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3-17話:勝ったと思った瞬間が、だいたい一番危ない

記念すべき100話……らしいです。

この小説読んでる方がいるか謎ですが。

 バチバチバチィッ――!!

 雷光と黒い魔力が激突し、夜の道路が悲鳴のような音を上げた。


「ぐっ……!!」


 トキヤが歯を食いしばる。


 イグニッション・ジンによって膨れ上がった魔力。

 その代償は、確実に身体を蝕んでいた。


 熱い。

 頭の奥が焼けるように熱い。

 視界が揺れる。

 足元も定まらない。


「チッ……!」


 トキヤが舌打ちする。

 酔い。

 魔力暴走。

 過剰強化。

 三本同時摂取など、明らかに限界を超えていた。


 一方。

 マナトもまた、限界に近かった。

 雷の出力は落ちている。

 コハルの血液による増幅も、ほとんど残っていない。


 全身が軋む。

 肺が焼けるように熱い。

 それでも。

 マナトの瞳だけは、冷え切っていた。


(……終わらせる)


 トキヤが踏み込む。


「ォォォォッ!!」


 黒い魔力が爆ぜた。

 しかし。


「――っ」


 トキヤの身体がよろめく。

 酔いが生んだ、わずかな隙。

 戦場では、それだけで十分だった。


 マナトは見逃さない。

 雷光が弾ける。

 姿が消えた。


「な――」


 気づいた時には。

 マナトは、すでにトキヤの懐へ潜り込んでいた。

 雷を纏った掌が、胸へ叩き込まれる。


「終わりです」


 バチィィィィッ――!!!!

 凄まじい雷撃が炸裂した。


「がっ――!!?」


 トキヤの身体が跳ねる。

 青白い電流が全身を駆け巡り、黒い魔力を内側から焼き裂いていく。


 膝が崩れた。

 視界が明滅する。


「っ……クソ、が……」


 ドサッ――。

 トキヤがアスファルトへ倒れ込んだ。

 纏っていた黒い魔力も、ゆっくりと霧散していく。


 静寂。


「…………」


 ミクルが、ぽかんと口を開けていた。

 やがて。

 へたり、とその場へ座り込む。


「……降参です」


 両手を上げた。


「いやもう無理ですって、これ……」


 完全に戦意を失っていた。

 マナトは肩で息をしながら、コハルへ振り返る。


「コハルさん……!」


「マナトさん!」


 二人が互いに駆け寄ろうとした。

 その時。


「――油断しやがって」


 低い声が響く。


「狸寝入りだぞ」


「――っ!?」


 倒れていたトキヤが、むくりと身体を起こした。

 ミクルの顔が引きつる。


「うわぁっ!? トキヤ先輩しつこい!!」


 トキヤの瞳は濁っていた。

 理性など、もうほとんど残っていない。


 それでも。

 執念だけで、身体を無理やり起こしている。

 黒い魔力が右腕へ集中した。


 狙いは――マナト。


「魔力特異点《エーテル・シンギュラリティ》!!!」


 黒い魔力が一点へ圧縮される。

 空気が歪んだ。

 夜そのものが沈み込んでいくような、凄まじい圧。


「残念だったな――金色マナト!!」


 放たれる。

 トキヤの、最後の一撃。

 黒い砲撃が一直線にマナトへ迫った。


 だが。


 ズバァァッ――!!

 濃密な風の斬撃が、その軌道を真正面から切り裂いた。


「なっ――!!」


 黒い魔力が弾け飛んだ。

 荒れ狂った風が、夜道を吹き抜けた。


「はぁー……ごめん」


 気の抜けた声。


「俺、めっちゃ格好悪い。爆睡しちゃってたよ」


 コハルが勢いよく振り返る。


「レンマさんっ!!」


 そこには、ゆっくりと身体を起こすレンマの姿があった。

 その周囲では、風が静かに渦を巻いている。

 髪をかき上げ、大きく息を吐いた。


 先ほどコハルが飲ませた血液。

 その効果が、ようやくレンマの眠気を打ち消したのだ。


「レンマさん……」


 マナトも目を見開く。

 レンマは苦笑した。


「最後まで油断しちゃダメだよ」


 それから、トキヤへ視線を向ける。


「……って、今まで寝てて役立たずだった俺が言うのもアレなんだけど」


 風が走った。

 ズバァッ――!!


「ぐっ……!!?」


 トキヤの腕と脚から、鮮血が散る。


 風の斬撃。

 正確無比。

 狙ったのは、腱と筋肉。


 命ではなく、戦闘能力だけを確実に奪う。

 トキヤが地面へ崩れ落ちた。


「が、ぁ……!」


「ごめんだけど」


 レンマが静かに告げる。


「もう立てないよ」


 風が、トキヤの腕へ絡みつく。


「腕も動かせない」


 トキヤが歯を食いしばった。


 だが。

 身体はもう、言うことを聞かなかった。

 重い静寂が落ちる。


 やがて。

 レンマは眠たそうな目のまま、コハルを見た。


「……コハルちゃん」


「は、はい!」


「あとで詳しく聞くけど」


 レンマは優しく笑った。


「とりあえず、よく頑張ったね」


 その言葉に。

 張り詰めていたコハルの胸が、ようやく緩んだ。


「何か……」


 マナトが、ぽつりと呟く。


「最後に、レンマさんに全部持っていかれた気がします」


「えぇ!? そんなことないよ!!」


 レンマが慌てて両手を振る。


「俺ただ眠ってただけだし!!」


 そう言って。

 改めてマナトの姿を見る。


 焦げた服。

 裂けた皮膚。

 無理やり身体を動かし続けた痕跡。

 レンマは苦笑した。


「その様子見る限り、めちゃくちゃ頑張ってコハルちゃん守ったんでしょ」


「…………」


「正直、本当に悪かったよ」


 それから。

 レンマは二人を交互に見た。


「……みんなで帰ろう」


「そうですね」


 マナトが静かに頷く。


「はいっ……帰りましょう」


 コハルも笑った。

 しかし。


「その前に、この人たちをどうしましょうか」


 マナトが、冷たい目でトキヤとミクルを見る。


「何も話すことはねぇ」


 トキヤが吐き捨てる。

 一方。


「何でも話しますから命だけはどうか……!!」


 ミクルが土下座する勢いで叫んだ。


「いや、言ってること真逆すぎ!!」


 レンマが思わずツッコむ。


「とりあえずどうしよっか。リムジンに乗せて帰る?」


「嫌です」


 マナトが即答した。


「縄で縛って道路を転がすならアリですが」


「いや!? マナトめっちゃ野蛮な発想になってる!!」


 レンマが引く。


「めちゃくちゃ恨んでる!」


「当たり前でしょう……」


 マナトの目は完全に据わっていた。


「コハルさんを連れ去ろうとしたんですから」


「車で引き摺られたら死んじゃいますよぉ……」


 ミクルが青ざめる。

 そんな時だった。


「ごめんね。いいところにお邪魔して」


 声。

 それだけで。

 その場の空気が、ぴたりと止まった。


 一人の少年が、道路の向こうに立っている。


 整った顔立ち。

 だが。

 その佇まいには、どこか人間離れしたものがあった。


 白いシャツ。

 青い石のループタイ。

 以前現れた“月船の探究者《クレセント・デバウアー》”――ユッカと同じ装い。


 本能が告げていた。


 強い。

 そして。

 嫌な予感がする。


 マナトとレンマが、ほぼ同時に距離を取った。


「月船の探究者《クレセント・デバウアー》……!!」


 マナトが低く叫ぶ。

 少年は、にこりと笑った。


「あ、分かるか。分かるよね」


 楽しそうな声。


「そうだよ。月船の探究者、三男のラルゴ。以後、お見知りおきを」


「ラルゴ……」


 コハルが怯えた目で少年を見つめる。


「何をしに来た?」


 レンマが問う。


 ラルゴは肩をすくめた。


「いや、別に朱雀商会が潰れようがどうなろうが、割とどうでもよかったんだけど」


 そして、ゆっくりとコハルを見る。


「事情が変わった」


 その視線を受けた瞬間。

 コハルの背筋が粟立った。


「月影シュウゴの残穢を扱ってるなんてね」


「……月影、シュウゴ?」


 コハルが戸惑う。

 知らない。

 そんな名前、聞いたことがない。


 ――そのはずなのに。


 胸の奥が、妙にざわついた。

 聞いたこともない。

 会った覚えもない。


 それなのに。

 なぜか懐かしい。

 そんな名前だった。


「あぁ、こっちの話」


 ラルゴは軽く笑う。


「だからさ。朱雀商会を潰されると困るんだよね」


 あまりにも軽い口調。

 まるで世間話でもしているように。


「今日はここで解散しよ?」


 ラルゴが笑う。


「お互い死なずに済んだんだから、そんな恨み合うこともないでしょ」


「そ、そんなの……!」


 コハルが声を上げかける。


 だが。

 マナトとレンマは険しい顔のまま、何も言わなかった。


 分かってしまったからだ。

 今の自分たちでは勝てない。

 理屈ではない。

 本能がそう告げている。


 マナトは限界寸前。

 レンマも目覚めたばかり。

 コハルも、まだ眠気から完全には抜け切れていない。


 ここで戦えば。

 全員が危ない。

 ラルゴは二人の沈黙を見て、口元を緩めた。


「そのボロボロの身体で、できることなんて限られてるよね」


 夜風が吹く。


「ほら。終わりだよ」


 ラルゴは穏やかに告げた。


「解散」


 パチン。

 指が鳴る。

 空間が歪んだ。


 道路の上へ、大きなワープゲートが開く。

 黒とも青ともつかない光が、渦を巻いていた。


「じゃあね!」


 ラルゴは軽い調子で手を振る。

 そして。


「えっ、ちょっ、待ってくださいラルゴ様!? 雑!!」


「ぐっ……てめぇ……!」


 トキヤとミクルの背中を掴むと、そのまま乱暴にワープゲートへ放り込んだ。

 二人の姿が、光の向こうへ消える。


 最後に。

 ラルゴがこちらを振り返った。

 口元は笑っている。


 けれど。

 その瞳の奥にあるものだけは、まったく読めない。


「月岡コハル」


 名前を呼ばれた途端。

 コハルの身体が強張った。


「また会おうね」


 ラルゴは、ひらりと手を振る。

 そのままゲートへ飛び込んだ。


 空間が閉じる。

 まるで。

 最初から何もなかったかのように。

 荒れ果てた夜の道路だけが残された。


 静寂。

 三人は、その場に立ち尽くすことしかできなかった。


 勝ったはずだった。

 トキヤを倒した。

 ミクルも降参した。

 レンマも目を覚ました。


 それなのに。

 最後に残ったのは、勝利の安堵ではない。


 ――月影シュウゴ。

 その名前だけが。

 コハルの胸の奥で。

 いつまでも、消えずに響いていた。

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