3-5話:歌で殴り合いが始まる時点で、だいたい普通の支援職ではない
「金色様、木崎様!! お二人の正面へ敵を転移させます!!」
ソウイチロウが無線へ叫んだ。
『了解』
『任せてよ』
返答は即座だった。
直後、異形が再びコハルたちへ飛びかかってくる。
「移送転移!!」
ソウイチロウが短剣を振るった。
空間が歪む。
飛びかかってきた二体の異形が、パッと姿を消した。
次に現れたのは――。
『邪魔です』
マナトの真正面だった。
青白い電撃が迸る。
バチバチッ!! と激しい放電音が響き、異形の全身を包み込んだ。
その身体が激しく痙攣し、地面へ崩れ落ちる。
同時に。
『悪いねぇ』
レンマの風が、もう一体を切り裂いた。
不可視の斬撃。
異形の身体が吹き飛び、コンクリートの壁へ叩きつけられる。
一瞬だった。
「す、すごい……」
コハルは思わず呟いた。
ソウイチロウのスキルは、ただ敵を飛ばすだけではない。
敵を味方の攻撃範囲へ正確に送り込み、そのまま連携攻撃へ繋げている。
恐ろしいほど汎用性が高い。
けれど。
「グルルルル……」
「アアァァ……」
異形は減らない。
むしろ増えていた。
闇の中から、次々と這い出てくる。
気づけば、八体以上。
コハルたちは完全に包囲されつつあった。
「す、すみません……!」
ソウイチロウの声に焦りが混ざる。
「さすがに、この数を飛ばし続けるだけの技量は私には……! 一斉に飛びかかられたら……!」
横合いからアスミの召喚体が飛び込み、異形を殴り飛ばした。
鈍い音が響く。
だが、敵の勢いは止まらない。
倒しても。
飛ばしても。
斬っても。
闇の奥から、後ろから、次々と湧いてくる。
『これは待ち伏せされてたね〜』
レンマは軽い口調のまま、風の斬撃を連続で放つ。
異形の腕が飛ぶ。
脚が裂ける。
それでも敵は止まらなかった。
『これはさすがに……撤退した方が……!』
マナトが青白い電撃を叩き込む。
複数体の異形が、まとめて吹き飛ばされた。
だが、数が多すぎる。
『俺もその方がいいと思うけど、この数じゃ抜け道を探すのも難しいねぇ』
『分かっていますが!!』
マナトの声が鋭くなる。
『このままだと――後方組が持ちません!!』
コハルの胸が、ドクンと大きく鳴った。
◇
アスミの召喚体が、一体やられた。
ソウイチロウも必死だった。
「移送転移!!」
座標をずらす。
敵を飛ばす。
どうにか時間を稼ぐ。
だが、それも次第に追いつかなくなっていた。
「私が戦います……!」
コハルが一歩前へ出る。
その時だった。
「い、いえ!!」
ミクルが叫んだ。
震えていた声。
けれど今は、恐怖を押し殺すように前へ出ようとしている。
「わ、私にお任せください……っ!!」
「ミクルさん……?」
ミクルは強張った表情のまま、コハルとソウイチロウを見る。
「危ないので……お二人とも、手錠をしてください」
「えっ!? 手錠?」
「お願いします!!」
勢いに押されるまま、コハルとソウイチロウは渡された手錠を自分の手首へはめた。
「な、何が始まるんですか……?」
コハルが恐る恐る尋ねる。
ミクルは息を吸い込んだ。
そして。
歌い始めた。
「――――♪」
「……っ!?」
コハルの目が見開かれる。
声量。
響き。
空気そのものを震わせるような歌声。
普段の、あのオドオドしたミクルからは想像もできなかった。
異世界の言葉で紡がれた歌。
歌詞は聞き取れない。
けれど。
感情だけが、直接胸へ叩き込まれてくる。
怒り。
憎悪。
破壊衝動。
胸の奥へ押し込めていたものを、無理やり引きずり出されるような感覚。
「ガァァアアアアア!!」
異形同士が、突如として殴り合いを始めた。
「えっ!?」
コハルが目を丸くする。
「な、仲間割れしてる……!?」
「ミクルさんのスキル、心音共鳴です!!」
ソウイチロウが叫んだ。
「歌を聞かせることで、感情を強制的に引き出すんです!!」
「えぇっ!? そんなことできるの!?」
「今は怒りを誘発しています!! 敵同士をぶつけているんです!!」
確かに、ミクルの歌は異常だった。
胸の奥を直接掻き回される。
感情を強制的に揺さぶられているようだった。
「す、すごいスキルだ……」
「その代わり……!」
ソウイチロウが苦しげに顔を歪める。
「味方にも影響が出ます……! だから手錠を……!」
「えっ」
「していなかったら、おそらく今頃……」
ソウイチロウは手錠を見下ろした。
「私たちも殴り合っていました……!」
「危なすぎません!?」
コハルが叫ぶ。
その間にも、異形たちは互いを引き裂いていた。
殴る。
噛みつく。
押し倒す。
踏み潰す。
完全な暴走だった。
血飛沫が舞う。
骨の砕ける音が響く。
やがて、最後の一体が地面へ崩れ落ちた。
静寂。
夜風だけが吹き抜けていく。
「――っ、はぁ……っ」
ミクルの歌が止まる。
同時に、彼女の膝が崩れた。
「ミクルさん!?」
コハルが慌てて駆け寄る。
ミクルは肩で荒く息をしていた。
顔色が悪い。
額には大量の汗が浮かんでいる。
「だ、大丈夫です……っ」
どう見ても大丈夫そうではなかった。
それでも。
その小さな身体は、確かに今、この場を救ったのだ。
「と、とりあえず……合流しましょう……。勇者のお二人と一緒にいた方が安全です……」
ミクルが息を切らしながら言う。
「そうしましょう」
ソウイチロウも頷く。
「はい、私もその方がいいと思います……!」
コハルも即答した。
「あ、あの……」
コハルは周囲を見回す。
「アスミさんは……?」
「召喚体が二体やられました〜」
物陰からアスミが、ひょこっと姿を見せた。
「あ、アスミさん! 一緒に行きますか?」
「いえ〜。私は引き続き、周囲を警戒してますので」
アスミはいつもの調子で笑った。
「必要なら召喚体を派遣するので、呼んでください〜」
「分かりました。気をつけてくださいね」
「は〜い」
◇
コハルたちは、マナトとレンマの元へ合流した。
「コハルさん……無事でよかったです」
マナトが安堵したように息を吐く。
声は落ち着いていた。
けれど、その目には明らかな焦りの残滓がある。
マナトはコハルの手錠を外しながら、もう彼女のそばを離れるつもりはなかった。
「いやぁ、まんまとやられたねぇ」
レンマが肩をすくめた。
「囲まれてちょっとヒヤッとしたよ。ミクルちゃんのおかげで助かった」
「そ、それにしてもすごいですね……」
コハルはミクルを見る。
「歌で仲間割れを起こすなんて……」
「声量が必要なので……喉も枯れますし……」
ミクルは俯いた。
「味方にも影響が出るので……あまり使い勝手のいいスキルではなくて……」
「いやいや、十分すごいでしょ」
レンマが笑う。
「歌声も、めちゃくちゃかっこよかったし」
「え……」
ミクルの頬が赤くなった。
一方で。
マナトは鋭い目をミクルへ向けていた。
感情干渉。
広範囲。
敵味方無差別。
敵へ回った場合、極めて厄介な能力。
ミクルに対するマナトの警戒心は、むしろ強まっていた。
「あ、あの……」
ミクルがおずおずと口を開く。
「みなさんへバフをかける歌もあるんです……。機動力を上げる歌なんですが……お役に立てるでしょうか?」
「え、いいじゃん」
レンマが軽い調子で答える。
「歌ってよ」
「そ、それでは……」
ミクルは息を吸い込んだ。
そして。
再び歌い始める。
今度は、優しい歌だった。
柔らかい。
包み込むような声。
先ほどの怒りを叩きつける歌とは、まるで違う。
夜の闇さえ撫でるような、穏やかな旋律。
その歌声を聞いた瞬間。
――ドサッ。
「……え?」
コハルの視界が揺れた。
隣で、ソウイチロウが崩れ落ちる。
レンマも。
マナトも。
次々と地面へ倒れていく。
「えっ……?」
コハルも膝から崩れた。
意識が沈む。
瞼が重い。
身体に力が入らない。
抗えない。
眠い。
あまりにも眠い。
(なに……これ……)
最後に見えたのは、ミクルの足元だった。
小さな靴。
震えているように見えた足。
けれど。
もう、その震えは止まっていた。
そして。
全員が眠りへ落ちた。
静寂。
その中で。
「あはっ」
ミクルの肩が震える。
「あはははははっ!!」
狂ったような笑い声が響いた。
先ほどまで怯えていた彼女とは、まるで別人だった。
「勇者とはいえ、効きますよねぇ! あれだけ消耗させましたし、これも飲んでおきましたからっ!」
ミクルの手には、小さな空き瓶が握られていた。
スキルの効果を一定時間増幅させる異世界酒。
イグニッション・ジン。
効果は絶大だが、使用者へ猛烈な負荷がかかるため、ヘリオスでは使用を禁止されている代物だった。
ミクルが通信端末を取り出す。
「副会長っ! 今、金色マナトと木崎レンマと月岡コハルを眠らせましたよ!!」
そう叫びながら、ヘリオスのアウターを脱ぎ捨てる。
黒い布が地面へ落ちた。
その下から覗いたのは、朱雀商会の紋章が刻まれたシャツ。
「はいっ!! 今すぐ、そちらへお連れします!!」
直後。
近くへ一台の車が滑り込んできた。
ライトを消した黒い車。
ほとんど音を立てずに停車する。
ドアが開いた。
車内にいたのは、灰色の髪の男だった。
首には、深い切り傷が一直線に走っている。
「ふふっ。お久しぶりですね」
ミクルが笑う。
男は表情を変えない。
「早く乗れ」
「はいはい。相変わらず冷たいですねぇ」
ミクルは楽しそうに答えながら、眠るコハルへ近づいた。
その足元で。
マナトの指が、かすかに動く。
「……」
ミクルの笑みが止まった。
だが、すぐに口元を歪める。
「怖いなぁ、勇者って。これだけ効かせても、まだ反応するんだ」
ミクルはしゃがみ込み、マナトの耳元へ顔を寄せる。
「でも、残念。今回は私たちの勝ちです」
囁く。
「大事な、大事なお姫様は――私たちのものです」
ミクルがコハルの腕を掴んだ。
その瞬間。
遠くで轟音が響く。
重力が、地面を震わせる。
氷が、倉庫の壁を引き裂く。
炎が、夜の闇を切り裂いた。
ミクルの表情が歪む。
「……思ったより早いですね」
灰色の髪の男が、車内から言った。
「急げ。ヘリオスの犬どもが来るぞ」
「分かっていますよ」
ミクルはコハルを抱え上げる。
小柄な身体からは想像もつかない力だった。
眠ったままのコハルを、車へ運び込む。
「さあ、行きましょう」
ミクルは最後に、地面へ落ちたヘリオスのアウターを見下ろした。
先ほどまで、自分が身につけていたもの。
仲間のふりをするための皮。
それを、つま先で踏みつける。
「三年間も、お世話になりました」
ミクルは笑った。
優しい顔で。
最悪の裏切りを告げるように。
「――暁光の勇者さん」
ドアが閉まる。
黒い車が走り出す。
コハルを乗せたまま、夜の闇へ消えていった。
その数秒後。
青白い電撃が、地面を這った。
マナトが、倒れたまま目を開けている。
「……コハル、さん……」
声は掠れていた。
身体は動かない。
それでも。
その目だけは、眠っていなかった。
怒りと焦燥で、鋭く揺れている。
通信端末から、リンカの声が響いた。
『……状況を報告しろ』
沈黙。
誰も答えられない。
答えられる者は、ほとんど眠っている。
その沈黙だけで、リンカは察した。
『まさか』
声が低くなる。
『コハルを、取られたのか?』
夜の工業地帯に、冷たい風が吹いた。
作戦は、まだ終わっていない。
むしろ。
本当の地獄は、ここから始まろうとしていた。




