3-12話:分析が終わった時点で、だいたい相手は詰んでいる
雷光が、夜を切り裂いた。
マナトの姿が消える。
いや。
消えたように見えただけだった。
次の瞬間には、トキヤの懐へ入り込んでいる。
「――っ!」
トキヤの顔色が変わった。
速い。
先ほどまでとは、何もかもが違う。
眠気に抗いながら、足を引きずっていた男ではない。
倒れかけた身体を、自らの電撃で無理やり動かしていた男でもない。
今そこにいるのは。
青白い雷、そのものだった。
マナトの拳が、トキヤの腹部へ叩き込まれる。
バチィッ――!!
凄まじい雷撃が爆ぜた。
「ぐっ……!」
トキヤの巨体が、後方へ吹き飛ぶ。
直撃の寸前に黒い魔力を纏っていなければ、内臓ごと焼かれていただろう。
アスファルトを削りながら着地したトキヤは、数メートル先で踏みとどまった。
腹部からは、細い煙が立ち上っている。
それでも。
トキヤは、楽しそうに口元を歪めた。
「……やるじゃねぇか」
「あなたの攻撃ですが」
マナトが静かに口を開いた。
その声は低い。
怒りに満ちているはずなのに、不気味なほど冷えていた。
「非常に殺傷能力が高い。一度でもまともに受ければ、致命傷になり得ます」
「あ?」
「ですが、明確な弱点がある」
マナトの全身で、青白い雷が弾ける。
「魔力を一点へ圧縮して放出するという性質上、次弾の装填に時間がかかる。連発はできません」
トキヤの眉が、ぴくりと動いた。
「加えて、一発ごとの魔力消費も大きい」
マナトが、一歩踏み出す。
足元のアスファルトが、青白く焼け焦げた。
「違いますか?」
沈黙。
やがて、トキヤが喉の奥で笑った。
「あぁ――正解だ、金色マナト」
黒い魔力が、再び右腕へ集まり始める。
「よく見てやがる」
「見るまでもありません」
マナトの声音は変わらない。
「あなたは攻撃の直前、必ず魔力を右腕へ集中させている。発射後は数秒間、全身の魔力循環が鈍り、身体強化の密度も落ちる」
「ほぉ。なかなかの分析だな」
トキヤが獰猛に笑う。
「陰湿な野郎だ」
「褒めていただき、光栄ですよ」
言葉が終わるのと同時に。
マナトが踏み込んだ。
雷光が走る。
トキヤが反応するより早く、雷を纏った膝が腹部へ突き刺さった。
「がっ……!」
身体が折れ曲がる。
そこへ、マナトの肘が振り下ろされた。
トキヤは咄嗟に右腕を掲げる。
バチィッ――!!
雷撃を纏った打撃が、黒い腕を弾き飛ばす。
トキヤは黒い魔力を盾のように広げた。
だが、青白い電流は、その防壁を食い破るように走っていく。
バチバチバチッ――!!
「チッ!」
トキヤが後方へ跳び、距離を取った。
マナトは逃がさない。
一歩。
二歩。
地面を蹴るたびに雷が爆ぜ、アスファルトが黒く焦げる。
「その隙を埋めるために、私がいるのですよ!」
ミクルが、にこりと笑った。
地面へ転がっていた拡声器を拾い上げる。
「私の歌があれば、リロード時間なんて大した問題ではありませんから」
ミクルが息を吸う。
次の瞬間。
甘い歌声が、夜の道路へ広がった。
優しく。
柔らかく。
まるで母親が、幼い子供を眠りへ誘うような旋律。
だが、その実態は。
脳の奥へ直接指を差し込み、意識を強引に沈めるような、不快極まりない歌だった。
コハルの身体が震える。
「っ……」
まだ効く。
重い眠気が、再び足元から這い上がってくる。
膝から力が抜けそうになる。
だが。
マナトは止まらなかった。
青白い雷を纏ったまま、一直線にトキヤへ迫る。
「んなっ!?」
ミクルが目を見開いた。
「どうして!? 効いてないんですか!?」
「いや」
トキヤが、マナトの拳を黒い魔力で受け止める。
激突した二つの力が、火花のように弾けた。
「効いてはいる」
「えっ?」
「だが、眠気を怒りで押し潰してやがる」
トキヤの右腕が軋む。
マナトの雷が、黒い魔力ごと押し込んでいく。
「会話もできる。判断も鈍ってねぇ。必要な音は拾って、てめぇの歌だけ意識の外へ追い出してやがる」
「うわぁ……」
ミクルの頬が引きつった。
「冷静なまま、ブチギレてるってことですか?」
「そういうことだろうな」
マナトの瞳は、青白く光っていた。
我を忘れているわけではない。
呼吸も。
間合いも。
判断も。
何一つ乱れていない。
ただ。
怒りだけが、異常な濃度で研ぎ澄まされていた。
コハルは、その姿を見つめていた。
(よかった……)
膝はまだ震えている。
眠気も消えていない。
怖くないわけでもない。
それでも、胸の奥へ安堵が広がっていった。
(勇者の血には、魔力を強める効果があるって聞いてたから……)
賭けだった。
自分の血が、どれほどマナトへ作用するのか。
ミクルの歌を破れるほどの効果があるのか。
確信などなかった。
だが。
マナトの雷が、トキヤを押している。
動きは、先ほどまでとは比較にならない。
電撃の密度も違う。
膨大な魔力が、青白い鎧のようにマナトの全身を覆っていた。
(本当に、よかった……)
そう思った直後。
コハルの顔が、別の意味で熱くなった。
(で、でも……!)
今になって、自分のしたことを思い出してしまう。
(気づかれないようにするには、あれしかなかったとはいえ……)
マナトへ。
自分から。
口づけた。
(私……マナトさんに、キスしちゃった……)
思い出した途端、頬へ一気に熱が集まった。
唇には、まだ感触が残っているような気がする。
血の味。
マナトの熱。
背中へ回された、震える腕。
(もう二度と会えないかもしれないと思って……)
そこまで考えたところで。
コハルは、ぶんぶんと首を振った。
(やめよう! 今、考えたら駄目!)
今は戦闘中だ。
自分のせいで、マナトは危険な戦いを続けている。
血を与えて助かったからといって、それで終わりではない。
(あとで、ちゃんと謝ろう)
コハルは、震える手を強く握り締めた。
(今は戦闘に集中しないと。私にもできることがあるなら、マナトさんを援護する……!)
その時。
トキヤの魔力が、急激に膨れ上がった。
「魔力特異点!!」
黒い魔力が、指先の一点へ圧縮される。
空気が歪む。
景色が揺れる。
そこだけ夜が、さらに深く沈み込んだように見えた。
直後。
圧縮された黒い砲撃が、一直線に放たれる。
だが。
「詠唱を使えば、装填時間を短縮できるようですね」
マナトは身体を傾け、紙一重で砲撃をかわした。
黒い魔力が頬を掠める。
皮膚が裂け、鮮血が飛んだ。
それでも。
マナトの足は止まらない。
「ですが」
傷口から血を流したまま、マナトが加速する。
「その代わり、発射のタイミングが分かりやすい」
青白い雷光が、トキヤの視界を埋め尽くした。
「クソが……!」
トキヤが右腕を掲げる。
黒い魔力が防壁を作る。
そこへ、マナトの拳が叩き込まれた。
雷撃が爆ぜる。
「化け物野郎が!」
「まずいです!」
ミクルが声を上げた。
「トキヤ先輩! このままだと、本当に負けますよ!」
「イグニッション・ジンを寄越せ」
「駄目ですよ! あれは一日一本までだって、会長からも言われてるじゃないですか!」
「関係ねぇ」
トキヤが、マナトの雷撃を受け流す。
「持ってるなら寄越せ」
「あとでどうなっても知りませんからね!」
ミクルは顔をしかめながら、懐から三本の小瓶を取り出した。
瓶の中では、赤黒い液体が不気味に揺れている。
投げ渡された小瓶を、トキヤが片手で受け取った。
一本目。
コルクを歯で噛み千切り、中身を喉へ流し込む。
二本目。
三本目。
立て続けに飲み干す。
空になった小瓶が、アスファルトへ投げ捨てられた。
ガシャン。
乾いた音が、夜道へ響く。
「はぁ……まじぃ」
トキヤが、口元を手の甲で拭った。
「俺、酒は嫌いなんだよ」
次の瞬間。
黒い魔力が爆発した。
「――っ!」
マナトが踏み込みを止め、咄嗟に後方へ跳ぶ。
トキヤの身体が、異常な速度で強化されていく。
右腕だけではない。
肩。
胸。
背中。
脚。
黒い魔力の筋が、血管のように全身へ浮かび上がる。
足元のアスファルトが、その圧力だけで砕けた。
ミクルが、露骨に顔を引きつらせる。
「うわぁ……本当に三本とも飲んじゃった」
「寄越せと言っただろ」
「あとで、絶対に反動が来ますよ」
「あとがあるならな」
トキヤが笑った。
先ほどまでよりも、荒々しい笑み。
理性を覆っていた薄皮が、一枚剥がれ落ちたような笑い方だった。
「ああ、でも」
トキヤが首を鳴らす。
ゴキッ、と。
骨が軋む、嫌な音が響いた。
「気分は、悪くねぇかもな」
黒い魔力が地面を這う。
マナトの青白い雷とぶつかり、無数の火花を散らした。
「女の前でいい格好をしようとしてる男をボコすのは、割とスカッとしそうだ」
その言葉を聞いた瞬間。
マナトの瞳が、さらに冷たくなった。
「格好をつけたいわけではありません」
「あ?」
「コハルさんが、俺を信じて繋いでくれた好機です」
青白い雷が、マナトの周囲で静かに膨れ上がる。
「逃すわけにはいかない」
マナトは、背後にいるコハルを振り返らなかった。
それでも。
その言葉は、真っ直ぐにコハルへ届いた。
「コハルさんの信頼に、報いたい」
コハルの胸が、強く締めつけられる。
「だから」
マナトがトキヤを見据えた。
「その言い方は、不愉快です」
青白い雷光が膨れ上がる。
黒い魔力が、それを迎え撃つように広がっていく。
二つの力に挟まれ、夜の道路が悲鳴を上げた。
アスファルトがひび割れる。
街灯が明滅する。
空気が激しく震える。
そして。
次の瞬間。
青白い雷と、漆黒の魔力が。
真正面から激突した。
不定期でごめんなさい、頑張って投稿していきます。




