3-11話:助けに行きたい時に限って、だいたい道中が地獄になっている
コハルが攫われた直後。
一号車組――土門クニヒロ、火岡ジュンタ、水瀬リュウスケは、朱雀商会の構成員たちを薙ぎ倒したあと、さらに厄介な足止めを食らっていた。
場所は、臨海倉庫街へ続く外縁道路。
割れたアスファルト。
倒れた街灯。
横転した無人の車両。
その隙間を埋め尽くすように、異形の群れが蠢いていた。
「チッ! 何だよ、こいつら! 倒しても倒しても出てくるじゃねえか!」
クニヒロが苛立たしげに吠えた。
巨大な腕を振り上げて迫ってきた異形を、真正面から殴り飛ばす。
ドゴォッ――!!
異形の上半身が、ぐしゃりと潰れた。
黒い体液が飛び散り、肉と骨が砕ける嫌な音が響く。
だが、その死体を踏み越えるように、また別の異形が現れた。
「……たぶん、帰還者の成れの果てなんだろうね」
リュウスケが静かに告げた。
「はっ!?」
クニヒロの顔が険しくなる。
リュウスケは氷の槍を数本展開し、異形たちを見据えた。
「改造されてる。朱雀商会に」
「……マジかよ」
「えげつないことするよなぁ」
ジュンタが軽い口調で言いながら、掌に炎を灯した。
だが、その目は笑っていない。
腕を横へ振るう。
ゴォッ――!!
炎が道路を薙ぎ払い、複数の異形をまとめて包み込んだ。
「こいつら、ただのモンスターじゃなかったのかよ!」
「普通のモンスターも混じってると思うけど……」
リュウスケが指を動かす。
放たれた氷の槍が、異形の肩と膝を正確に貫いた。
「人間だった痕跡が残っている個体がいる」
「胸糞悪ぃな」
クニヒロの声が低くなる。
近くにいた異形の頭を掴み、そのまま地面へ叩きつけた。
「こんな雑魚どもに足止めされてんのが、クソほどイライラするぜ……!」
「雑魚って呼ぶには、だいぶ趣味が悪いけどね」
ジュンタが炎の壁を作り、横から回り込もうとした異形を焼き払う。
「アスミちゃんからの報告、聞いた?」
「あぁ!? 聞こえてるよ!」
クニヒロは異形を殴り飛ばしながら答えた。
「ミクルが裏切って、コハルが攫われた! マナトとレンマが追ってる! 最悪だろうが!」
「その最悪を、これ以上悪くしないためにも急がないとね」
「分かってる!」
クニヒロが吠える。
だが、前へ進めない。
異形の数が多すぎる。
倒しても。
倒しても。
倉庫の影から。
廃車の裏から。
地下通路から。
新たな異形が、際限なく湧き出してくる。
「これ、明らかに俺たちを足止めしてるよね」
ジュンタが炎を振るいながら言った。
「……うん」
リュウスケが頷く。
「コハルさんたちの方へ向かわせないつもりだと思う」
「だったら、余計に腹立つな」
クニヒロの拳へ、重い魔力が集中する。
「まとめて潰す」
足元の地面が沈んだ。
次の瞬間。
クニヒロの拳が、道路へ叩き込まれる。
ドゴォォォンッ――!!
衝撃波が地面を走った。
アスファルトが砕け、周囲の異形たちがまとめて吹き飛ばされる。
「よし、道が空いた!」
ジュンタが叫んだ。
だが。
その直後だった。
ふわりと。
夜風の中へ、歌声が混ざった。
「――っ」
ジュンタの顔色が変わる。
「ミクルちゃんの子守唄だ! 聴くな!」
「子守唄だぁ!?」
クニヒロが眉をひそめた直後。
その巨体が、ぐらりと揺れた。
「クソ……何だ、この歌……!」
足が重い。
まぶたが落ちる。
意識の輪郭が、じわじわと溶かされていく。
「睡眠を誘発する効果があるみたいだ……」
リュウスケが低く言った。
その目にも、わずかに虚ろな色が浮かんでいる。
だが、すぐに指を鳴らした。
パチン。
冷気が弾ける。
三人の耳を塞ぐように、氷の耳栓が形成された。
「うおっ、冷てえぞ!」
「……我慢して。耳だけじゃ防ぎきれない」
さらにリュウスケは、三人の頭を覆うように薄い氷を展開した。
即席の氷兜。
実用性はともかく、見た目は最悪だった。
「くっ……冷てぇし、ダセェし、最悪だが……」
クニヒロが顔をしかめる。
「応急処置にしちゃ上出来だ、リュウスケ」
「……ありがと」
「いや、これ本当にダサいね」
ジュンタが自分の頭を触った。
「戦場じゃなかったら、絶対につけたくない」
「文句を言うなら外すけど」
「ごめん。つけます」
それでも、歌声は完全には消えなかった。
耳を塞いでいるはずなのに、頭の奥へ直接染み込んでくる。
眠気がなくなったわけではない。
意識を保てる程度まで、効果を弱めただけだった。
「どこかにスピーカーがある」
ジュンタが周囲を見回す。
「ミクルちゃん本人がここにいるわけじゃない。これだけ広範囲に流してるなら、中継装置があるはずだ」
「ぶっ壊しゃいいんだな?」
「そういうこと!」
クニヒロが不機嫌そうに笑う。
「分かりやすくて助かるぜ」
その瞬間。
リュウスケが目を細めた。
「……上」
「上?」
ジュンタが顔を上げる。
倉庫の屋上。
錆びついた給水塔のそば。
そこに、小さな黒い箱が取り付けられていた。
スピーカー。
いや。
ただの音響装置ではない。
表面には異世界の術式が刻み込まれている。
音を広範囲へ拡散するための遺物だった。
「あれか!」
「燃やす!」
ジュンタが腕を振るう。
炎の矢が夜空を走った。
だが。
スピーカーへ届く直前、見えない壁に弾かれた。
炎が散り、夜空へ火花が舞う。
「うわ。結界まで張ってある。しかも結構固い」
「……面倒だね」
「魔力を消費させるつもりか」
クニヒロが道路に落ちていた瓦礫を掴んだ。
巨大なコンクリート片。
それを片手で持ち上げ、振りかぶる。
「なら、結界ごと潰す」
コンクリート片へ、重い魔力がまとわりついた。
「かち割れろっ!!」
投擲。
轟音。
放たれたコンクリート片が、スピーカーへ吸い寄せられるように加速した。
結界を突き破り、倉庫の壁ごと屋上設備を吹き飛ばす。
黒い箱が粉々に砕けた。
歌声が弱まる。
「よし!」
ジュンタが笑った。
だが、安堵したのも束の間だった。
今度は、別の方向から歌声が流れ込んでくる。
「うっそだろ!」
「複数ある」
リュウスケが即座に答えた。
「たぶん、この周辺一帯に設置されてる」
「最悪じゃねえか!」
「でも、壊せば確実に弱まる」
リュウスケの目が鋭くなる。
「全部壊す」
「いいねぇ。分かりやすい」
ジュンタが炎を広げた。
「じゃあ、俺が場所を炙り出す」
炎が地面を走る。
熱の揺らぎが、倉庫街全体へ広がっていく。
ジュンタは目を細め、熱へ反応しない不自然な物体を探した。
「あそこ。右のコンテナの上。それから、左奥の電柱。あの廃バスの中にもある」
「多いな!」
「文句を言うな。敵も必死なんだよ」
「こっちも必死だっつーの!」
クニヒロが走る。
リュウスケが氷の足場を作る。
ジュンタが炎で装置の位置を照らし出す。
三人の動きが噛み合っていく。
クニヒロが壊す。
ジュンタが探す。
リュウスケが迫る異形を殲滅する。
一つ。
また一つ。
スピーカーが破壊されるたび、歌声は弱まっていった。
その時だった。
遠くで、青白い光が爆ぜた。
バチバチバチバチッ――!!
三人が同時に振り向く。
夜空を切り裂く、激しい雷光。
その魔力密度は、明らかに異常だった。
「……マナト?」
ジュンタが呟く。
「だろうな」
クニヒロが眉を寄せる。
「だが、あいつにしちゃ荒すぎる」
リュウスケは何も言わなかった。
遠くで爆ぜる雷光を、じっと見つめる。
胸の奥が、嫌な感覚にざわついていた。
「……コハルさん」
きっと、あそこにいる。
あの雷の中心にマナトがいる。
そして、そのすぐそばにコハルもいる。
「……マナトくんが、あの出力を出しているなら」
リュウスケが言った。
静かな声。
だが、焦りを隠しきれていなかった。
「状況は、かなり悪い」
「分かってる!」
クニヒロが、最後のスピーカーへ向かって跳ぶ。
だが。
その瞬間。
地面が割れた。
「――っ!」
道路の下から、巨大な腕が突き出す。
クニヒロの身体を掴みかけた腕を、リュウスケの氷槍が横から貫いた。
「助かった!」
「まだ来るよ」
地面が、次々と盛り上がる。
アスファルトを突き破り、巨大な異形が姿を現した。
今までの個体よりも、さらに大きい。
輪郭だけなら人型に近い。
だが、全身が歪に膨れ上がり、手足の数も左右で合っていなかった。
まるで複数の人間を、無理やり一つに繋ぎ合わせたような姿。
「……趣味悪すぎでしょ」
ジュンタの声から、軽さが消えた。
巨大異形の胸元には、壊れた魔道具のようなものが埋め込まれていた。
そこから、ミクルの歌声が流れている。
「なるほどな」
クニヒロの目が冷える。
「こいつが親玉スピーカーか」
巨大異形が咆哮した。
衝撃波が道路を駆け抜け、三人の氷兜へひびが走る。
「リュウスケ!」
「……長くは持たない」
「なら、短期決戦だね」
ジュンタが両手へ炎を宿す。
「俺が燃やす。リュウスケさんが止める。クニヒロが殴る」
「……いいね」
「分かりやすいだろ?」
「嫌いじゃねえ」
クニヒロが拳を鳴らす。
リュウスケが手をかざした。
巨大異形の足元から、氷が噴き上がる。
バキバキバキッ――!!
分厚い氷が両脚へ絡みつき、その動きを封じた。
「今!」
ジュンタの炎が、巨大異形の胸元へ集中する。
ゴォォォォッ――!!
胸へ埋め込まれた拡声器が、灼熱によって赤く歪んだ。
巨大異形が苦しげに暴れる。
足元の氷へ、次々と亀裂が走る。
だが。
「動くな」
クニヒロが真正面から突っ込んだ。
振りかぶった拳へ、重い魔力が集中する。
「人の成れの果てだか、何だか知らねえが」
その声は低かった。
「こんな姿にされて、延々と歌を流す道具にされんのは――」
拳が、巨大異形の胸元へ叩き込まれる。
「気分悪ぃだろうが!!」
ドゴォォォンッ――!!
巨大異形の胸部が陥没した。
埋め込まれていた装置が、粉々に吹き飛ぶ。
歌声が途切れた。
静寂。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
夜の倉庫街から、すべての音が消えた。
「……止まった」
リュウスケが呟く。
ジュンタが長く息を吐いた。
「よし。これで動ける」
「まだ足りねえ」
クニヒロが、雷光の方角を睨む。
「全力で行くぞ」
その時。
三人の通信端末から、ノイズ混じりの声が流れた。
『――こちら、アスミです〜……』
「アスミちゃん!」
ジュンタが即座に反応する。
『みなさん……こちらへ、来てほしくて……』
ひどく眠たげな声だった。
「コハルさんは?」
リュウスケが、珍しく強い声を出した。
通信の向こうで、わずかな沈黙が生まれる。
『……マナトさんが接触しました』
「接触?」
『はい。コハルさんは無事です。ただ――』
「ただ?」
返事はなかった。
代わりに、通信端末から規則正しい寝息が聞こえてくる。
完全に眠ってしまったらしい。
「おい、アスミ!!」
クニヒロが怒鳴る。
だが、返答はない。
「……マナトくんは、無茶をする」
リュウスケが低い声で呟いた。
マナトにとって、コハルは完全な地雷だ。
それは全員が知っている。
だが、遠くからでも分かるほどの雷撃は異常だった。
相当な無理をしている。
あの出力を、長時間維持できるとは思えない。
ジュンタが雷光を見つめる。
「それ、どういう状況なんだろうね」
「確かめに行くしかねえ」
クニヒロの表情が険しくなる。
「行こう」
リュウスケが即答した。
「そうだね。かなり危なそうだ」
「おう」
クニヒロが首を鳴らす。
「番犬だか何だか知らねえが、うちの連中に手ぇ出したなら潰す」
「クニヒロ。殺すなよ」
「手加減なんかできるかよ」
「まあ、俺も同じ気持ちだけどね」
ジュンタの掌から炎が噴き出す。
リュウスケの身体からは、冷気が溢れている。
クニヒロの周囲では、重力がさらに強まっていた。
「リムジンに戻ろう。車なら、少しでも早く着ける」
ジュンタの言葉に、二人が頷く。
三人は異形の残骸を避け、来た道を駆け戻った。
車を停めていた場所は、すぐ近くだった。
黒い大型リムジン。
朱雀商会の構成員たちを蹴散らしたあと、道路脇へ乗り捨てるように停めていた車両。
だが。
「……おい」
クニヒロが低く呟いた。
リムジンは、そこにあった。
あったが。
もはや原形を留めていなかった。
ボンネットは大きく潰れ、フロントガラスは粉々に割れている。
四本のタイヤはすべて裂かれ、車体には巨大な爪で引き裂かれたような傷が走っていた。
運転席側の扉は、根元から引きちぎられている。
「うわぁ……」
ジュンタが乾いた声を漏らす。
「これ、修理とかいう次元じゃないね」
「誰だよ、俺らの足を潰したやつ」
クニヒロのこめかみに、青筋が浮かぶ。
「見つけたら殺す」
「だから、殺すなって」
「これは殺されても文句言えねえだろ」
リュウスケが壊れたリムジンを見つめ、短く息を吐いた。
「……罠だね」
「だろうな」
ジュンタが雷光の方角へ目を向ける。
「車で向かわせないために、先回りして壊したんだ」
「チッ」
クニヒロが舌打ちする。
「つまり、走るしかねえってことか」
「うん」
リュウスケが頷いた。
「走った方が早い」
「それを平然と言えるの、勇者くらいだからね」
ジュンタが苦笑した。
「まあ、俺たち勇者なんだけど」
「文句を言ってる場合か」
クニヒロが、雷光の方角へ一歩踏み出す。
「車がねえなら、足で行く。それだけだ」
「だね」
ジュンタが足元へ炎を宿す。
「随分と遅刻しちゃったけど」
「遅刻?」
クニヒロが鼻で笑った。
「違うな」
拳を鳴らし、獰猛に口角を上げる。
「メインディッシュの番犬は、俺の獲物だ」
リュウスケは、遠くで爆ぜる雷光を見つめたまま言った。
「……急ごう」
その一言で、二人が口を閉ざす。
リュウスケの声は、普段と変わらず静かだった。
だが、そこに滲む焦りを、二人は聞き逃さなかった。
「だな」
「そうだね」
三人は同時に走り出した。
壊れた倉庫街を抜け。
焦げた道路を越え。
雷光の走る方角へ。
コハルがいる場所へ。
車はない。
道もまともに残っていない。
敵の足止めも、まだ終わっていないかもしれない。
それでも。
止まる理由にはならなかった。
三つの魔力が、夜の外縁道路を駆け抜ける。
重力が地面を沈め。
炎が闇を裂き。
氷が足場を作る。
そして、その先では。
青白い稲妻と、黒い魔力が。
今まさに、正面からぶつかろうとしていた。
久しぶりの投稿です。
不定期で少しずつ投稿していきます。




