクラスメイトもいて、あちこちから歓声が上がっている。俺の部屋には、沙希と静香が来ていた。3人だけの時間だ。
俺は2人を前に、深く息を吸い込んだ。
「沙希。俺、考えてきたんだ」
「うん」
「俺は…お前と一緒にいたい。お前が残るなら、俺も残る」
沙希の目が見開かれる。俺は言葉を続けた。
「沙希!結婚してくれ。沙希とずっと一緒に生きていきたい」
我ながらストレートすぎる告白だ。でも、これ以外の言葉が見つからなかった。異世界で出会って、戦って、助け合って、俺は沙希の強さと優しさに惹かれていたんだと思う。
沙希は、涙を流していた。大粒の涙が、彼女の頬を伝って落ちていく。
「うん…私も、一緒に生きていきたい」
沙希はそう言って、俺の胸に飛び込んできた。彼女の温もりが、俺の全身を包み込む。俺は沙希を強く抱きしめた。もう離さない。絶対に。
「沙希…ありがとう」
俺たちが抱き合っている横で、静香が静かに立っていた。彼女の目にも涙が光っている。
「静香…」
「私は…拓也くんが好き。大好きです。でも…」
静香は涙をぬぐって、はっきりと言った。
「パパやママの所に帰りたい。私がいなくなって、きっとすごく心配してるから」
俺は静香に近づき、彼女の肩に手を置いた。
「大丈夫。たまには日本に帰るから。転移があるんだ。いつでも会いに行ける」
「本当?」
「ああ、約束だ」
俺は静香のスキルを奪っていく。便利な異空間は残しておこうか、それと護身用に沙希が持っていた「殴るLV2」を彼女に渡すことにした。
俺は「アビリティリンク」で静香に「殴るLV2」を渡す。これなら彼女も少しは身を守れるだろう。
静香に顔を近づけた。
「静香、最後にキスさせてくれ」
静香はこくりと頷いた。俺は彼女の唇にそっとキスをした。長く、深いキスだった。沙希は何も言わずに見守ってくれている。
「絶対に帰ってきた時は会いに来てね」
静香は泣きながら、もう一度キスを求めてきた。俺はそれに応える。今度はもっと濃厚なキスだった。
「約束する。絶対に会いに行く」
その夜、俺たち3人は一緒のベッドで寝た。沙希を右に、静香を左に、3人で抱き合いながら、この世界での思い出を語った。初めての戦闘、遺跡の探検、ヴァンパイアロードとの戦い。笑いながら、時には涙ぐみながら、俺たちは夜が明けるまで話し続けた。
次の日、クラスメイト全員が大広間に集められた。アルベル王やセリーさんも見守る中、俺はみんなの前に立つ。
「これから、お前たちを日本に帰す」
どよめきが起こる。ある者は喜び、ある者は驚き、ある者は不安そうな顔をしている。
「でも、この世界での記憶は全部消してもらう。異世界のことを覚えたまま日本で生活するのは危険だ。それに…嫌な思い出も多いだろう」
ケンタたちがうつむく。俺は構わず続けた。
「みんな、こっちを見てくれ」
俺が叫ぶと、全員の視線が俺に集まった。その瞬間、俺は「魅了LV5」を発動させる。
「帰ったら、この世界での事は全部忘れるんだ。ここでの冒険も、恐怖も、後悔も、全部忘れて、普通の高校生活に戻るんだ」
沙希と静香以外の全員の目が虚ろになる。魅了にかかった証拠だ。これで彼らは、異世界に召喚されたことすら覚えていない状態で日本に戻る。それが彼らのためでもあり、こちらの世界のためでもある。
「沙希、ちょっと送ってくる」
「ああ、行ってこい」
俺は静香とクラスメイト全員を引き連れて、転移を発動させた。目指すは俺たちの学校の運動場だ。
次の瞬間、俺たちは見慣れた学校のグラウンドに立っていた。午後の陽射しが暖かい。部活の掛け声が遠くから聞こえる。あの異世界とは別世界の、平和な日常がここにはある。
クラスメイトたちは、キョロキョロと周りを見回している。魅了の効果で、なぜここにいるのかも理解していないだろう。そのうち、それぞれの家に帰り始めるはずだ。
俺は静香を呼び寄せた。
「静香」
「拓也くん…」
俺は彼女に最後のキスをした。今度は本当の、最後のキスだ。
「俺たちは死んだことにしておいてくれ。遭難事故か何かで。それが一番いい」
「わかった。でも…絶対に会いに来てね」
「ああ。転移ですぐだから」
俺はもう一度だけ静香を抱きしめ、そして転移を発動させた。
目の前に沙希が立っている。玉座の間の隅で、彼女は俺を待っていてくれた。
「お帰りなさい。これからよろしくね」
沙希が微笑む。その笑顔が、俺の全てを肯定してくれているようだった。
「ただいま。ずっと一緒だよ」
俺は沙希を抱きしめる。今度はもう離さない。この世界で、俺たちは生きていくんだ。
「そういえば、王様とセリーさん、どうなったんだろうな」
「さあな。でも、まあ上手くいったんじゃないか?」
「だといいけどな」
俺たちは笑い合いながら、玉座の間を後にした。これから新しい人生が始まる。




