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3-13話:急いでいる時に限って、だいたい変な女が道を塞いでいる

 雷光の方角へ、三人は走っていた。


 壊れた倉庫街を抜け、焦げた道路を蹴り、砕けたガードレールを飛び越える。

 遠くでは、青白い稲妻が何度も夜空を切り裂いていた。


「急げ! マナトの野郎、あれ長く持たねえぞ!」


 クニヒロが叫ぶ。


「分かってるよ!」


 ジュンタが足元に炎を宿し、一気に加速する。

 リュウスケも氷の足場を生み出しながら、無言で二人に続いた。


 その時だった。


 ブォン――。

 低いエンジン音が、夜道に響く。


「……っ」


 三人が足を止めた。


 道路の中央。

 彼らの行く手を塞ぐように、一台の大型バイクが停まっている。


 その上に、女が一人。


 長い黒髪を後ろで束ねた、モデルのような体型の女だった。

 切れ長のつり目。

 身体の線に沿う黒いドレス。

 深く入ったスリットから、白い脚が覗いている。

 そして首元には、鋭利な刃物で刻まれたような、真っ直ぐな傷跡。


「おい! てめぇ、誰だよ!」


 クニヒロが怒鳴る。

 女はゆっくりとバイクから降りた。


「こんばんは、勇者様方」


 妙に上品な声だった。

 それなのに、空気が重い。

 ただ立っているだけで、こちらの足を止めるような圧がある。


「……特異帰還者だね」


 リュウスケが低く告げる。


「見りゃ分かる」


 クニヒロが吐き捨てた。

 ジュンタが目を細める。


「たぶん、朱雀商会の副会長――久遠ミレイだ」


「ご存じいただけて光栄ですわ」


 ミレイは微笑んだ。

 綺麗な笑顔だった。

 綺麗すぎるからこそ、かえって気味が悪い。


「こんばんは、麗しいお姉さん。悪いんだけど、そこどいてくれない?」


 ジュンタは軽い調子で言ったが、その目には明確な敵意が宿っている。


「それはできませんことよ」


「じゃあ殴ってやる! 俺は女も関係なく殴るからな!」


 クニヒロが拳を鳴らした。

 ミレイは口元に手を添え、くすりと笑う。


「立派な殿方に殴られるのであれば、気分は悪くございませんわ」


「おう、ドMか? なら話は早ぇな」


 クニヒロの周囲で重力が増す。

 アスファルトが、みしりと軋んだ。

 それでも、ミレイの表情は揺るがない。


「私ではありません」


「あ?」


「この子たちに、お願いいたします」


 ミレイが取り出したのは、三体の小さな人形だった。

 布でできた、古びた人形。

 顔もない。

 髪もない。

 ただ、人の形をしているだけ。


 それをミレイが宙へ放る。


 次の瞬間。

 三体の輪郭が、ぐにゃりと歪んだ。


「……は?」


 クニヒロが目を見開く。


 一体目は、リンカ。

 二体目は、コハル。

 三体目は、アスミ。


 見た目だけではない。


 声も。

 表情も。

 仕草も。

 ぞっとするほど本人そのものだった。


「おいおい、何だよこれ!!」


「また面倒そうな……」


 ジュンタが低く呟く。


「……仲間の姿にして、攻撃をためらわせるつもり?」


 リュウスケは冷静に人形を観察している。

 クニヒロが鼻で笑った。


「だとしたら、とんだ計算違いだぞ。俺は仲間の姿だろうが、問題なく殺して――」


「クニヒロさん」


 甘い声が割り込んだ。

 アスミの姿をした人形が、ふわりと近づいてくる。

 クニヒロの動きが止まった。


「……」


「クニヒロさん、ひどいです〜」


 いつものアスミと寸分違わぬ、間の抜けた甘い声。


 そして――。

 ぎゅっ、と。

 アスミ人形がクニヒロに抱きついた。


「ちょっ……やめろっ!」


 クニヒロの声が、露骨に裏返る。

 ジュンタが横目で見る。


「うわ」


「見るな殺すぞ!!」


「まだ何も言ってないんだけど」


 その間にも、アスミ人形はクニヒロの胸へ頬を寄せる。


「クニヒロさん、私のこと好きなんですよね?」


「はっ!? ちが――」


 言い切るより早く。

 アスミ人形の唇が、クニヒロのそれを塞いだ。


「――っ!?」


 直後。

 クニヒロの身体から、ごっそりと力が抜けた。


(こいつ……!)


 膝が沈む。

 視界が揺らいだ。


(俺の魔力を……!?)


 反射的に拳を振るう。

 だが、アスミ人形は身を翻し、するりと間合いの外へ逃れた。


「怖いですよ、クニヒロさん」


 アスミの声で。

 アスミの顔で。

 人形は、にこりと笑う。


「もっとキスさせてくださいよ〜」


「ふざけんな!!」


 クニヒロが吠える。

 だが、明らかに動きが鈍い。

 魔力を奪われた。

 それだけではない。体力まで削られている。

 舌打ちしながら、クニヒロはジュンタとリュウスケへ振り返った。


「おい、お前ら! こいつらやべえぞ! 好きな女の姿だからって油断してると――って!」


 そこで固まる。

 ジュンタは、すでにコハル人形を炎で焼き払っていた。

 リュウスケもリンカ人形を氷の檻へ閉じ込め、そのまま粉々に砕いている。

 残骸が、ぱらぱらと道路へ落ちた。


「な、何だお前ら! すげえな!」


 クニヒロが本気で驚く。

 ジュンタは肩をすくめた。


「いや、単純な話。俺は別にコハルさんのこと、異性として意識してないし」


 リュウスケも淡々と続ける。


「……僕も、リンカさんをそういう目で見てない」


「自分が弱い相手は任せて、自分が倒せる相手を選ぶだけ」


「ちょっ……何だお前ら! 俺がチョロい奴みたいに!」


「チョロかったよ」


「かなり」


「殺すぞ!!」


 クニヒロが怒鳴る。

 その向こうで、アスミ人形が楽しげに笑った。


「クニヒロさん、怒ってる顔も素敵です〜」


「本人みてぇな声で言うんじゃねえ!!」


「はいはい、任せて」


 ジュンタが前へ出る。

 アスミ人形が、くるりと彼へ顔を向けた。


「ジュンタさんも、私のこと――」


「ごめんね」


 ジュンタの掌に炎が灯る。


「俺、リンカ一筋なんだわ」


 ゴォッ――!!

 炎がアスミ人形を呑み込んだ。

 アスミの姿が崩れていく。

 人形は一瞬だけ悲しげな顔を浮かべ、それから黒い灰となって散った。


「さすがでございますね」


 ぱちぱち、と。

 ミレイが拍手を送る。

 その笑顔は、一ミリも崩れていない。


「なんだ? ただの余興か?」


 クニヒロが睨みつける。

 ミレイは上品に微笑んだ。


「はい。ハニートラップに引っかかる勇者様を見たかったのです」


「だから引っかかってねえって!」


「めっちゃ動揺してたけどね」


「唇奪われてた」


「やめろ!!」


 クニヒロが本気でキレる。

 ジュンタは喉を鳴らして笑ったが、すぐに表情を引き締めた。


「で、本命は?」


 空気が変わる。

 ミレイの笑みが深まった。


「あら。お分かりになりますの?」


「今のが本気なら、朱雀商会ってだいぶ暇なんだなって思うところだったよ」


「ふふ。失礼な方」


 ミレイが、人形の残骸をヒールで踏みつけた。

 ぐしゃり、と小さな音が響く。

 その瞬間。

 地面に散った灰が、黒い糸へ変わった。


「――っ」


 リュウスケが反応する。

 だが、遅い。

 黒い糸が地面を這い、三人の足へ一斉に絡みついた。


「チッ!」


 クニヒロが力任せに引きちぎる。

 ジュンタが炎で焼き払う。

 リュウスケが凍結させる。

 しかし、切っても、焼いても、凍らせても。

 黒い糸は地面から次々と湧き上がってくる。


「足止めが目的か!」


「はい」


 ミレイはあっさりと認めた。


「勇者様方には、ここでしばらく遊んでいただきます」


「悪いけど、こっちは急いでるんだよね」


 ジュンタの炎が勢いを増す。

 リュウスケの冷気が、周囲の空気を白く染めた。

 クニヒロの足元では、アスファルトが重力に押し潰され、ゆっくりと沈み始めている。


 ミレイは三人を眺めながら、楽しそうに目を細めた。


「素敵ですわ」


「あ?」


「怒り。焦り。殺意。守りたいものへの執着」


 ミレイは首の傷跡を指先でなぞる。


「勇者様方は、本当に美しい」


「こいつ、話通じねえタイプだな」


 クニヒロが低く吐き捨てた。


「うん。かなり面倒なタイプ」


 ジュンタも同意する。

 リュウスケは一度だけ、遠くの空を見た。

 青白い雷光が、まだ夜空を染めている。


 マナトが戦っている。

 コハルも、あそこにいる。

 時間がない。


「……短く終わらせる」


 静かな声だった。

 それでも、聞いた者の背筋を凍らせるほど冷たい。


 直後。

 ミレイの足元が、一瞬で凍りついた。


「まあ」


 ミレイは微笑む。

 次の瞬間。

 彼女の影から、無数の人形が這い出してきた。


 顔のない人形。

 仲間の姿へ変わる前の、空っぽの人形たち。


「短く終わると、よろしいですわね」


 人形たちが、一斉に膨れ上がる。


 リンカ。

 コハル。

 アスミ。

 マナト。

 レンマ。

 カイリ。

 シグレ。

 ソウイチロウ。

 知った顔が、次々と夜道に現れた。


「うわ、悪趣味」


 ジュンタが顔をしかめる。


「知り合いの顔を雑に使うんじゃねえ」


 クニヒロの声が低くなる。

 リュウスケの周囲に、鋭い氷の刃が浮かび上がった。


「……迷わない」


「おう」


「うん」


 三人が構える。

 ミレイは愉快そうに笑った。


「では、勇者様方」


 黒い人形たちが、夜の道路を埋め尽くしていく。


「どなたの顔なら、壊せますか?」


 その問いに。

 クニヒロが一歩踏み出した。


「全部だ」


 重力が、爆発的に跳ね上がる。


「本物じゃねえなら、全部潰す」


 ジュンタが両腕を広げた。

 炎が波のように広がっていく。


「悪いけど、偽物に割く感情はないよ」


 リュウスケが氷の刃を構える。


「……本物を助けに行く」


 次の瞬間。

 炎と氷と重力が、夜の道路を呑み込んだ。

 そして、その遥か先では――。


 今もなお。

 青白い稲妻が、黒い魔力と激しくぶつかり続けていた。

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