女の子を救出
茂みの奥から覗く集落の中心で、その少女は泣いていた。
ゴブリン特有の臭気が鼻をつく。百体近くの緑色の肌をした醜悪な小人が、輪になって何かを囲んでいる。その中心にいるのは、ゴブリンではない。
「あれは…」
見覚えがある。クラスの女子だ。メインパーティに入っていた、回復魔法LV2を持っている女の子。
なんでこんなところにいる? 彼女は剣術と槍術のLV3を持っているあの目立つ二人の男子と一緒に行動していたはずだ。最強のパーティとして、いつも一緒にいたはずなのに。
連れてこられたばかりみたいで、まだ手酷く暴行された形跡はないようだが、両手を縛られ、柱に括り付けられている。
その時、一際体格の良いゴブリンがギャギャーと耳障りな声で叫んだ。
瞬間、周囲のゴブリンたちが一斉に彼女に飛びかかった。
粗末な服が引き裂かれ、白い肌が露わになる。
「ヤバイ!」
俺は叫ぶと同時に駆け出した。「沙希さん! 少しくらいの取りこぼしがあってもいいから、急いで倒します!」
「おう! 邪魔な雑魚は私が薙ぎ払う!」
俺は走りながらギフトテイカーを連続で発動する。
ズルズルズルッ!
視界のゴブリンたちからスキルが次々と引き剥がされていく。
奪われて硬直したゴブリンに向かって、俺は棍棒を振り回した。
沙希さんは剣術LV3の真骨頂とも言える動きで、ゴブリンの群れを文字通り薙ぎ払う。
「邪魔だ!」
彼女の鮮やかな剣閃が走るたびに、ゴブリンが両断されていく。
俺も必死だ。百体という数は圧倒的だが、俺たちの連携はもはや無意識の領域に達していた。俺がスキルを奪い、動きを止め、沙希さんが仕留める。あるいは俺が奪いながら棍棒で殴り飛ばす。
数分が永遠に感じられる激闘の末、最後のゴブリンが沙希さんの剣に貫かれて絶命した。
静寂が戻る。血と内臓の臭いが充満する中、俺は荒い息を吐きながら少女の方へ駆け寄った。
間に合った。
服はボロボロに破られ、胸もあらわになって泣いているが、パンツだけは履いている。ギリギリセーフだ。
しかし、縛られたままでは破れた服も隠せず、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔も、揺れる胸も丸見えだ。彼女は羞恥と恐怖で身を縮めている。
「沙希さん、お願いします」
俺はそれ以上見ないように視線を逸らし、俺にできる仕事である魔石の回収に徹した。沙希さんが優しく彼女の縄を解き、自分の予備のシャツを着せてくれているのが背中の気配で分かる。
「大丈夫か? 怪我は?」沙希さんの低い声が響く。
「うぅ…ひぐ…見捨てられて…」
彼女の嗚咽が漏れ聞こえてくる。
事情は沙希さんが聞き出してくれた。
いつも通り、5人でゴブリン狩りをしていた時のことらしい。逃げたゴブリンを深追いしたのが運の尽きだった。
罠にかかり、百体のゴブリンに囲まれた瞬間、剣術と槍術を持ったあの二人が、彼女を突き飛ばした。
「お前が囮になれ!」と。
そして残りのメンバーも彼女を見捨て、4人で逃げ去ったらしい。結局、彼女一人だけが捕まってしまったのだ。
俺は魔石を回収する手を止め、深いため息をついた。
ふざけるな。
LV3のスキル持ちが二人もいれば、ゴブリン百体くらいで遅れを取ることはないはずだ。二人が前衛としてしっかり立ち回り、後衛が支援すれば勝てる相手だ。それなのに、なぜ仲間を見捨てられる? なぜ囮にする?
怒りが腹の底から込み上げてきた。
魔石と武器を異空間に放り込み、俺たちは街へと戻った。
彼女の話によると、彼らがいつも泊まっている宿があるらしい。俺たちはそこへ向かった。
宿の食堂に入ると、あいつらがいた。
剣術と槍術の男、そして火魔法LV2の女子、弓術LV2の男。4人が楽しそうに食事をしていた。
コイツら、仲間を魔物の群れに売っておいて、平然と飯を食っているのか!
俺たちが彼女を連れて入っていくと、彼らが気づいた。
回復の女子を見るなり、剣術の男がニヤリと笑った。
「おう、なんだ無事だったのか? 今から助けに行く所だったんだぜ」
は?
今から? 百体のゴブリンに囲まれた仲間を、数時間も放置しておいて?
俺の怒りのボルテージが一気にマックスに達した。
「何で見捨てたんだ!」
俺は怒鳴った。店の中が静まり返る。
槍術の男が面倒くさそうに眉をひそめた。
「はあ? だって戦闘中コイツ何もしないしよ。回復なんかケガしないと役立たずなんだよ。それなのに魔石の金はちゃんと山分けしてって要求してくるし、割に合わねえだろ」
開き直りやがった。
こいつらにとって、仲間は金を生む道具でしかないのか。使い物にならなくなれば捨てるゴミか。
「もういい!」
俺は一歩前に出た。考えるよりも先に体が動いていた。
「ギフトテイカー!」
ズルズルズルッ!
4人分のスキルが一気に引き剥がされる感覚。
剣術LV3、槍術LV3、火魔法LV2、弓術LV2。
俺の中に次々とスキルが放り込まれていく。
4人が一瞬で脱力し、膝から崩れ落ちた。
「あ、あれっ?」
「力が…消えた?」
俺は回復の女子に近づいた。
彼女は驚いて俺を見上げている。
「ごめん、ちょっとじっとしてて」
俺は彼女の顔に自分の顔を近づけ、唇を重ねた。
舌が触れ合った瞬間、俺の中の槍術LV3が彼女へと流れていく。
濃厚なキス。でも今は色気なんてない。これは譲渡だ。
唇を離すと、彼女は呆然としていた。
「これで君は戦えるよ。ステータスを見てみて」
「えっ?」彼女が虚空を見つめる。「回復LV2…槍術LV3? 私に、槍術が?」
沙希さんが横で「あちゃー」って顔で俺を見ている。頭を抱えている。
やっちゃったな、という顔だ。
4人は自分のステータスを見て、何もないことを悟り、顔を真っ赤にして騒ぎ出した。
「お前、何をしたんだ!」
「スキルがねえ! 返せ!」
剣術の男が俺の胸ぐらを掴みかかってきたが、スキルもないただの一般人が、毎日魔物と戦っている俺に勝てるわけがない。
俺は片手で彼の手を掴み、簡単にねじり上げた。
「ぐあっ!」
俺は彼を床に押し付けるようにして見下ろした。
「お前たちは力を持ったらダメな人間だ。自分より弱い者を守る気概もなく、金のためだけに仲間を売るような奴に、その力は必要ない」
「な、何様だお前は!」
「この世界で戦い以外で生活する仕事を見つけろ。料理でも、掃除でも、運搬でもなんでもあるだろ。もう冒険者は辞めろ」
俺は彼の手を離し、沙希さんに向き直った。
「沙希さん、帰ろう」
「…はあ、仕方ねえな」
俺たちは呆然とする元クラスメイトたちと、新しい力に戸惑う回復の女子を残して、宿を出た。
帰り道、沙希さんに怒られるのは分かっていた。
「拓也のバカ! お前の力がバレちまったじゃないか!」
沙希さんは宿を出た途端、俺の背中をドカッと叩いた。
「あいつら、絶対にギルドにチクるか、他の冒険者に言いふらすぞ。そしたらお前のギフトテイカーが目立って、貴族とか王族とかに狙われるかもしれねえんだぞ!」
俺は頭を掻いた。
「…ごめんなさい。でも、あいつらの顔見てたら、ムカついて抑えられなかったんです」
「わかってるよ。あいつらクソだもんな。私もブチ切れそうだったし」沙希さんはため息をついた。「でもよ、これからはもう少し慎重に行こうぜ。お前のその力は、とんでもねえ武器になる代わりに、とんでもねえ厄介ごとを呼び寄せるからな」
「はい…気をつけます」
俺は沙希さんの言葉に素直に頷いた。
後悔はしていない。あの女子がこれから一人でも生きていける力を手に入れたこと、あのクズ共が力を失ったこと、それが正しいことだと信じているから。
でも、確かに俺の正体がバレてしまったことは、大きなリスクだ。
俺たちはいつも以上に警戒しながら、自分たちの宿への道を急いだ。




