3-4話:後方で待てと言われた時点で、だいたい敵は後ろから来る
二台の黒いリムジンは、仙台の喧騒を抜け、臨海部の工業地帯へ滑り込んでいた。
街灯は少ない。
夜の闇が、深く辺りを覆っている。
一号車の車内。
「なんかこっち、男臭くない?」
ジュンタが苦笑交じりに言った。
「女子、全員あっちじゃん」
「フン。別に女なんていなくていいだろ」
クニヒロが腕を組んだまま吐き捨てる。
「えー? アスミちゃんと離れて寂しいんじゃないの?」
「うるせぇよ。アスミは運転役だろ。最初から分かってたっての」
「……クニヒロくん、アスミさんが好きなんだ」
リュウスケが静かに言った。
「そうなんだよ。意外でしょ?」
「ジュンタ、てめぇ――」
「……相性は悪くなさそうだ」
「うるせぇぞ、お前ら!! 本人に言ったらマジで潰すからな!!」
クニヒロが本気の形相で睨みつける。
ジュンタは笑いながら両手を上げた。
「はいはい。怖い、怖い」
そんな軽口とは対照的に、二号車の空気は張り詰めていた。
通信端末から流れる微かなノイズだけが、静かな車内を揺らしている。
『――まもなく現場だ』
リンカの低い声が響いた。
『朱雀商会の第二流通倉庫。認識阻害の結界は展開済みだ。一般人は近づけない』
コハルはアウターの袖を、ぎゅっと握った。
隣では、ミクルが膝の上で手を組み、呼吸を整えている。
ソウイチロウは腰の短剣へ手を添えたまま、窓の外を警戒していた。
『一号車が先行するよ』
リュウスケの声が通信越しに聞こえる。
直後、前方を走っていたリムジンが急加速した。
「……始まったねぇ」
レンマが窓の外へ目を細める。
――ドォンッ!!!
爆音が夜気を震わせた。
整備工場を囲んでいた鉄製のゲートが、内側から押し潰されたように吹き飛ぶ。
火花を散らしながら、巨大な鉄塊が地面を転がった。
一号車のドアが開く。
同時に、周囲の空気そのものが重く沈み込んだ。
『オラァ!! 夜勤の時間だぞ! 起きろよ、朱雀商会ォ!!』
通信越しに、クニヒロの獰猛な笑い声が響く。
彼が地面を踏みしめた途端、敷地内に並んでいた高級車が一斉に沈み込んだ。
サスペンションが悲鳴を上げる。
金属が軋み、車体が地面へ叩きつけられた。
警備に当たっていた私兵たちも同じだった。
見えない重力に押し潰され、その場へ強制的に膝をつかされていく。
『あーあ。派手にやってくれちゃって』
ジュンタが呆れたように笑う。
『俺とリュウスケさんでフォローするよ』
『……うん』
リュウスケの姿が、光の残像を残して夜へ消えた。
圧倒的だった。
前線組が行っているのは、もはや戦闘というより蹂躙に近い。
だが。
二号車に残るマナトだけは、まるで気を緩めていなかった。
「……レンマさん」
「分かってる」
レンマが静かに返す。
「前で派手に暴れれば、ネズミは裏から逃げる」
二号車が、倉庫裏の搬入口近くで停車した。
マナトとレンマが、ほぼ同時に降車する。
続いて、コハルたちも外へ出た。
「私は車両周辺を見ますねぇ」
助手席から降りたアスミが、軽く手を振った。
「召喚体を四体、偵察へ回します。倒されたら補充するので、気にしないでください〜」
「承知しました」
ミクルが端末を展開する。
「コハルさん、私たちはここで待機です。前線支援と、イレギュラーへの対応を優先します」
先ほどまで怯えていたとは思えないほど、その動きは正確だった。
彼女もまた、ヘリオスに所属する二級賢者なのだ。
「月岡様、私の後ろへ!」
ソウイチロウが即座に、コハルを庇う位置へ入った。
コハルはリムジンの陰から、暗闇を見つめる。
前方。
マナトの全身から、圧倒的な魔力が立ち上っていた。
近づくものを容赦なく押し潰すような、冷たい威圧感。
「レンマさん。裏口側に三名、魔力反応があります」
「オッケー。右の二人は俺がやるねぇ」
レンマの周囲で風が唸った。
暗闇から飛び出してきた構成員たちが、慌ててスキルを起動しようとする。
だが。
「風域裁断」
レンマが呟く。
不可視の斬撃が地面を走った。
敵の足元が切り裂かれる。
悲鳴。
転倒。
二人の構成員が、まとめて地面へ崩れ落ちた。
残った一人が、慌ててマナトへ向かう。
だが。
「……逃がしませんよ」
マナトが静かに手を突き出した。
バチバチッ、と青白い雷光が迸る。
構成員の身体がコンクリートの壁へ叩きつけられ、そのまま意識を失った。
一瞬だった。
あまりにも、呆気ない。
勇者たちの戦闘力は、やはり異常だった。
(すごい……)
コハルは息を呑む。
(これなら、やっぱり後方は安全――)
「それじゃ、俺たちは行ってくるね〜」
レンマが軽く手を振った。
「コハルさん」
マナトがコハルを真っ直ぐ見つめる。
「絶対に、ミクルさんとソウイチロウさんから離れないでください」
重い忠告だった。
「は、はい! お二人もお気をつけて!」
コハルは慌てて手を振り返した。
◇
それから数分。
コハルたちは、特に何事もなく待機を続けていた。
前線では、今も戦闘音が鳴り響いている。
爆音。
金属音。
時折、地面まで揺れる。
だが、こちらは妙に静かだった。
静かすぎて、かえって落ち着かない。
そんな空気を破ったのは、ミクルだった。
「コハルさんって……勇者の中だと、誰がタイプですか?」
「えぇ!?」
コハルは素っ頓狂な声を上げた。
「そ、そういう目で見たことがないから……」
「本当ですか? 勇者さんたちって、みなさん格好いいので、賢者の中にはファンクラブもあるんですよ」
「そうなんだ……」
(まあ、マナトさんとかレンマさんは、普通に格好いいよね……)
自然と二人の顔が浮かぶ。
(リュウスケさんも静かで控えめだけど、あの顔に、あの身体だし……強いし……絶対モテるんだろうなぁ)
「私は無論、水瀬様が一番格好いいと思います!」
突然、ソウイチロウが熱く語り始めた。
「あの肉体に、あの氷剣! 派手な勇者様方に並ぶと一見渋く見えますが、あの冷ややかで逞しく、芯のある強さ……! 男の私でも憧れます!」
「い、いや、ソウイチロウさんの趣味は聞いていないです……。今、私とコハルさんのガールズトーク中なので……」
「何っ!? 今のが噂のガールズトークというものだったのですか!?」
ソウイチロウが驚愕した顔を浮かべる。
「それは失礼いたしました!」
「いや……何、この会話」
一気に緊張が抜ける。
まさか、こんな場所でガールズトークをすることになるとは思わなかった。
だが。
だからこそ。
「――ッ!! 月岡様、伏せてください!!」
ソウイチロウの叫びが響いた。
空気が一変する。
彼がコハルの腕を掴み、強引に引き寄せた。
直後。
ドスッ――!!
頭上から、重い衝撃音が響いた。
コハルたちが乗ってきたリムジンの屋根が、大きくへこむ。
金属が軋んだ。
耳障りな音だった。
コハルは恐る恐る顔を上げる。
そして。
「……っ」
息を呑んだ。
リムジンの屋根の上。
そこに、“何か”がいた。
四つん這い。
人間に似た形。
けれど、明らかに人間ではない。
黒ずんだ皮膚。
全身に突き刺さった、怪しく光る結晶。
白目を剥き、口から大量の涎を垂らしている。
カチカチと、絶えず歯を鳴らしていた。
「魔獣……? いえ、でも……人間っぽい……?」
ミクルの声が震える。
「アガァァァアアアアアアアアアッ!!!」
異形が咆哮した。
リムジンの屋根を蹴り、一直線にコハルへ飛びかかる。
「させません!!」
ソウイチロウが前へ出た。
短剣を突き出す。
「移送転移!!」
異形の姿が、パッと掻き消えた。
「えっ!? 消えた!?」
「座標をずらしただけです!! 無力化したわけではありません!!」
「それ、安心できる情報ですか!?」
コハルが叫ぶ。
だが、その間にも。
闇の中から、別の異形が現れていた。
地面を這うように、異常な速度で近づいてくる。
まるで最初から、こちらを狙っていたかのように。
◇
無線から聞こえた叫びに、レンマとマナトの表情が変わった。
「陽動か……!」
レンマが舌打ちする。
「最初から狙いは――」
「……コハルさん」
マナトの声が震えた。
初めて、はっきりと焦りが滲んでいる。
彼の全身から、青白い電撃が爆発した。
だが、異形たちは泥臭く身体へ縋りつき、進路を塞いでくる。
倒しても。
倒しても。
足止めのためだけに、新たな異形が群がってくる。
「邪魔です……!」
マナトの声が低くなった。
抑えきれない怒りが混じっている。
それでも、距離がある。
すぐには戻れない。
◇
「グルルル……」
「ア、アァ……」
さらに二体。
異形たちが、じりじりとコハルたちを取り囲んでいく。
濁った瞳。
狂った呼吸。
そのすべてが、真っ直ぐコハルへ向けられていた。
標的は最初から、月岡コハル。
「ソウイチロウさん、ミクルさん……!」
コハルは胸元を押さえた。
心臓の音がうるさい。
怖い。
かなり怖い。
けれど。
――後方で待てと言われた時点で、だいたい敵は後ろから来る。
その現実だけは、嫌というほど理解できてしまった。




