↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

83/101

【番外編】土門クニヒロの秘密

 ヘリオス・サービス仙台支店。

 その社員食堂の一角に、巨大なハンバーガーを頬張る女子がいた。


「うまあ……」


 幸せそうに目を細めているのは、砂山アスミ。

 一級賢者――だった女である。

 現在は二級賢者へ降格済み。

 理由は、いたって単純だった。


 サボる。

 寝る。

 やる気がない。

 報告書を出さない。

 会議中にポテトチップスを食べる。

 危険地帯で昼寝をする。

 これだけやらかしても二級にとどまっている時点で、実力が頭一つ抜けている証明でもあった。


 実際、アスミは強い。

 異世界帰還者の中でも、かなりの上位に位置する。


 どれくらい上位かというと――

「普通なら死んでいる」

 そう評される案件から、毎回なぜか生還してくる程度には強かった。


 そんなアスミが今、全力で取り組んでいるのは、一日五個限定のスペシャルキングバーガーである。


「うまあ……」


 実に幸せそうだった。


 肉汁。

 チーズ。

 ベーコン。

 分厚いパティ。

 大量のソース。

 カロリーという概念に真正面から喧嘩を売ったようなバーガーを、アスミは頬を膨らませながら、夢中でもぐもぐと食べている。


 その姿を、やや離れた席から見つめている男が一人。


 土門クニヒロ。

 勇者。

 その中でも、かなり危険な部類に入る男として知られていた。


 目つきが悪い。

 態度も悪い。

 口も悪い。

 だが、本人に悪気はない。

 生まれつき、顔と声と態度がすべて怖いだけである。

 ちなみに、戦闘になるとさらに怖い。


 敵対する帰還者からは、

『人型の災害』

『歩く暴力』

『威圧感だけで胃が痛くなる男』

 などと評されていた。


 そんな男が、今。


(かわいい……)


 などと思っていた。

 終わっている。

 本人も薄々気づいている。

 だが、止められなかった。


 アスミがハンバーガーを食べるたび、柔らかそうな頬がもぐもぐと動く。


(かわいい……)


 ポテトを摘まむ。


(かわいい……)


 コーラを飲む。


(かわいい……)


 口元にケチャップがつく。


(かわいい……)


 もはや重症だった。


 その時。

 アスミの肘が、テーブルの紙コップに当たった。


 コーラが宙へ傾く。

 クニヒロの身体が反射的に動いた。


 ピタリ。


 落下する直前、紙コップが空中で静止する。


「あっ、やば」


 アスミが慌てて手を伸ばす。


「ん?」


 宙に浮かぶ紙コップを見て、不思議そうに瞬きをした。


 クニヒロは無言で立ち上がる。

 周囲にいた賢者たちがざわめいた。


「土門さんだ」


「なんか怒ってる?」


「違う。歩いてるだけだ」


 失礼である。


 クニヒロはアスミの元まで歩き、宙に浮かせた紙コップを掴んでテーブルへ戻した。


「フン。気をつけろよ」


「あっ……クニヒロさん。ありがとうございます」


「おう」


 短い返事。

 ただ、それだけ。

 それだけなのに、アスミが笑った。


「助かりました〜」


 にこり。

 その笑顔で、クニヒロの脳内が爆発した。


(やばい)


 何がどうやばいのか、本人にも分からない。

 だが、とにかくやばかった。


 クニヒロは片手を上げると、そのまま立ち去った。

 いつもより歩幅が大きかった。


          ◇


(アスミ、かわいい……。やべえ……。今日、やっと話せたぜ)


 ヘリオス・サービス仙台支店。

 喫煙所。

 土門クニヒロは、壁に額を打ちつけていた。


 ゴン。

 ゴン。

 ゴン。


「何してんだ、お前」


 呆れた声が飛んでくる。

 振り返ると、ジュンタが立っていた。

 片手には缶コーヒー。

 顔には、完全に面白がっている笑みが浮かんでいる。


「……別に」


「いや、別にじゃねえだろ。壁に頭を打ちつけている時点で、だいぶやべえ奴だぞ」


「うるせえ」


「怖っ」


 ジュンタは楽しそうに口元を緩めた。


「で? どうした。アスミちゃん関係?」


 クニヒロの動きが止まる。


「……」


「うわ、図星だ」


「殺すぞ」


「恋愛相談で殺害予告されたの、初めてだな」


 クニヒロは舌打ちした。

 だが、否定はしない。

 ジュンタは察した。


(あー……重症だ、これ)


 クニヒロは昔から分かりやすい。

 本人だけが、それを隠せていると思っている。


「話しかけられたのか?」


「……まあ」


「進歩じゃん」


「紙コップを落としそうになってた」


「なるほど。スキルで助けたと」


「……」


「お前さあ」


 ジュンタがにやりとする。


「好きな女相手だと、マジで優しいよな」


「違う」


「いや、絶対好きじゃん」


「違う」


「その顔で否定されても、説得力がねえんだわ」


 クニヒロは黙り込んだ。

 だが、耳が赤い。

 怖い顔で照れるな。

 圧がすごい。


「ちなみに、どこが好きなの?」


「……」


「言えよ」


「……食ってるところ」


「は?」


「うまそうに食ってる」


「そこ?」


「あと、寝る」


「幼児じゃねえんだぞ」


「あと、危機感がない」


「それは褒めるところじゃねえだろ」


「抱き締めたら……安心しそう」


「いや、変態かよ!」


「あと、なんか……」


 クニヒロが言葉に詰まる。


「……放っとけねえ」


 ジュンタが目を丸くした。

 そして、納得する。


 ああ。

 これは本気だ。

 クニヒロは普段、他人にほとんど興味を示さない。


 強い奴か。

 敵か。

 邪魔か。

 基本的には、その三択である。


 そんな男が、『放っとけねえ』と言った。

 それは、かなり重い。


「告白しないのか?」


「無理だろ」


「なんで?」


「怖がられる」


「まあ、怖いけど」


「殺すぞ」


「すぐ殺すじゃん」


 ジュンタは肩を揺らした。


「でもアスミちゃん、お前のことをそこまで苦手そうにはしてないぞ」


「……そうか?」


「少なくとも、リンカほど警戒してない」


「あいつと一緒にすんなよ」


「まあ、リンカは賢者たちのトップだからね」


 クニヒロは煙草を咥えた。


「ライターねえから、火くれ」


「はいよ」


 ジュンタが指先を動かす。

 小さな炎が生まれ、クニヒロの煙草に火をつけた。

 クニヒロは深く煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。


「……アスミは」


「うん」


「俺のこと、怖くねえのかな」


 珍しく弱々しい声だった。

 ジュンタの表情から、からかう色が消える。


「怖いとは思ってるだろ」


「……」


「でも、嫌ってはないんじゃねえか?」


 クニヒロは黙った。

 白い煙が、ゆっくりと空へ溶けていく。


「年が離れてる」


「あー、お前、今いくつだっけ?」


「お前と同い年だろうが」


「知ってる」


「なんで聞いたんだよ」


「アスミちゃんは何歳?」


「二十四だったはずだ」


「ちょうど十個下かあ」


「そうなんだよ」


 クニヒロが自嘲気味に口元を歪める。


「十個も下の女に熱上げてる勇者ってのも、なかなかに滑稽だな」


「殺すぞ」


「何回目だよ、それ」


 ジュンタが缶コーヒーに口をつける。


「でもさ、お前みたいなのって、案外モテると思うけどな」


「は?」


「ギャップがあるし」


「ねえよ」


「いや、あるある。普段は怖いくせに、好きな女には激甘じゃん。顔は怖いけど、そこそこ整ってる方だろ」


「……」


「今だって、アスミちゃんがジュースを落としそうになっただけで、反射的に能力を使ったんだろ?」


「……勝手に身体が動いただけだ」


「それを世間では、好きって言うんだよ」


 クニヒロは顔をしかめた。

 だが、反論はできない。


 ジュンタは考えるように缶を揺らしたあと、軽い口調で提案した。


「カイリくんあたり、アスミちゃんと仲いいだろ? どんなタイプが好きなのか、聞いてみたら?」


「カイリ……」


 その名前を聞いた瞬間、クニヒロの目が細くなった。


「あいつ、アスミと最近仲いいんだよな。今回、東京本社から選抜されたのも、あの二人だしな」


「あの二人、普通に相性がいいからじゃない?」


「おい」


 低い声が響く。

 喫煙所の空気が、一段重くなった。


「アスミとカイリがくっつく世界線って、あるか?」


 ゴゴゴ、とクニヒロの周囲の重力が増していく。


「うわ、喫煙所を壊すなよ」


 ジュンタが慌てて制止する。


「カイリくんはリンカが大好きだから、大丈夫じゃない?」


「お前だって、リンカにプロポーズしてるだろうが」


「さすがにカイリくんに負ける要素はないからね、俺」


「じゃあ、リンカに振られたあとのカイリが、アスミのかわいさに気づいて惚れて、付き合う世界線もあるだろうが」


「飛躍しすぎだろ」


「可能性はゼロじゃねえ」


「恋愛になると、急に理論が雑になるな、お前」


「うるせえ」


 その時。

 喫煙所の外から、のんびりとした足音が近づいてきた。


「あれ? ジュンタさん」


 間延びした声に、二人が振り返る。

 アスミだった。


 片手には追加のポテト。

 もう片方にはシェイク。

 まだ食べるらしい。


「あっ、アスミちゃん。こんにちは」


「こんにちはー」


 アスミはぺこりと頭を下げる。

 それから、隣にいるクニヒロを見た。


「あ、クニヒロさん。また会いましたね」


「お、おう」


 クニヒロが固まる。

 明らかに挙動がおかしい。

 ジュンタは横で、にやにやしていた。


 アスミはそんな空気に気づかないまま、何かを思い出したように眉を上げる。


「あ。そういえば、ジュンタさんとクニヒロさん」


「ん?」


「この前、私の万象代行《プロキシ・サーヴァント》の召喚体を消したこと、まだ謝ってもらってないんですけど」


 空気が止まった。

 コハルの部屋の前に配置されていた召喚体のことである。


 クニヒロが即座に口を開いた。


「いや、あれはジュンタだ! 俺はやめとけって必死に言った! 俺じゃない!」


 必死だった。

 あまりにも必死だった。

 普段の威圧感が嘘のようである。

 ジュンタは笑いを堪えながら頷いた。


「そうだね。ごめんね、アスミちゃん。俺が倒しちゃったから」


「ひどいです。次に召喚した時、美味しいものを食べさせてあげないと、言うことを聞いてくれなくなります」


「悪かったって。今度、お詫びに三人でご飯を食べに行かない?」


「え、本当ですか?」


 アスミの目が輝いた。


「うん。高級焼き肉でも行く?」


「行きますっ! 召喚体にも食べさせてあげていいですかっ!?」


 即答だった。

 食に対する反応が速すぎる。


「全然いいよ。あとで連絡するね」


「はい!」


 アスミは嬉しそうに頷いた。

 そして、何かに気づいたようにジュンタを見る。


「あ! コハルさんには、ちゃんと謝ったんですか?」


「和解したよ。大丈夫」


「本当ですか?」


「本当、本当」


「今度コハルさんを泣かせたら、許さないですからねっ!」


 アスミは小さく拳を握った。

 迫力はあまりない。

 だが、目は本気だった。


 ジュンタは両手を軽く上げる。


「はいはい。気をつけます」


「本当にですよ」


「分かってるって」


 アスミはそれで納得したのか、ポテトを一本口に運んだ。


「じゃあ私、戻りますね」


「うん。またね」


「クニヒロさんも、また」


「……おう」


 クニヒロは、それだけ返すので精一杯だった。

 アスミはのんびりと手を振りながら、廊下の向こうへ消えていく。


 残された男二人。

 しばしの沈黙。

 やがて、ジュンタが口を開いた。


「高級焼き肉、一緒に行けることになってよかったな」


「お、おう……」


 クニヒロは、まだ固まっている。


「俺は用事で行けないことにしておくから、デートしてこいよ」


「で、デート……」


 その単語を聞いた瞬間、クニヒロの顔が露骨に強張った。


「お前、勇者だよな?」


「うるせえ」


「敵には平気で突っ込むくせに、女の子と焼き肉に行くだけで、その顔になるの面白すぎるだろ」


「殺すぞ」


「はいはい」


 ジュンタは缶コーヒーを飲み干した。


「まあ、アシストしてやったんだから感謝しろよ」


「……」


「ちゃんとしゃべれよ。怖い顔で肉を焼いているだけだと、ただの反社みたいになるから」


「誰が反社だ」


「あと、最初から高い肉ばかり頼むなよ。アスミちゃんは遠慮できないタイプだから」


「じゃあ、食わせればいいだろ」


「そういうところだぞ」


「何がだよ」


「激甘」


 クニヒロは黙った。

 否定できなかった。

 代わりに、もう一本煙草を取り出そうとする。

 だが、その指先はわずかに震えていた。


 ジュンタは見逃さない。


「緊張してる?」


「してねえ」


「してるじゃん」


「してねえ」


「アスミちゃんと焼き肉だもんな」


「うるせえ」


「デートだもんな」


「黙れ」


「楽しみだな」


「……」


 クニヒロはしばらく黙り込んだあと、低い声でぼそりと呟いた。


「……変なこと、言わねえかな。俺」


 ジュンタが目を丸くする。

 珍しい。

 クニヒロが、本気で不安そうな顔をしている。


 普段は人を脅すような顔しかしていない男が、今は二十四歳の女子との食事を前に、完全に挙動不審になっていた。


 ジュンタは笑いそうになった。

 だが、なんとか堪える。


「大丈夫だろ」


「根拠は」


「お前、アスミちゃん相手だと、ちゃんと優しいし」


「……」


「怖いのは顔だけ」


「殺すぞ」


「そういうところ」


 ジュンタは肩をすくめた。


「まあ、最初は飯を食わせておけばいいよ。アスミちゃん、うまいものを食べている時が一番幸せそうだし」


「……それは分かる」


「それから、ちゃんと謝る。召喚体の件」


「俺は消してねえ」


「でも、同席はしてただろ」


「……まあな」


「そこからでいいんじゃねえか?」


 クニヒロは煙草を指先でしばらく転がした。

 やがて、息を吐く。


「……高級焼き肉か」


「うん」


「店を選ばねえとな」


「本気じゃん」


「当たり前だろ」


「アスミちゃん、多分、牛タンが好きだよ」


「仙台だからか?」


「いや、勘」


「雑だな」


「でも、当たりそうじゃない?」


「……確かに」


 クニヒロは、真剣な表情で考え始めた。


 高級焼き肉。

 個室。

 煙が少ない店。

 肉がうまい。

 デザートもある。

 アスミが腹いっぱい食べられる。

 できれば、自分も緊張せずに済む場所。


 完全に本気だった。


 ジュンタはその横顔を見て、再び笑いを堪える。


(怖い勇者が、好きな子のために焼き肉屋を真剣に選んでる……)


 平和だった。

 あまりにも平和だった。


 そして。


「ジュンタ」


「ん?」


「店、三つくらい候補を出せ」


「自分で探せよ」


「お前の方が、そういう店を知ってるだろ」


「まあ、知ってるけど」


「頼む」


 その一言に、ジュンタが固まった。


 頼む。


 土門クニヒロが。

 頼む、と言った。

 恋は人を変える。

 怖い。


 ジュンタは、しみじみと思った。


「……分かったよ。出してやる」


「助かる」


「ただし」


「あ?」


「当日、怖い顔でアスミちゃんを威圧しないこと」


「してねえ」


「してる」


「してねえ」


「あと、肉を焼く時に、無言で皿へ積みすぎないこと」


「……」


「やるつもりだったな?」


「食うだろ」


「食うけど、限度がある」


「腹が減ってたらどうする」


「本人に聞け」


「……なるほど」


「なるほどじゃねえよ。普通の会話を覚えろ」


 クニヒロは、真剣な顔で頷いた。

 ジュンタは頭を抱える。


 これは先が長い。

 かなり長い。


 だが。

 面白い。

 ものすごく面白い。


          ◇


 その日の夕方。


 仙台支店の廊下に、不穏な音が響いていた。


 ゴン。

 ゴン。

 ゴン。


「……土門さん、また誰か脅してる?」


 賢者たちが怯える中、通りかかったジュンタが笑いながら答えた。


「違うよ」


「え?」


「恋してるだけ」


 廊下の角。

 土門クニヒロは、壁に額をつけたまま呟いていた。


(高級焼き肉……アスミと……二人で……)


 厳密にいえば、二人ではない。

 召喚体が数体、同席する可能性は高い。

 予約人数を何人にすればいいのかは、まだ分からない。


 顔は怖い。

 空気も怖い。

 近くを通る賢者たちは、全員が自然と距離を取っている。


 だが、その内心は。


(何を着ていけばいいんだ……?)


 ただの恋する男だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。