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3-14話:急いで助けに行きたい時に限って、だいたい敵の方が楽しそうにしている

 炎が爆ぜた。

 ジュンタの放った火炎が、道路を埋め尽くす人形たちを一気に呑み込む。

 熱風が吹き荒れ、黒い人形が次々と燃え上がった。


 だが。


「増えてるぞ!」


 クニヒロが叫ぶ。

 燃え尽きたそばから、また影が膨れ上がる。

 アスファルトの亀裂。

 街灯の影。

 崩れた車の下。

 あらゆる暗がりから、人形たちが這い出してきた。


「うわ、本当に面倒だな、これ!」


 ジュンタが舌打ちする。

 その横を、リンカ人形が駆け抜けた。


「ジュンタァ!!」


 本物そっくりの怒鳴り声。

 だが。


「似てるだけなんだよねぇ!」


 ジュンタは躊躇なく蹴り飛ばした。

 炎が炸裂し、リンカ人形の上半身が吹き飛ぶ。


 直後。

 背後から、別のリンカ人形が現れた。


「ジュンタ。いつも頼りにしてるぞ」


「怖っ!? リンカそんなこと滅多に言わないから逆に怖い!!」


 振り返ったジュンタの腕へ、無数の黒い糸が絡みつく。


「チッ!」


 炎で焼き払う。

 その隙を狙うように、今度はカイリ人形が飛び出した。


「ジュンタさん! リンカさんは俺と結婚するんです!」


 妙に真面目な声だった。


「いや、悪いけど勝負にならないよ」


 ジュンタは心底嫌そうな顔で、リンカ人形ごと炎で薙ぎ払った。

 一方。


「どけぇぇぇぇ!!」


 クニヒロが重力を解放する。

 轟音。

 周囲十数メートルの道路が、一気に陥没した。

 人形たちが地面へ叩きつけられ、ぐしゃぐしゃと嫌な音を立てて潰れていく。

 だが、瓦礫の隙間から何かがぬるりと這い出した。


「クニヒロさん〜」


「うわ、まだ来る!!」


 アスミ人形だった。


「クニヒロさん、そんなに激しくされたら……」


「本人みてぇな反応するなって言ってんだろ!!」


 クニヒロがその頭を鷲掴みにし、そのまま握り潰す。

 ぱん、と軽い音を立てて、人形の頭が弾け飛んだ。


 ――が。


「クニヒロさん〜」


「またかよ!!」


 今度は背後から、別のアスミ人形が抱きついてくる。


「おいジュンタ!! 助けろ!!」


「ごめん、今ちょっと無理!!」


 ジュンタはジュンタで、五体のリンカ人形に囲まれていた。


「ジュンタ♡」


「逃げるなジュンタ♡」


「愛してるぞジュンタ♡」


「怖い怖い怖い怖い!! 絶対言わないからこそ怖い!!!」


 炎が乱舞する。

 リンカ人形たちが次々と爆発し、四方へ吹き飛んだ。


 そんな中。

 リュウスケだけは、異様なほど静かだった。


「……邪魔」


 氷刃が走る。

 一直線。

 音もなく、人形たちの首が落ちた。


 コハル。

 リンカ。

 レンマ。

 誰の姿であろうと、迷いなく斬り捨てていく。

 ――ただ。

 コハル人形を斬り裂いた、その時だけ。

 リュウスケの指先が、かすかに震えた。

 それを見逃さず、ミレイが目を細める。


「あら。あなた、ずいぶん冷たいのですね」


「違う」


 リュウスケは淡々と答えた。


「急いでるだけ」


 その周囲へ、無数の氷柱が生まれる。


「――凍れ」


 空気が白く染まった。

 次の刹那。

 氷柱が一斉に射出される。

 轟音。

 道路を埋め尽くしていた人形たちが、ことごとく串刺しになった。

 さらに冷気が広がる。

 黒い身体が次々と凍結し、無数の氷像へと変わった。


「クニヒロくん!」


「任せろ!!」


 クニヒロが拳を振り下ろす。

 重力が叩き込まれた。

 バキィン――!!

 凍りついた人形群が、一斉に砕け散る。


「おっしゃぁ!!」


 さらにジュンタが両手を突き出した。


「焼却完了!」


 爆炎が夜道を呑み込んだ。

 熱風が吹き抜ける。

 砕け散った人形たちは跡形もなく焼け、黒い灰となって舞い上がった。


 やがて。

 静寂が訪れる。

 煙の漂う道路の中央。

 ミレイだけが、何事もなかったかのように立っていた。


「素敵」


 うっとりとした声。


「仲が良いのですね、あなた方」


「どこがだよ」


 クニヒロが吐き捨てる。


「連携が美しいと言っておりますの」


 ミレイは嬉しそうに笑った。


「互いを信頼し、互いの隙を埋める。実に勇者らしい」


「褒められてる気がしねぇな」


「実際、褒めてないと思う」


 ジュンタが小声で呟いた。


 その時。

 遠くで轟音が響いた。


 青白い雷光が、夜空を貫く。

 さらに、その奥で――。

 黒い魔力が、爆発するように膨れ上がった。


「――っ」


 三人の表情が変わる。

 空気が違う。

 これまでとは、比べものにならない。

 肌を刺すような嫌な予感が、全身を駆け抜けた。


「マナト……!」


 ジュンタが低く呟く。

 リュウスケの目が鋭くなる。


「長引いてる」


「チッ、もう遊んでる時間ねぇぞ!」


 クニヒロが前へ出た。

 重力が膨れ上がり、足元のアスファルトが軋む。


「どけ、女!」


 だが。

 ミレイは笑った。

 心底、楽しそうに。


「嫌ですわ」


「――!?」


 ジュンタの表情が強張る。

 何かが違う。

 今までの人形とは比べものにならないほど、濃密な気配。

 ミレイの足元で、影がゆっくりと膨張していく。


 その奥から。


 ギシ。

 ギシッ。

 何か巨大なものが軋む音が響いた。


 人形ではない。

 もっと大きい。

 もっと禍々しい。

 影を押し広げながら、それはゆっくりと姿を現していく。


 そして。

 その輪郭が完全に露わになった時。

 三人の顔から、笑いが消えた。


「……おい」


 クニヒロが低く呟く。

 影の中から現れたもの。


 それは――。

 巨大な“コハル”だった。


 いや。

 正確には、コハルが万能の心得(フルポテンシャル)を発動し、男体化した姿に酷似していた。


 十メートル近い巨体。

 骨格。

 筋肉。

 顔立ち。

 どれを取っても、男体化したコハルそのもの。


 だが。

 決定的に違うものがあった。


 目だ。

 そこには何の感情もない。

 焦点の定まらない、虚ろな瞳。

 人間ではなく。

 ただ敵を破壊するために作られた兵器を見ているような、不気味な威圧感。

 その巨体が現れただけで、周囲の空気が軋んだ。


 ミレイが、恍惚とした表情で見上げる。


「うふふ。彼こそ、歴代最強の勇者――月影シュウゴですわ」


「何を言って――」


 リュウスケの声が低くなる。

 ミレイは喉を鳴らして笑った。


「あらあら。そのご様子、本当に何も知らないのですね」


 楽しげな笑み。

 三人の眉が動く。

 ミレイは巨大な男を見上げたまま、続けた。


「万能の心得(フルポテンシャル)は、本来――“月影シュウゴ”の固有スキル」


 そして。


「月岡コハルは、ただの死に損ないの後継者に過ぎません」


 空気が凍った。


「……は?」


 ジュンタの声から、軽さが消えた。

 クニヒロも、もう笑っていない。

 リュウスケだけが無言で氷の剣を生み出す。


「何それ」


 静かな声だった。

 それなのに。

 先ほどまでとは明らかに温度が違う。


「もっと詳しく聞かせて」


 ミレイが目を細める。


「あら。本気で相手をしてくださるの?」


「君を凍らせる前に、吐かせるだけ」


「怖い方」


 ミレイが楽しそうに笑った。


 直後。

 巨大な男が動いた。

 ゆっくりと。

 その拳が持ち上がる。


「――っ!!」


 ジュンタの顔色が変わった。


「散れ!!」


 拳が振り下ろされる。


 ズドォンッ――!!

 道路が爆発した。

 衝撃波が吹き荒れ、アスファルトが巨大な波のようにめくれ上がる。

 周囲の建物が揺れ、窓ガラスが一斉に砕け散った。


「ぐっ……!!」


 クニヒロが重力で身体を地面へ縫いつける。

 ジュンタは炎を噴射し、衝撃の流れを逸らした。

 リュウスケの前には分厚い氷壁が展開される。


 だが。

 たった一撃。

 それだけで、三人は理解した。


 ――遊びではない。

 まともに受ければ。

 ただでは済まない。


 三人の目の色が変わった。

 ミレイはその反応を眺め、満足そうに微笑む。


「さあ、勇者様方」


 巨大な“月影シュウゴ”が、圧倒的な魔力を纏いながらゆっくりと顔を上げた。


「まだまだ、夜は長いですわよ?」

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