ギフトテイカー
城門を背に、俺と市橋さんは乾いた風の吹き荒れる大地を歩き出した。俺が、これまで培ってきたラノベの異世界知識を総動員してリードしなければならない場面だ。そう頭では分かっているのに、声が出ない。喉の奥に何かが詰まったような感覚。結局、俺は無言で市橋さんの背中を追うことしかできなかった。
不思議な光景だった。俺たちが出てきたお城はいかにも西洋風の石造りで、ファンタジーゲームの城そのものだったのに、歩いて数分で景色は一変した。江戸時代の城下町。そう言えば一番しっくりくる、木造の家屋が軒を連ねる街並みだ。ただ、住んでいる人たちの服装は和装ではなく、普通にシャツにズボン、女性はスカートといった現代風の格好で、違和感の塊だった。
言葉は通じるみたいだ。すれ違う人々の会話が、日本語として耳に入ってくる。市橋さんは、俺のことなど気にする様子もなく、行き交う人にガンガン声をかけて冒険者ギルドの場所を聞き出し、また無言で歩き出す。俺はその後ろを、飼い犬のように黙ってついていくしかなかった。
冒険者ギルドは、街の中心部にあった。中に入ると、剣や槍、あるいは巨大な斧のような武器を持った、肌が荒れ、傷だらけのイカつい連中でごった返していた。俺たちのような、清潔な制服を着た高校生が入っていくと、一斉に視線が集まる。
受付で登録を済ませる間、周囲の低い話し声が聞こえてきた。
「また召喚されたのかよ」
「今度は何ヶ月持つかな?」
「すぐ死ぬだろ、あんなガキ」
彼らの目には、同情も憐憫もない。ただ、死にゆく者を見下す冷ややかな視線だけがあった。俺たちは、この世界では「消耗品」でしかないのだと再認識させられる。
登録を終え、どうしようかと途方に暮れている俺たちに、ねっとりとした声がかけられた。
「おい、お前たち二人だけか?」
振り返ると、薄汚れた作業着のような服を着た男が三人、ニヤニヤと笑いながら近づいてきていた。剃り残しの髭、油の浮いた顔、どことなく貧乏臭く、だが剣を腰に差していることだけは確認できる。
「パーティは五人って聞いてないのか? 二人じゃすぐ死ぬぞ」
男の言葉に、俺は即座に警戒心を抱いた。罠か? 俺は恐る恐る、スキル発動のイメージを彼らに向ける。
【剣術LV1】
【剣術LV1】
【剣術LV1】
三人とも、剣術レベル1だ。最底辺のレベル1。
市橋さんは、男たちを一瞥し、無視をしてその場を離れるつもりのようだった。だが、男の次の一言に足を止めた。
「俺たちのパーティに入るか? 剣術持ちだ、守ってやれるぜ」
その言葉は、この極限状態において、あまりにも甘美な響きを持っていた。俺は小声で、市橋さんの耳元に囁いた。
「あいつら、三人とも剣術レベル1だ。嘘じゃない」
市橋さんは、はぁーーと深く長いため息をついた。絶望的な現実と、不本意な選択肢。その狹間で彼女が選んだのは、泥舟にしがみつくことだった。
「とりあえず、組むしか生きる道はないよね」
彼女は男たちに向き直り、不機嫌そうに言った。
「詳しく話を聞かせて」
男たちは顔を見合わせ、卑猥な笑みを深めた。
「ここじゃなんだ。俺たちのアジトで話そうぜ」
男たちに案内されたのは、街の外れにあるボロボロの木造倉庫だった。中は黴臭く、薄暗い。入った瞬間、男の一人が俺たちの背後でドアのカギを閉めた。ガチャリという金属音が、死刑宣告のゴングのように響く。
「へへっ、騙されやがったぜ」
男たちが一斉に剣を抜いた。錆びついた刃が、薄暗がりの中で鈍く光る。
「お前たちの異世界の服は高く売れるんだ。死にたく無かったら、服を脱いで寄越しな」
男たちは下卑た笑い声を上げながら、ゆっくりと間合いを詰めてくる。強盗だ。それも、金目のもの、身につけている服を狙う、この世界の底辺のクズだ。
「早くしろ!」
男の一人が怒鳴り、剣を突きつけてきた。俺はビクッと全身を震わせ、腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。それを見た男たちは、カカカッとさらなる嘲笑を浴びせてくる。
俺は、震える手で制服のボタンに手をかけた。逆らえば殺される。死にたくない。その一心で服を脱ぎ、パンツ一枚になった。脱ぎ捨てたブレザーとシャツを、男が卑しい手つきで拾い上げる。
そして、俺は隣の市橋さんを見た。
もしかして、市橋さんも裸にされるのか? オタクの浅ましい欲望が、恐怖の片隅でチラリと頭をもたげる。彼女のスカートが脱がされ、その下の肌が露わになる光景。だが、現実は俺の下心を残酷に打ち砕いた。
「お前も早く脱げ!」
男たちの目に、色気への期待などない。ただ、商品を前にした貪欲さと、他人を屈服させる愉悦だけがあった。
市橋さんは、ギリッと奥歯を噛み締め、拳を白くなるほど握りしめた。そして次の瞬間、彼女は男の一人に向かって飛び出した。
「殴る」LV2。
彼女の拳が、男の顔面に炸裂する。そうか、彼女はレベル2だ。レベル1のこいつらより強いはずだ。俺の希望は、しかし、一瞬で潰えた。
男は鼻血を噴き出しながらも倒れず、むしろ激昂して剣の腹を振るった。他の二人もそれに続く。三人同時の攻撃。剣の腹で殴られ、叩きつけられ、市橋さんはあっけなく床に崩れ落ちた。
「えっ……」
呆然とする俺に、男の一人がツバを吐きかけて言った。
「どうせLV2だろ。三人相手に勝てるほど強くはないんだよ。同じ剣術LV2なら勝てたかもな」
男たちは、床に伏して呻く市橋さんの髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。
「死んでから裸にされるのと、生きてるうちに裸になって帰るのと、どっちがいいんだ?」
冷徹な選択。市橋さんは、悔し涙で潤んだ目で男を睨みつけていたが、やがて震える声で言った。
「…服を脱いで、渡します」
男たちの前で、彼女は制服を脱ぎ始めた。ブレザー、リボン、シャツ。白い肌が露わになり、下着姿になる。その屈辱的な光景に、俺は目を背けることもできず、ただ立ち尽くしていた。
「下着もだ。それも高く売れるからな」
男の要求に、彼女の動作が止まる。自らの最後の尊厳を守るための抵抗か、それとも躊躇か。だが、男の剣が再び光り、彼女は観念したようにブラジャーのホックに手を回した。
その時、男の一人が俺に向かって言った。
「おい、お前はパンツ脱いだら帰っていいぞ。俺たちはこの女と楽しむからな」
その言葉が、俺の中で何かを弾けさせた。
楽しむ。レイプ。俺の隣の席の女子が、目の前で辱められ、穢される。見たい、という歪んだ欲望と、助けなきゃ、という微かな理性が衝突する。
いや、違う。今だ。
俺は彼女の辱められる姿に興奮する傍観者じゃない。俺は、ギフトテイカーだ。
俺は、男たちに意識を集中した。
スキル、ギフトテイカー。奪え。
「剣術LV1」×3。
俺の脳内で、視界に見えない何かが三つ、男たちから引き剥がされ、俺の中に流れ込んでくる感覚があった。同時に、自分のステータスが書き換わっていくのを感じる。
俺のステータスに、剣術LV2が追加された。
えっ? LV2になった? 3つのLV1を奪ったから、合算されてLV2になったのか? 疑問は次の瞬間の驚きに塗り替えられた。体の中に、剣を振るうための筋肉の使い方、タイミング、間合いの取り方が、知識として直接植え付けられた感覚。これは、達人への第一歩だ。
男たちの剣術スキルは消失したはずだ。俺は一瞬の迷いもなく、床に捨てられていた男の剣を拾い上げた。
「あ? 何してるお前…」
男が何かを言い掛けるより早く、俺は床を蹴った。剣術LV2の身体能力は、これまでの運動無能力者だった俺のそれとは比べ物にならない。一足で男の間合いに入り込み、剣を横薙ぎに振るう。
ザンッ!
鈍い音がして、男の首が飛んだ。スキルを失い、ただの素人に戻った男には、俺の剣筋など見えなかったのだろう。一瞬の静寂。
「なっ!?」
残りの二人が息を呑む暇も与えない。俺は流れるような動作で二度斬り付けた。一人は胸を貫かれ、もう一人は腹を斬り裂かれて、倉庫の床に崩れ落ちた。
一瞬の虐殺。
剣術LV2は、素人を圧倒する。それがこの世界の理だ。
俺は、血の付いた剣を下ろし、下着だけでうずくまっている市橋さんに服を返した。
「着てください」
俺も自分の服を着る。それから、死んだ男たちの懐を探り、お金らしき硬貨の入った財布を抜き取った。剣も、俺と彼女の分として二本回収する。
市橋さんは、与えられた制服を抱きしめ、呆然と俺を見ていた。
「逃げよう」
俺の声に、彼女はハッとしたように我に返り、慌てて服を着始めた。俺たちは倉庫を飛び出し、人通りの少ない路地裏を走った。
どれくらい走っただろうか。人気のない古びた石段の陰に、俺たちは身を隠した。激しい動悸と、荒い息遣い。
市橋さんが、俺を見上げた。その瞳には、最早軽蔑も無関心もなかった。ただ、純粋な驚きと困惑があった。
「あんた…強かったの?」
その問いに、俺は血の気の引いた顔で首を振った。
「違う。さっきの戦いで、全部話すよ。俺のスキルのことも」
俺は、落ち着ける場所、宿屋を探さなければならなかった。この世界の残酷なルールと、俺の得た強力な力について。全てを話すために。




