日本に帰れる?
帰り道、薄暗い森の中を歩きながら、俺は助けたギルドの受付嬢――セリーさんから話を聞いていた。
「名前はセリー。年齢は18歳です」
彼女は少し恥ずかしそうに自己紹介してくれた。茶色のショートヘアが、夜風に揺れる。
「1人でギルドから帰っている時に、ヴァンパイアロードがいきなり現れて…気がつけば、あの城に転移されていたんです」
彼女の声が微かに震える。無理もない。理不尽な暴力と恐怖の記憶は、そう簡単に消えるものではない。
「囚われた部屋には他にも何人か居ました。でも、昨日最後の1人が連れていかれ、帰ってきませんでした…私も今日、もし拓也様たちが来てくれなかったら…」
セリーさんは言葉を詰まらせた。俺は何も言えず、ただ前を向いて歩き続けた。助けられなかった命に対する無念さが胸の奥で鎌首をもたげるが、今は前を向くしかない。
俺たちが話していると、静香がふと足を止めた。「あの…1つ気になったんですが」
「どうしたの?」
「転移で城まで連れていかれたなら、本人だけじゃなくて、触れていた人も転移できるんじゃないですかね?」
その言葉に、俺ははたと気づいた。そうだ。俺が奪った「転移LV5」、俺自身が使う場合、対象をどうやって巻き込むのか。範囲は?条件は?
「やってみるか」
俺は足を止め、3人を手招きした。「ごめん、ちょっと実験させて。3人とも、俺にしがみついてくれる?」
沙希さんがニヤリと笑う。「お、そんなにくっつきたいのか?」
「変なこと言わないでよ。転移の実験だよ」
3人が俺に抱きつく。沙希さんのしなやかな体、静香さんの柔らかい感触、そしてセリーさんの微かな震え。それらをしっかりと感じながら、俺は強くイメージした。
俺たちが目指す場所。アルベル王がいる、あの玉座の間。
次の瞬間、体がふわりと浮く感覚に包まれた。景色が溶け出し、視界が歪む。
目を開けると、そこは見慣れた玉座の間だった。
「よし、成功だ!転移出来るぞ!沙希さんも静香もセリーさんも一緒だ!」
俺は思わず声を上げた。
いきなり現れた俺たちに、アルベル王が目を丸くして立ち上がった。
「なっ、お前たち!いったいどこから!?」
「倒してきましたよ、ヴァンパイアロードを」俺は笑顔で答えた。
「本当か!」王の声が震えた。
「ああ、本当だ。証拠に、この人を」
俺が脇に退けると、セリーさんが前に出た。
「私は冒険者ギルドのセリーと言います。ヴァンパイアロードに捕まっていた所を、拓也様たちに助けて頂きました」
セリーさんの言葉を聞いた瞬間、アルベル王の顔が歓喜に歪んだ。老いた王の目から、涙がこぼれ落ちる。
「そうか…そうか!本当に倒したのか!」
王は震える声で、宴を開くと宣言した。
「異世界の勇者よ!本当にありがとう!もう二度と召喚はしないと誓おう!我が命にかけて!」
その言葉に、俺は深く頷いた。「約束ですよ」
一応念のために、俺は召喚に使う魔法陣がある部屋へ向かい、その石板を物理的に破壊した。これでもう、誰もこの世界に理不尽に引きずり込まれることはない。
夜、城の大広間で宴が開かれた。
そこには、元クラスメイトたちも呼ばれていた。俺がスキルを奪って、ゴブリンに殺されたと思っていた4人も生きていた。
「お前ら…無事だったのか」
俺が声をかけると、4人はバツが悪そうに顔を伏せた。
「いや…森でゴブリンに襲われて、武器を投げて逃げてきたんだ…」
なんだ、良かったよ。自業自得だけど、俺がスキルを奪ったせいで死んだかと思っていたから、心のどこかでずっと重荷だったんだ。ホッと胸をなでおろす。
隣で静香が冷ややかな目で4人を見ている。「許してないみたいだな」と俺が小声で言うと、静香はフンと鼻を鳴らした。まあ、無理もない。
宴もたけなわになった頃、王がセリーさんに近づいているのが見えた。
「セリー殿…私には跡取りがいないのだ。もしよければ、私の子を産んでくれないか?王妃として、この国を支えてほしい」
ちょっと待って、王様。告白早くない!?
俺はセリーさんに、「嫌なら断ってもいいよ。俺が無理強いなんてさせないから」と小声で言ってあげた。
しかしセリーさんは、頬を染めて王を見つめている。満更でもないみたいだ。あの短い間に、王の誠実さを感じ取ったのかもしれない。それに、18歳で王妃なら悪くないか。王妃になる想像をして幸せそうなセリーさんを見て、これは俺の出る幕じゃないなと素直に思った。
そんな和やかな雰囲気の中、静香が俺の袖を引いた。
「ねえ、拓也くん。その転移ってどうなの?あのスキル」
「ん?一度行った所になら、すぐに飛べるみたいだよ。イメージできればね」
静香はさらに身を乗り出した。「じゃあ、学校に飛べないかな?」
学校。俺たちがいた、あの日常。
「試してみるか」
俺は目を閉じ、強くイメージした。学校の運動場。毎日通った、見慣れたグラウンド。土の匂い、校舎の白い壁、体育倉庫。頭の中にその光景がくっきりと浮かぶ。
その瞬間、俺の体はふわりと浮いた。
目を開けると、そこには月明かりに照らされた運動場があった。
「あっ、出来た…帰れたぞ!」
湿った土の匂いが鼻腔をくすぐる。遠くから聞こえる車の音。これが日本の音だ。
俺はすぐにイメージを切り替え、王城の宴を開いている部屋に戻った。
「静香!帰れたよ!」
静香の目が見開かれる。「本当!?」
「さすがは転移LV5だ!」
静香は涙を流して崩れ落ちた。「帰れる…パパとママに会えるんだ…」
彼女の震える肩を抱きしめると、俺の胸も熱くなった。やっと、帰る道が見つかったんだ。
しかし、隣で沙希さんが浮かない顔をしていることに気づいた。
「沙希さん?」
沙希さんはグラスを置き、静かに言った。
「私は、この世界に残るよ」
「えっ?」
「帰っても、あの母親のところには戻りたくないし…」
彼女の目には、暗い光が宿っていた。俺は、それ以上踏み込むことはできなかった。彼女の決断だからだ。
俺はクラスメイトたちにも聞いてみた。「全員、戻れるなら戻りたいか?」
結果は、全員が「戻りたい」と答えた。沙希さん以外。
「でも、戻ったらスキルがそのまま残っちゃうよな。何かあった時に力を使いたくなるだろうし、目立っちゃまずい」
俺はみんなに宣告した。
「帰るなら、スキルは奪うけどいいか?俺が預かるよ。日本で暴走しないためにも」
沙希さん以外の全員が、それでいいと言ってくれた。俺は1人ずつスキルを奪っていく。彼らの表情に未練はなさそうだ。普通の生活に戻りたいだけなんだろう。
「よし。これでいつでも帰れるから、今日は城でのご馳走を楽しんで、明日帰ろう!」
俺が宣言すると、みんなのテンションが爆上がりして、大歓声が上がった。
「明日は、帰るぞ。家に」
大騒ぎするクラスメイトたちを眺めながら、俺はこっそりと広間のテラスに出た。
夜風が涼しい。星空が綺麗だ。
「拓也」
後ろから沙希の声がした。振り返ると、彼女は月明かりに照らされて立っていた。
「沙希…本当にいいのか?残るんだな」
「ああ。ここなら、私は自由だ。拓也、お前は…帰るのか?」
俺は少し迷った。
「明日まで、答えは待ってくれ。絶対に答えを出すから」
沙希は「わかった」と言って笑っていた




