投擲の威力
「おはよう、沙希さん」
「おう、おはよう。早速行くぞ」沙希さんは寝癖を直しながら、やる気満々だ。
俺たちは朝一でギルドへ向かった。今日の稼ぎ先を決めなくてはならない。
掲示板を見る。スケルトンの剣回収依頼…ない。なくなっている。
「あれ? なくなってる」
沙希さんが受付へ歩き出し、俺の疑問を代わりに聞いてくれた。
「すみません、スケルトンの剣の依頼、なくなってるんですけど」
受付嬢は事務的に答えた。「はい。三十本の納品規定に達したため、しばらくは出ませんね。次の依頼が来るのは、流通在庫が減ってからになります」
うーん、そうそう甘い話はないか。魔石だけでもいい金にはなるんだけど、やっぱり剣の納品が出るまで待った方がお得だ。俺たち以外、あの依頼を受ける冒険者なんていなさそうだけど。
「じゃあ、別の依頼にしますか」
俺は改めて掲示板を見直した。薬草採取、害獣駆除…その中に、一際目立つ依頼があった。
『ビッグボアの肉納品。一頭 金貨1枚』
「これ、人気ないですね」俺は沙希さんに言った。「ビッグボアって、でかいイノシシですよね? 危険だから敬遠されてるんでしょうか」
「イイんじゃねえか? 私たちならなんとかなるだろ」沙希さんは依頼書を指差した。「それに一頭金貨一枚なら、スケルトンより稼げるかもしれねえし」
「わかりました。これでいきましょう」
俺たちは受付で依頼を受け、ビッグボアが出没しそうな場所を聞いた。受付嬢は地図を広げ、「この森の深部、水場の近くに出ます」と教えてくれた。
町を出て、森へ入る。道中、スライムが現れると異空間スキルを、ゴブリンが現れると棒術スキルを奪いながら進んだ。無駄な戦いはしない。俺の索敵スキルが、敵の気配を事前に教えてくれるからだ。便利すぎる。早くこの索敵のレベルも上げたいところだ。
ついでに、投擲用の手頃な石を拾って異空間に入れておく。レベル3の投擲は強力だが、弾薬が必要だからな。
「この辺りに出そうだな」沙希さんが立ち止まった。
俺は頷き、索敵スキルを発動した。神経を研ぎ澄ますと、水場の方からどすんとした重い気配が感じられた。
「あっちに何かいますね。でかいです」
俺たちは慎重に近づいた。木陰から覗くと、泥浴びをしている巨大な影があった。
身長170センチの俺と同じくらいの体躯。剛毛の黒い肌。鼻から生えた二本の牙。ビッグボアだ。
「でかっ!」
俺と沙希さんの声が重なった。やばい、これマジでデカい。猪っていうより、小型の戦車だ。
俺はアビリティサイトを発動した。
【突進LV2】
うーん、突進か。便利だけど、俺たちのスタイルには合わないかもな。沙希さんはスピード重視だし、俺は後衛兼サポートだ。それに奪ったところで、こいつをどう制御するんだ?
「沙希さん、スキルは突進LV2です。いらないかも」
「だな。リスク高いし、やっぱり石でいこうぜ」
俺は異空間から拳大の石を取り出した。投擲LV3。達人の域。俺は深呼吸し、ビッグボアの頭部めがけて石を投げた。
パァン!
乾いた音が森に響き渡った次の瞬間、ビッグボアの頭が吹き飛んだ。文字通り、首から上が消し飛んだのだ。
巨大な肉体が、その場にバタリと倒れる。一撃。あっけなかった。
「…これで金貨1枚か」沙希さんが呆然と呟いた。「やったぜ」
俺たちは駆け寄り、魔石を回収した。しかし、そこで問題が起きた。食肉として卸すなら、血抜きをしなければならない。頭を吹き飛ばしたせいで、血がドクドクと流れ出ている。このまま異空間に入れると、他の荷物が血まみれになってしまうかも。
「沙希さん、吊るして血抜きしましょう」
俺は近くの太い木の枝に、ロープでビッグボアの後ろ足を縛り上げて吊るした。
待っている間、俺は索敵をかけた。「近くにもう一匹います」
「マジか? やるか」
「ええ、同じようにやります」
二頭目も、同じように石を投げて頭を吹き飛ばした。一頭目と同じ木に吊るす。これで金貨2枚。うーん、美味しい。でもこれ以上倒しても、持って帰った方法を聞かれても困るし、ここでやめておこう。
「血が抜けたら帰りましょうか」
俺は沙希さんに言った。そして、心の中でこっそりと考えていた。
(あー、今日はキス出来ないなぁ)
スキルを送る口実でキスをしているから、今日みたいにスキルを奪わない日だと、どうしても沙希さんとの接触機会が減る。寂しいものだ。
そういえば、この世界に来てから一度も抜いてないことに気づいた。沙希さんと同じ部屋で寝ているし、気兼ねなく出来る環境ではない。気づいてしまったら、出したくてたまらなくなる。どうやって一人になろうか。トイレに行くふりをするか? それとも風呂に長く浸かるか? 悩んでいるうちに、血抜きが終わったらしい。
「よし、異空間に仕舞うぞ」沙希さんが言った。
「はい。あ、沙希さん、ギルドに入る時は一頭担いでもらいますよ」俺は笑って言った。
「え? 持てるかな、これ」沙希さんが腕組みをする。「まあ、やれるだけやるか」
俺たちは森を引き返し、町へと戻った。ギルドの入り口で、沙希さんが一頭目のビッグボアを肩に担いだ。重そうだが、LV3の身体能力があればどうにか耐えられるようだ。二頭目を俺も担いだ。
ギルドに入ると、冒険者たちの視線が一斉に集まった。
「おい、ビッグボアだぜ!」「しかも二頭も!」「あの小娘、一人で担いでやがる!」
噂が広がるのが速い。受付で魔石と肉を納品し、金貨3枚を受け取った。今日の稼ぎも上々だ。
「ふぅ、疲れたな」沙希さんが額の汗を拭う。
「お疲れ様です。宿に戻りましょうか」
ギルドを出たところで、俺たちは足を止めた。前方から、5人の男が道を塞ぐように立っていたからだ。
元クラスメイトだ。装備はボロボロで、目は血走っている。
「おい、オタク」リーダー格の男がニヤリと笑った。「さっきの見てたぞ。何もない所からイノシシ出していただろ」
「あの力、黙っていてやるから金貨1枚くれよな」
足が震えた。やっぱり知らない人は怖い。異空間スキルを見られたのか。もしバレたら、俺たちは実験体にされるかもしれない。
沙希さんが前に出た。「お前らにやる金なんかねーよ。言いたきゃ勝手に言えばいいだろ」
「なんだと! このヤンキー女が!」
5人が沙希さんを取り囲んだ。一人の男が拳を握りしめ、構える。アビリティサイトを見た。【格闘LV2】だ
「調子乗ってんじゃねえぞ!」男が拳を振り上げた。
俺は咄嗟に動いた。異空間から棍棒を取り出し、男の腕を横から叩き潰した。
ガギッ! 鈍い音が響き、男の腕があり得ない方向に曲がった。
「ぎゃああああ! 折れた! 折れたぞ!」男がのたうち回る。
他の4人が固まった。俺は棍棒を構え、精一杯怖い顔を作った。心臓はバクバク言っているが、ここで引いたら終わりだ。
「沙希さんに手を出すな!」俺は怒鳴った。「俺はこっちに来てもう3人殺しているんだ! これ以上俺たちに構うなら、お前たちも!」
俺の脅しは、彼らには十二分に響いたらしい。5人は顔を真っ青にして、悲鳴を上げながら逃げ去っていった。
足がずっと震えている。沙希さんが俺の手を握ってくれた。温かい手だ。
「ありがと、拓也」
彼女の声は優しかった。
「…すみません、震えてて」
「無理すんなよ。よくやった」
俺たちはそのまま宿へと歩き出した。沙希さんはずっと手を握っていてくれた。
部屋に戻り、俺はバケツのお湯で顔を洗った。震えはまだ止まらない。でも、守れた。沙希さんを。俺が。
「拓也、大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
俺は沙希さんを見た。彼女はベッドに腰掛け、俺を見つめていた。その表情は、今まで見た中で一番柔らかく見えた。




