変わろうとする拓也
索敵LV2の恩恵は絶大だった。
森の奥へと足を進める俺たちの前方に、数百メートル先の生体反応がくっきりと浮かび上がる。ただの散発的な反応じゃない。無数の微弱な光点が、一箇所に集まっているのだ。
「沙希さん、なんか…百体くらいのゴブリンが集まってる場所があります。集落、でしょうか」
俺がそう伝えると、沙希さんの目がらんらんと輝いた。
「マジか? そりゃお祭りだな。潰そうぜ!」
彼女は剣の柄に手をかけ、やる気満々だ。無理もない。百体ものゴブリンがいれば、魔石でかなりの稼ぎになる。それにスキルの供給も潤沢だ。
でも、俺は一つ懸念があった。
「待ってください、沙希さん。元を潰したら、ゴブリンの数が減りすぎませんかね?」
「どういうことだ?」沙希さんが首を傾げる。
「多分そこで生まれて、成長した個体を俺たちが倒してお金にしていますよね。生息地である集落を根こそぎ潰してしまったら、この先ゴブリンが湧かなくなって、それを狩って生活している他の冒険者たちが困るんじゃないかなと思って…」
俺の言葉に、沙希さんは「あ」と口を開け、腕を組んだ。
「なるほどな。拓也はいろいろ考えてるんだな。私なんか稼げりゃいいって短絡的に考えてたぜ」
「い、いや、俺も素人考えですけど…」
「いい案だ。とりあえず今日は様子見で、帰ったら受付のお姉さんに聞いてみようぜ」
沙希さんに認めてもらえて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「あの、沙希さん。聞くの、俺がやってもいいですか?」
「どうしたんだ? そういうの苦手だと思ってたけど」沙希さんが意外そうな顔をする。「もしかして、お姉さんがタイプなのか?」
「ち、違いますよ!」俺は顔が熱くなるのを感じた。「俺も慣れていかないとと思っただけです。いつまでも沙希さんの後ろに隠れてるわけにはいきませんから」
「わかった。やってみろ」沙希さんはニヤリと笑った。「けど無理するなよ。それでストレスになってハゲても知らねえぞ」
「うっ、ハゲるのは嫌だな…」
冗談交じりに笑い合い、俺たちは狩りを続けた。
今日集めた短剣術LV2が2つ、LV1が2つ。これを沙希さんに口移しで渡してから、俺たちはギルドへ戻った。
今日はあまり集まりませんでしたねー、なんて話しながら。
ギルドの受付に向かう。俺は深呼吸をして、震えそうになる声を必死に抑えた。
「ま、魔石を、換金、お願いします。そ、それと、ゴブ、ゴブリンの、集落らしきものを、み、見つけたん、ですけど、全部潰しても、いいですか?」
下を向きながら、一生懸命に紡ぐ。視界の端で、沙希さんが心配そうに見守っているのが分かる。
受付のお姉さんは、魔石をパチパチと数えながら、淡々と答えた。
「潰せる力があるなら、潰しちゃってくださいね。ゴブリンは繁殖力が高くて、すぐに成長する種族ですから。集落を見つけたら、冒険者の人数を集めて定期的に潰すのがギルドの方針なんですよ。放置すると街へ被害が出ますから」
あ、そうなんだ。俺の懸念は杞憂に終わったらしい。ゴブリンは増えすぎるから駆除対象なんだ。
俺が安堵して顔を上げると、沙希さんがすかさずフォローを入れてくれた。
「潰すのは私たちだけで大丈夫だ。こいつが、ゴブリンの数が減って冒険者の食い扶持がなくならないか心配してただけなんです」
受付のお姉さんは「優しい方なんですね」と笑ってくれた。
換金を終え、俺たちはギルドを出た。
「ちゃんとできたじゃないか」沙希さんがニコニコしながら言う。
「はい。もうちょっと慣れたら、大丈夫な気がしてきました」
「だな。怖がりながらも前に出ようとする根性は認めてやるよ」
沙希さんにそう言われると、どんな褒め言葉よりも嬉しかった。
宿に戻り、俺たちは明日の作戦を立てた。
「俺がまずギフトテイカーでスキルを奪い続ける。奪われて硬直した隙に、沙希さんが倒していく。これで行きましょう」
「いい作戦だ。数が多いからな。お前のギフトテイカーのスピードが勝負だな」
「はい。明日に備えて、早く寝ましょう」
いよいよ翌朝。
俺たちは気合を入れて森の奥、ゴブリンの集落へと向かった。
ゴブリンの集落に近づくにつれ、索敵スキルが捉える反応がどんどん濃くなっていく。昨日よりも多い。数えてみると、百二十体ほどの生体反応が密集していた。
沙希さんに目配せをする。彼女も無言で頷き、剣の柄に手をかけた。緊張感はあるけれど、怖くはない。沙希さんがいるからだ。
「行きます」
俺は手前の方にいた見張り役らしいゴブリンに狙いを定め、ギフトテイカーを発動した。
ズルリとした感触。ゴブリンの動きが止まる。その隙を沙希さんが見逃すはずがない。一瞬で間合いを詰め、一刀両断する。
それが合図だった。
俺は次々とギフトテイカーを放つ。棒術、短剣術、投擲。これまでに奪ってきたスキルを持つ個体も多いが、時折違う反応をする個体が混じっている。
「沙希さん! 奥の方に、弓術LV1を持ってる個体がいます! あと、火魔法LV1も!」
俺は興奮のあまり声が上擦った。魔法だ。この世界に来て初めて、攻撃魔法のスキルに触れる。
「マジか! そいつは楽しみだな!」沙希さんも声を弾ませながら、スキルを奪われて硬直したゴブリンを次々と切り伏せていく。
俺の役割はスキルを奪うこと。それだけで戦況は決まったようなものだ。スキルを根こそぎ奪われたゴブリンたちは、ただの的でしかない。沙希さんの剣が踊るように煌めき、百体を超えるゴブリンたちが雪崩を打って倒れていく。
戦闘はあっけなく終わった。
問題はその後だ。百二十体の魔石を回収し、異空間に放り込む作業がとにかく時間がかかる。俺と沙希さんで手分けして、一つ一つ拾っては異空間へ。地味な作業の連続だ。
「ふぅ、これで全部か」
俺は汗を拭いながら、異空間の入り口を閉じた。中には魔石の山と、ついでに回収した武器の山。
「大収穫だな!」沙希さんが満足げに笑う。「新しいスキルに魔法まで手に入ったし、魔石の換金も楽しみだぜ」
俺たちの目標だったスキル上げの素材も、一気に確保できた。何より、魔法が手に入ったことが嬉しい。
「沙希さん、ちょっと試してみてもいいですか?」
「当然だろ。やってみろよ」
俺はその場で火魔法LV1を発動しようとした。イメージは炎の放射。指先をゴブリンの死体に向ける。
「ファイア!」
…プッ。
指先から、ライターの火くらいの小さな火がゆらりと灯っただけだった。数秒するとフッと消える。
「…これだけ?」
俺は呆然と自分の指先を見つめた。
沙希さんがブフッと吹き出した。「なんだよそれ! キャンプファイヤーにもなんねえじゃねえか!」
「うう…レベル1はこんなものなんですね…」
「ま、いざって時の火付けには使えるだろ。これから育てていけばいいさ」
沙希さんの慰めに、俺も少し笑って頷いた。確かに、火種にはなる。これからレベルを上げていけば、いつか火炎魔法みたいに燃やせるようになるはずだ。
「宿に帰って整理しましょう。今日は本当に大収穫です」
「そうだな。肩の荷が下りた気分だぜ」
俺たちは森を後にした。索敵のおかげで他の魔物に遭遇することもなく、安全に街へと戻れた。ギルドで魔石と武器を換金すれば、また大金が入るだろう。俺たちは着実に強くなっている。沙希さんと一緒にいれば、何でもできる気がした。




