元クラスメイトたち
「そういえばさ」沙希がふと思い出したように言った。「あのクラスメイトたち、見かけなくなったよな」
俺は周囲を見回した。確かに、ギルドの前にたむろしていた三十人の集団は、ここ数日見かけていなかった。
「あいつら、よくギルドで騒いでたけど」
「もしかしたら、どこか別の場所に移動したのかもしれないね」
「…まあいいか。私たちには関係ない」
沙希はそう言うと、城壁へ向かって歩き出した。俺も彼女の後に続いた。
午前中は順調だった。森の浅瀬でゴブリンを十体ほど狩り、投擲LV2が7/10まで上がった。異空間LV2のおかげで、魔石の回収も楽だ。剣をしまい、魔石を放り込む。まるでRPGのインベントリ管理のようにスムーズだった。
「今日は調子いいな」沙希が汗を拭いながら笑った。「この調子なら、そろそろ新しい装備も買えるかもな」
「そうですね。沙希さんの剣も、そろそろ打ち直しが必要かも」
俺たちがそんな会話を交わしながら昼休憩を取っていると、森の向こうから複数の足音が聞こえてきた。
最初、俺はゴブリンの群れかと思った。しかし、木々の間から現れたのは、見覚えのある顔だった。元クラスメイトたち。五人のグループだ。
「お、いたいた。オタクじゃん」
先頭に立っていたのは、剣術LV3を持っていた男だ。彼の装備は以前見た時よりも傷んでいて、鎖帷子の一部が破れ、剣には錆が浮いていた。
「お前ら、結構稼いでるみたいだな」別の男が言った。槍術LV3だった奴だ。「俺たち、ちょっと困っててさ。助けてくれよ」
沙希は即座に剣を構えた。異空間から滑らかに現れる刃。彼女の目は、街中で見せるリラックスしたものとは全く違っていた。獲物を狩る獣の目だ。
「何の用だ」沙希の声は冷たかった。
「おいおい、怖い顔すんなって。俺たち同じクラスだろ?」剣術の男がヘラヘラと笑う。「ちょっと金貸してくれよ。すぐ返すから」
俺は彼らのスキルを確認した。アビリティサイトの表示は変わらない。剣術LV3、槍術LV3。
「お、俺たち、そんなに…余裕ないよ」俺は静かに言った。
「は? オタクが口答えすんの?」剣術の男の目つきが変わった。「調子乗ってんじゃねえぞ。こっちはお前らと違って、この世界で期待されてんだ。一時的に困ってるだけだ。貸せよ」
沙希が一歩前に出た。彼女の殺気が、空気を震わせる。
「期待されてる? ああ、城の連中にな」沙希の声には嘲笑が混じっていた。「お前ら、自分が何を奪われたか、まだ気づいてねえのか。制服はどこ行った?」
男たちの顔から笑みが消えた。制服。彼らが召喚時に着ていた、あの貴重な布地。城はそれを奪い、代わりに安物の装備を与えたのだ。
「うるせえ! ヤンキーが偉そうに!」
「沙希さん、行こう」俺は彼女の手を引いた。「相手にするだけ無駄だ」
「おい待てよ! 逃げんのかオタク!」
男たちは追いかけてこなかった。空腹と疲労で、それだけの体力もなかったのだろう。俺たちは彼らの視界から消えるまで、ずっと無言で歩き続けた。
「…アイツら、終わってるな」沙希がポツリと呟いた。
結局、俺たちは夕暮れまでゴブリンを狩り、いつもより多めの魔石を手に入れた。ギルドで換金すると、銀貨が十枚を超えた。初めての大収入だ。
「今日はちょっと贅沢しようぜ」沙希が言った。「食堂で肉でも食おう」
宿の食堂はいつもより混んでいた。俺たちは隅の席に座り、肉の串焼きとパン、それにスープを注文した。久しぶりに味わう肉の油は、体の隅々まで染み渡るようだった。
「生きてるって感じするな」沙希が串焼きを頬張りながら言った。
「そうですね」
食事も終わりに差し掛かった頃だった。食堂の入り口がバタンと開き、泥だらけの若者が転がり込んできた。元クラスメイトの一人だ。確か、短剣術LV2を持っていた奴だったと思う。
「お、オタク…助けてくれ…」彼は床に這いつくばりながら俺に縋ろうとした。「頼む…金を…食べ物を…」
沙希は無言で立ち上がり、彼の前に立った。
「ここは食堂だ。物乞いする場所じゃねえ」
「ひ、酷いじゃないか! 同じクラスだろ! 見捨てる気か!」
食堂にいた他の冒険者たちが、好奇の目でこちらを見ている。俺は沙希の背中を見つめながら、心臓が早鐘を打っていた。
「同じクラス?」沙希は冷たく笑った。「お前ら、私たちを見捨てたんじゃなかったのか? 『期待されてる』からって、自分たちだけ城に残ったんじゃないのか? 今さら何言ってんだ、それに人にモノ頼むのにオタクってなんだ?コイツの名前も知らないんだろ?」
若者は言葉に詰まり、俯いた。やがて、諦めたように食堂を出ていった。
沙希は席に戻り、水を一気に飲み干した。
「…アイツら、もうすぐ全滅するな」
「沙希さん、どうしてそう思うの?」
「見たか? アイツ、装備も武器も持ってなかった。売ったんだよ、食い物を買うために。次の手は、身体を売るか、盗みか、物乞いか…それか、魔物に食われて死ぬかだ」
俺は何も言えなかった。彼女の分析は、残酷なほど的確だったからだ。
数日後。ギルドで噂を聞いた。
元クラスメイトたちの主力だった五人が、夜のうちに姿を消したらしい。残された二十五人はパニックになった。誰もリーダーシップを取れず、貯金は底をつき、装備を売り払い、最終的には路上で物乞いを始めた。女の子たちの中には、冒険者たちに「身体を買ってやる」と言われ、ついていく者もいたという
「…来るな、きっと」
「ですね」
その日は早めに森を引き上げ、宿に直行した。部屋に入ると、沙希は窓の外を見つめながら言った。
「オタク」
「はい?」
「お前は優しすぎるからな。アイツらが来たら、私に任せろ。お前は何も言うな」
「でも…」
「いいから」彼女は振り返り、真っ直ぐに俺を見た。「拓也が傷つくところは、見たくない」
俺は言葉を失った。胸の奥が熱くなる。これは、彼女なりの守り方なのだ。
「…わかりました」
沙希は満足そうに笑い、ベッドに潛り込んだ。
「今日も抱きついたら殴るからな」
「善処します」
「善処じゃねえよ、絶対守れ」
夜が更けていく。窓の外からは、酔っ払った冒険者たちの歌声が聞こえる。遠くで、誰かが叫ぶ声も。
俺は目を閉じながら、考えていた。彼らを助けることは、本当に正しいのか。助けたとして、彼らは感謝するのか。いや、しないだろう。むしろ、つけ込んでくるだけだ。
彼らは、この世界に順応できなかった。十五歳の子供たちが、いきなり放り出されて、生き残れるはずがない。俺たちはたまたま沙希の決断力と、俺のスキルがあったから生き延びているだけだ。
でも、だからといって、彼らを助ける義務はない。
俺たちは見捨てられた側だ。
俺は寝返りを打ち、沙希の方を見た。寝顔は穏やかで、いつもの刺々しさはどこにもない。
この人を守るために、俺は強くなる。
ギフトテイカーを活用して、もっとスキルを集めて、この世界で生き抜く力を身につける。
翌朝。予想通り、宿の前に元クラスメイトたちが集まっていた。十人ほどだろうか。全員がボロボロの服を着て、目の下にクマを作っている。彼らは俺たちの姿を見るなり、駆け寄ってきた。
「オタク! 助けてくれ!」
「お願いだ! 食事だけでいいから!」
俺は沙希の背中を見つめた。彼女は一言も発さず、無表情で彼らの前を通り過ぎる。
「待ってよ! お願いだよ!」
「俺たち、何も持ってないんだ!」
「見捨てないでくれ!」
俺たちは振り返らなかった。彼らの声が小さくなるまで、ただ歩き続けた。
城壁を抜けると、そこには見慣れた草原が広がっていた。青い空。白い雲。のどかな風景。
「…これでよかったのかな」俺は呟いた。
「わかんねえよ」沙希は肩をすくめた。「でも、私たちは私たちで生きていくしかない」
彼女の横顔は、どこか寂しそうだった。
「さ、行くぞ。今日もゴブリン狩りだ」
「はい」
俺たちは武器を構え、異世界の荒野へと歩き出した。前だけを見て。振り返らずに。




