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3-16話:地雷に触れた時点で、だいたい女神の機嫌が終わっている

 三人は、相変わらず苦戦していた。


 いや。

 苦戦などという言葉では、生ぬるい。


 すでに三十分以上。

 戦況は、一度としてこちらへ傾いていなかった。

 巨大な“コハル”が、静かに拳を持ち上げる。


 ズドォンッ――!!

 拳が、再び地面を叩き割った。


「うおっ!!」


 クニヒロが重力で身体を押さえ込む。

 それでも、衝撃を完全には殺しきれない。


 道路が沈む。

 コンテナ置き場の鉄箱が軋む。

 路肩に停められていた作業車両が、紙切れのように吹き飛んだ。


「ちょっ、これやばいでしょ!?」


 ジュンタが炎を噴き上げながら叫ぶ。


「勇者三人いるのに倒せないんだけど!?」


「まだ負けてねぇだろうが!!」


 クニヒロが吠える。

 重力場が唸った。

 だが、その腕はもう震えている。


 重い。

 圧倒的だった。

 ただ巨大なだけではない。

 魔力密度そのものが異常。

 存在しているだけで、周囲の魔力バランスが崩れていく。


「……強すぎる」


 リュウスケが低く呟いた。

 氷壁を展開する。

 さらに圧縮し、残った魔力を叩き込む。

 完全な防御特化。


 それでも。


 バキィン――!!

 巨大コハルが腕を振るっただけで、氷壁はまとめて粉砕された。


「っ……!」


 リュウスケの身体が吹き飛ぶ。

 道路を滑り、資材置き場のガードレールへ激突した。

 鉄がひしゃげ、火花が散る。


「リュウスケさんっ!!」


 ジュンタが叫ぶ。


 巨大コハルは止まらない。

 冷たい瞳。

 感情の欠片もない。

 まるで敵を排除するためだけに作られた兵器のように、次の拳を持ち上げる。


「あら」


 ミレイが嬉しそうに微笑んだ。


「最強の勇者を前に、手も足も出ませんか?」


「うるさいなっ……!」


 ジュンタが炎を放つ。

 爆炎。

 熱風。

 夜を赤く染める火柱。

 その中心を。

 巨大コハルは、平然と歩いてきた。


「はぁ!? 全然効いてないんだけど!?」


 熱耐性。

 そんな次元の話ではない。

 魔力の総量そのものが違う。

 炎が身体へ届くより先に、圧倒的な魔力によって押し潰されている。


「魔力切れかけてんだよ……クソが……」


 クニヒロが歯を食いしばった。


 限界は近い。

 先ほどから、ずっと連戦。

 人形群との戦闘。

 広域技の連発。

 遠方で続くマナト側の異常な魔力反応への警戒。

 消耗が激しすぎた。


 ジュンタの炎は弱まっている。

 クニヒロの重力も安定しない。

 リュウスケの氷も、生成速度が明らかに落ちていた。


 対して。

 巨大コハルだけが、底なしと思えるほどの魔力を放ち続けている。


 しかも。


「――っ!?」


 消えた。

 十メートル近い巨体が、視界から消失する。


「左だ!!」


 リュウスケが叫ぶ。

 直後。


 ズガァァァンッ――!!

 クニヒロが立っていた場所へ、巨大な拳が叩き込まれた。


「ぐっ……!!」


 咄嗟に重力障壁を展開する。

 それでも身体が浮いた。

 全身の骨が軋む。


「巨体のくせに速ぇんだよ!!」


 クニヒロが怒鳴る。

 異常だった。

 十メートル級の巨体。

 それなのに、加速だけならレンマにも匹敵する。


 いや。

 直線速度だけを見れば、それ以上かもしれない。


「クニヒロっ!! 後ろ!!」


 ジュンタが叫ぶ。

 振り向く。

 遅い。

 巨大コハルの腕は、すでに振り抜かれていた。


「がっ――!!」


 衝撃。

 クニヒロの身体が吹き飛ぶ。

 コンテナ置き場へ叩きつけられ、鉄板が大きくへこんだ。

 積み上げられていたコンテナの一段が崩れ、轟音とともに地面へ落ちる。


「クニヒロォ!!」


 ジュンタが炎を噴き上げる。

 その時。

 巨大コハルの虚ろな瞳が、ゆっくりとジュンタへ向いた。

 背筋を嫌な感覚が走る。


「――っ」


 ジュンタが横へ跳ぶ。

 直後。

 黒い魔力砲撃が、すぐ横を貫いた。

 コンテナ列が一直線に抉られる。

 鉄板が溶け、内部から火花が噴き出した。


「は……?」


 ジュンタの顔から血の気が引く。

 今のは、掠っただけ。

 もし直撃していたら。

 消えていた。


「こいつ、マジで洒落になってない……!」


 ミレイが、くすくすと笑う。


「当然です。だって、月影シュウゴの残穢ですから」


「……さっきから、てめぇは何を言ってんだよ! 誰だよそいつ!!」


 コンテナ片と砕けたアスファルトの中から、クニヒロが立ち上がる。

 額から血が流れていた。


「あら」


 ミレイが楽しそうに目を細める。


「知りたいですか?」


「真実がどうであれ、コハルはコハルなんだよっ!」


 重力が爆発する。

 アスファルトが陥没した。

 周囲の作業車両が、一斉に宙へ浮かぶ。


「ぶっ潰すぞ!!」


 クニヒロが拳を振り下ろした。


 超重力。

 空間そのものが歪む。

 だが。

 巨大コハルは、その重力場を真正面から踏み抜いた。


「――は?」


 クニヒロの目が見開かれる。

 普通なら立っていることすらできない。

 重力場の中心だ。


 なのに。

 巨大コハルは何事もないように、一歩踏み込んだ。

 拳が迫る。


「っ!!」


 クニヒロが両腕を交差させる。

 防御。

 ミシィ――!!

 嫌な音が響いた。


「ぐぁっ!!」


 クニヒロが再び吹き飛ぶ。

 今度は地面を何度も転がった。


「クニヒロくん!!」


「うるせぇ! 聞こえてる!!」


 悪態をつきながら立ち上がる。

 だが。

 足元は明らかにふらついていた。


「……受けちゃダメだよ」


 リュウスケの言葉に、クニヒロが吠える。


「んなもん避けられたら苦労しねぇよ!」


 ジュンタが乾いた笑みを浮かべた。


「これ、全員普通に死ぬやつじゃん」


「あらあら」


 ミレイが笑う。


「ようやく理解しました?」


 巨大コハルが、再び拳を持ち上げた。


 終わる。

 三人が、ほぼ同時にそう理解した。

 その時だった。


「――黙っていようかと、迷っていましたが!!」


 声が響いた。

 高く。

 幼く。

 それなのに、空間そのものを震わせる声。


「――!?」


 ミレイの笑みが止まる。


 ビキィッ――!!

 夜空が裂けた。


 工業地帯の上空へ、銀色の亀裂が走る。

 そこから溢れ出したものは――神気。

 圧倒的な神聖魔力が、周囲の空気そのものを書き換えていく。


「異空間がっ……」


 ジュンタが目を見開く。

 裂け目の奥から、小さな影が姿を現した。


 十歳ほどの少女。

 銀色の髪。

 白いワンピース。

 背中では、星屑のような光が淡く揺れている。

 少女は頬を膨らませ、ぷりぷりと怒りながら腕を組んでいた。


「私にとって、それは地雷です!!」


 銀色の光が爆発する。

 巨大コハルの動きが、ぴたりと止まった。


「シュウゴ様を雑に使わないでくださいっ!!」


 少女――女神ルナが、びしっとミレイを指差す。


「この私がっ!! シュウゴ様に頼まれてますので!!!」


「あら」


 ミレイが目を細める。


「女神様がこちらの世界へ干渉するのは、感心しませんことよ」


「シュウゴ様を使った時点で無理ですっ!!!」


 即答だった。

 ルナの額に青筋が浮いている。


「シュウゴ様は!! コハル様が思い出すことを望んでません!!」


 空気が震えた。

 銀色の魔力が、夜空いっぱいへ広がっていく。


「本人が自力で思い出すならまだしも――!!」


 ルナの声が鋭くなる。


「第三者が勝手に思い出させるなんて、許せないですっ!!」


 その時。

 巨大コハルの瞳が揺れた。


 ピクリ、と。

 ほんのわずかに。


「――っ」


 リュウスケが目を細める。


「今……」


 ミレイも気づいた。

 巨大コハルが。

 否――“月影シュウゴ”が。

 ルナの言葉へ反応した。


「あらあら……」


 ミレイが笑う。

 だが。

 その笑みは、わずかに引きつっていた。


「なるほど。そこまで大事に隠していらっしゃったのですね」


「隠してません!! 約束を守ってるんですっ!!」


 ルナが怒鳴る。


「それに――」


 銀色の瞳が、怒りに揺れた。


「シュウゴ様のお墓を暴きましたね!!!」


 空気が凍る。


「……は?」


 ジュンタが目を見開く。

 リュウスケの視線が、ゆっくりミレイへ向いた。

 クニヒロも眉を歪める。


「テメェ……」


「あら」


 ミレイは笑みを崩さない。


「必要でしたので」


「必要で墓荒らししてんじゃねぇよ!!」


 クニヒロが怒鳴った。

 同時に。

 巨大コハルの周囲で、魔力が大きく乱れた。

 黒い圧力が揺らぐ。

 感情などないはずの瞳が――苦しげに歪んだ。


「シュウゴ様は!! そんな使われ方を望んでませんっ!!」


 ルナが叫ぶ。

 銀色の魔力が、一気に膨れ上がる。


「だから!! さすがに許しませんっ!!!」


 ルナが銀色のステッキを取り出した。

 月光を受け、淡い輝きを放つ。


 しかし。

 巨大コハルの視線が、ゆっくりとルナへ向いた。

 空気が張り詰める。


「――え?」


 ルナの顔が引きつった。


「ちょ、待ってください!? 私です!! ルナです!!」


 巨大コハルが拳を持ち上げる。


「シュウゴ様!? そんな方々に操られてはいけませんっ!?」


「…………」


 返答はない。

 虚ろな瞳だけが、真っ直ぐルナを見ている。


「えっ、ちょっ――」


 ズドォォォンッ――!!

 拳が振り下ろされた。


 ただし。

 狙いは、ルナではない。

 巨大な拳が叩き込まれたのは――ミレイのすぐそばだった。


 衝撃波が弾ける。

 地面が爆ぜた。

 ミレイの身体が大きく揺らぎ、黒いドレスの裾が裂ける。


「なっ……!!」


 初めて。

 ミレイの顔から余裕が消えた。

 あまりの速度に、反応できなかったのだ。


「どうして……!?」


 巨大コハルは、ゆっくりと拳を引き抜く。

 虚ろな瞳。

 冷たい表情。

 そこに感情らしいものは、何一つ見えない。


 それでも。

 今の一撃は、確かにミレイを狙っていた。


「……シュウゴ様」


 ルナが息を呑む。

 リュウスケは氷の剣を握り直した。


「操られてる。でも……完全じゃない」


「つまり?」


 ジュンタが、血の滲む口元を拭いながら問う。


「まだ、中に残ってる」


 リュウスケの声は静かだった。

 クニヒロが、にやりと笑う。


「なら、勝ち筋あんじゃねぇか」


 ミレイは砕けた道路の上で、巨大コハルを静かに見上げる。


 やがて。

 口元へ、再び笑みが戻った。


「……面白いですわ」


 黒い影が、彼女の足元から滲み出す。


「死んでもなお、女神に反応し、墓を暴いた私を拒む。ああ、本当に――」


 ミレイの瞳が、狂気じみた歓喜に染まった。


「素晴らしい素材ですこと」


 その言葉を聞いた途端。

 ルナの表情から、すべてが消えた。


「今」


 銀色のステッキが、ゆっくり夜空を指す。


「素材って言いました?」


 次の瞬間。

 空に浮かぶ銀色の亀裂が、さらに大きく開いた。

 神気が、工業地帯一帯を呑み込む。


 巨大コハルの黒い魔力。

 ルナの銀色の神気。

 ミレイの黒い影。

 三つの力が、倉庫街を抜けた夜道でぶつかり合おうとしていた。


 そして。

 遥か遠くで。


 青白い雷光が、再び黒い魔力を切り裂く。

 マナトの戦いも、まだ終わっていない。


「勇者様方」


 ルナは振り返らずに言った。


「ここから先は、神様の仕事です」


 そして、静かに続ける。


「ですが――シュウゴ様を止めるには、あなた方の力も必要です」


 三人は、傷だらけの身体を起こした。

 誰一人として、逃げる気などない。

 巨大コハルが、再びゆっくりと動き出す。


 その虚ろな瞳の奥で。

 誰かの意志を思わせる小さな光が――。

 確かに、揺れていた。

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