ゴブリンに捕まっている少女
俺たちはギルドの受付のお姉さんに、国の召喚についての真実を尋ねた。俺たちの真剣さ、それこそこの国をぶっ潰すと誓ったばかりの覚悟を目の当たりにしたのか、彼女はカウンターの奥から出てきて、「ここでは目立ちます、奥へどうぞ」とギルドの奥にある小さな来客用の部屋へと案内してくれた。
木造りの質素な部屋だったが、人は通らず、静かだった。お姉さんはお茶まで淹れてくれて、俺と沙希さんに勧める。俺の緊張を解こうとしてくれたのかもしれない。
「王城で召喚の儀式が行われるのは、ちょうど今の時期です。雪がなくなり、暖かくなってきた頃になりますね」
彼女は静かにそう語り始めた。
「あなたたちみたいに堅実に成長してくれる人は、今までいませんでした」
その言葉には、深い憐れみと、少しの驚きが混じっていた。
「ほとんどの人が、自信家で、難しい依頼を受けて帰ってこなかったり…戦えないスキルを持ってみんなに置いていかれて、いつの間にか見なくなったり…」
お姉さんの声が少し沈む。
「異世界から来たってことで、最初は万能だと思い込んじゃうんでしょうかね。自分のスキルだけが全てだと思って、油断して魔物の群れに突っ込んだり、仲間を見捨てたり…」
俺は拳を握りしめた。やっぱりそうだ。俺たち以外の召喚者たちも、同じように使い捨てられていったんだ。自信家のやつは、城の思惑通りに無謀な挑戦をして死ぬ。戦えないやつは、現地の冒険者やクラスメイトに見捨てられて死ぬ。どちらにせよ、この国は召喚した人間にろくなサポートもせず、自滅を待っているだけだ。使い捨ての駒なんて、大切にするはずがない。
「それじゃあ…誰も生き残っていないんですか? どこか他の街に行ったりしていないんですか?」
俺は食い下がった。この街だけが全てじゃないはずだ。もっとマシな場所があるなら、そこへ逃げるという選択肢もあり得る。
しかし、お姉さんは首を横にゆっくりと振った。
「おそらく…いませんね」
「いないって…」
「他の街に行こうとしても、この街の周囲は森に囲まれています。強い魔物がウジャウジャいる中を何ヶ月もかけて歩いていかないと辿り着けないんです。人類でそれを成し遂げたのは、レベル5のスキルを持っていたとされる、絵本の中の伝説の剣士だけです」
「絵本の中?」
「ええ。本当にいたのかどうかもわかりません。ただの昔話です」
レベル5。
俺の目標にしていた数値だ。でも、その域に達した人間は、絵本の中のおとぎ話扱いなのか。
それほどまでに、人間が人間のままで超えてはいけない領域。それがレベル5なのかもしれない。
絶望的なまでの壁。でも、俺はそれを超えるしかない。この国をぶっ潰すために。
「わかりました。教えてくださり、ありがとうございます」
俺は深く頭を下げた。真実を知ることは怖いけれど、無知のまま騙されるよりずっといい。
「あの、もう一つだけお願いがあります」
俺は意を決して言った。「今度、召喚者向けの手紙を書いて持ってきます。だから、それを次に召喚された人に見せていただけないでしょうか」
お姉さんは一瞬目を丸くしたが、すぐに俺の意図を理解してくれた。
「わかりました。私がここにいる限りは、絶対に見せると約束します」
彼女の優しさが、今の俺には痛いほど嬉しかった。この国が全部クソだとしても、こういう人はいる。だからこそ、俺はこの国の仕組みを壊したいんだ。
俺たちはギルドを出た。外の空気は冷たく、でも清々しかった。
「行こうか、沙希さん」
「ああ、体動かさねえとイライラしちまうからな」
俺たちは壁の外へ出て、再び森へと向かった。レベルを上げるためには、経験値が必要だ。またゴブリンの集落を見つけて、一気に稼ぎたいところだ。
索敵スキルを発動しながら、俺たちは森の中を歩いていく。
半径500メートルの索敵範囲に、無数の微弱な光点が浮かび上がる。
いた。また集落だ。
今日は調子がいいぞ。これなら一気にレベルが上がるかもしれない。
俺は沙希さんに目配せをして、集落の方へと足を進めた。
しかし、近づくにつれて違和感が募った。
反応の数は多い。ゴブリンが百体近くいる。でも、その中に一つだけ、明らかに異質な反応がある。
ゴブリンの反応ではない。もっと濃くて、大きい反応。
人間だ。
「沙希さん、待ってください。集落の中に、人間の反応が一つあります」
俺は足を止め、声を潛めた。
「人間? 冒険者が捕まったか?」沙希さんも剣の柄に手をかける。
「わかりません。でも、動きがない…捕まっているようです」
もしかしたら、冒険者が囮に使われているのかもしれない。あるいは、ゴブリンが人間を捕らえて料理しているのか。
どちらにせよ、見捨てるわけにはいかない。
「助けに行きましょう」
「ああ、そうだな。百体相手でもお前のスキルがあればなんとかなるだろ」
俺たちは音を殺して、集落へと急いだ。
人間の反応が消えてしまう前に。
俺の心臓が早鐘を打つ。百体のゴブリン。自分から突っ込んでいくのは怖い。でも、今の俺たちならやれる。沙希さんという最強の剣士がいて、俺にはスキルを奪う力がある。
助けるんだ。俺は自分に言い聞かせた。
近づくにつれ、異様な臭気が鼻をついた。
血の臭いと、腐敗臭。
そして、かすかな人の声が聞こえた気がした。
俺たちは茂みに身を隠し、集落の中心部を覗き込んだ。
そこにいたのは、ゴブリンたちに囲まれ、縄で縛られている一人の少女だった。




