3-15話:限界を超えた時点で、だいたい身体の方が先に悲鳴を上げている
真正面から、両者が激突した。
バァンッ――!!
凄まじい衝撃波が道路を抉る。
青白い雷光と、黒い魔力。
二つの力が噛み合い、周囲のアスファルトへ蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
「っ――!!」
マナトが踏み込む。
雷を纏った拳が、一直線にトキヤの顔面へ迫った。
だが。
ガシィッ――!!
「……おっと」
トキヤが、その拳を片手で受け止めた。
腕には黒い魔力がびっしりと纏わりついている。
先ほどまでとは違う。
出力そのものが、明らかに跳ね上がっていた。
「悪くねぇ……」
イグニッション・ジン。
魔力を無理やり暴走活性化させる危険な薬。
それを、トキヤは三本同時に飲み干した。
通常であれば、とっくに身体が自壊していてもおかしくない。
「ハッ……!」
トキヤが笑う。
呼吸は荒い。
それでも、その笑みは先ほどより遥かに獰猛だった。
「ようやく見えてきたぜ……!」
黒い魔力が爆ぜた。
マナトの身体が弾き飛ばされ、道路を滑る。
すぐさま足元から雷を噴かせ、体勢を立て直した。
「――っ」
マナトの眉が寄る。
速い。
さっきまでとはまるで違う。
身体強化の密度そのものが、完全に別物になっている。
次の瞬間。
トキヤの姿が消えた。
「っ!」
マナトが咄嗟に両腕を交差させる。
直後。
ドゴォッ――!!
横薙ぎの蹴りが炸裂した。
「ぐっ……!」
雷が弾け飛ぶ。
マナトの身体は勢いよく吹き飛ばされ、そのままガードレールを突き破った。
鉄がひしゃげ、火花が散る。
「あっはは! すごいです、すごいです!」
ミクルが、ぱちぱちと手を叩いた。
「ちゃんと対応できるようになってますよ、トキヤ先輩!」
「当たり前だろ……」
トキヤが肩を回す。
黒い魔力が、血管のように全身を這っていた。
「この量飲んで弱かったら、笑えねぇ」
だが。
その直後。
「……っ」
トキヤの表情が歪んだ。
額を押さえ、足元がぐらつく。
「クソ……」
視界が揺れる。
熱い。
頭の奥が、ぐらぐらと煮立っているようだった。
「酔いが回ってきやがった……!」
そもそも、トキヤは酒に強い体質ではない。
そこへ、イグニッション・ジンの過剰摂取。
三本同時など、本来想定されている飲み方ではなかった。
魔力は増幅する。
身体も、これまで以上に動く。
その代償として。
理性を繋ぎ止めていた何かが、少しずつ剥がれ落ちていく。
一方。
「――はぁ」
マナトも息を吐いた。
全身を包む雷光が弱まり始めている。
鮮烈な青白さを放っていた電撃が、先ほどより明らかに薄い。
(……やはり)
コハルの血液による増幅。
その効果は絶大だった。
強烈な眠気を吹き飛ばし、雷帝掌握の出力まで一気に引き上げた。
だが。
マナトが口にできた量は、ごく僅か。
コハルの唇から滲んだ血を、ほんの少し飲んだだけだ。
当然、永続的な強化ではない。
時間が経てば、効果は薄れていく。
「はぁ……っ」
呼吸が熱い。
全身へ強制的に電流を流し続けた反動も、確実に蓄積していた。
トキヤも。
マナトも。
限界は近い。
「うわわ……」
ミクルが引きつった顔で二人を見比べる。
「すごい戦い……! でも、歌が効かない以上、支援も何もへったくれもできないんですけど!」
実際、その通りだった。
ミクルの強みは、歌による妨害と精神干渉。
逆に言えば。
それが通用しなければ、できることは一気に減る。
もともと前線で殴り合うタイプではない。
身体能力も、特別高いわけではなかった。
今の彼女は戦場の中心にいながら、ほとんど観客に近い。
できることがあるとすれば。
敵の観察。
弱点探し。
味方への指示。
そして――助けを呼ぶことくらい。
「トキヤ先輩! 私に何かしてほしいことありますか!?」
「てめぇで考えろ……!」
「ですよねぇ!」
ミクルが半泣きで叫ぶ。
その頃。
コハルは、ふらつきながら戦場から離れようとしていた。
「っ……はぁ……」
眠い。
頭が重い。
足元が揺れる。
視界の端が、黒く滲んでいく。
それでも。
止まるわけにはいかない。
(レンマさん……アスミさん……)
二人を起こさなければ。
このままでは、マナト一人では長く持たない。
コハルは倒れているレンマと、リムジンの中で眠り続けるアスミへ向かう。
一歩。
また一歩。
足が鉛のように重い。
それでも、前へ進む。
「……あっ」
ミクルが気づいた。
「ちょ、待ってください!?」
顔色が変わる。
「レンマさんとアスミ先輩起こされたら、超面倒なんですけど!?」
即座に駆け出そうとした。
その足元へ。
バチィッ――!!
青白い雷が落ちた。
「ひゃあっ!?」
ミクルが慌てて飛び退く。
その前に、マナトが立っていた。
肩で息をしている。
全身は傷だらけ。
雷光も、明らかに弱まっている。
それでも。
コハルを庇うように、真っ直ぐミクルの前へ立ちはだかった。
「……行かせません」
低い声。
全身で、雷が静かに弾ける。
「コハルさんの邪魔は、させない」
「いやいやいや!」
ミクルが涙目になる。
「なんでそんなボロボロなのに動けるんですか!?」
「あなたたちを倒すまでは――」
マナトの瞳が青白く光った。
「俺は止まりません」
「いやぁ!!!」
ミクルがとうとう悲鳴を上げる。
「この人、根性の方向性がおかしいです!!」
半泣きのまま無線機を掴んだ。
「うわー! もう無理ーー!!」
がちゃがちゃとチャンネルを合わせる。
「副会長、助けてください! これ絶対まずいやつですって!!」
『…………』
返事はない。
「副会長ー!?」
『…………』
「えっ、怖っ」
ミクルの顔が引きつる。
「もしかして、そっちも修羅場ですか……?」
直後。
ズガァァァンッ!!!
遠方から、大気を震わせる轟音が響いた。
続けて。
濃密な魔力の気配が、離れたこの場所にまで押し寄せる。
息が詰まりそうなほどの、猛烈な圧。
「……は?」
ミクルの顔から血の気が引いた。
「副会長……?」
マナトも、視線だけをそちらへ向ける。
(リュウスケさんたちが……?)
リュウスケ。
ジュンタ。
クニヒロ。
三人が向かった方角。
そこから感じる力は、尋常ではない。
(何と戦っている……?)
嫌な予感がした。
だが。
考えている暇はない。
目の前で。
黒い魔力が膨れ上がった。
「よそ見してんじゃねぇぞ」
トキヤが笑う。
その瞳は、もう明らかに正常ではなかった。
酔い。
暴走。
魔力過剰。
薬によって無理やり引き上げられた力が、身体だけでなく精神まで蝕み始めている。
「第二ラウンドだ、金色マナト」
黒い魔力が爆ぜた。
対するマナトの雷も、低く唸る。
互いに限界。
互いに、もう長くは持たない。
だからこそ。
次の衝突が、決定打になる。
コハルは震える足でレンマのもとへ向かいながら、奥歯を噛み締めた。
(お願い……)
意識が眠気の底へ沈んでいく。
それを必死に繋ぎ止める。
(間に合って……!)
その背後で。
青白い雷光と。
黒い魔力が。
再び、夜の道路を切り裂いた。




