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2-13話:一秒で満タンにした時点で、だいたい新米勇者の出力じゃない

「えっ!?」


 コハルの声と、アスミの声が重なった。


 青白かったキューブが、急に黄金色の光を帯びる。


 黄色。

 白。

 淡い水色。


 いくつもの光が内部で渦を巻き、欠けていた幾何学模様が一瞬で繋がっていく。


 ひび割れていた線が修復される。

 途切れていた術式が再構成される。

 鈍かった光は、展開前よりも強くなった。

 車内が明るく照らされる。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 アスミが珍しく慌てた声を出した。


「止めてください! もう大丈夫です! 満タンです!」


「えっ!? 止め方が分からないんですけど!?」


「手を離してください!」


「はい!」


 コハルは慌ててキューブから手を離した。


 キューブは、アスミの膝の上でふわふわと光っている。


 車内が、また沈黙した。

 全員が、コハルを見ていた。


「……え?」


 コハルは固まる。


「何ですか? 私、何か変なことしました?」


「変なことしかしてません」


 マナトが真顔で言った。


「ひどい!」


「いえ、事実です」


 アスミがキューブを両手で持ち、まじまじと確認する。


「……信じられない。一瞬で満タンになりました」


「満タン」


「はい。しかも修復完了。内部術式も安定。むしろ過充填気味です」


「過充填」


「普通は危ないんですが、この遺物が余剰魔力を内部圧縮しています。つまり、受け止められる範囲で限界まで入りました」


「つまり……?」


 コハルは恐る恐る聞く。


「めちゃくちゃ入りました」


「ざっくり!」


 レンマがキューブを覗き込む。


「ちなみに、普通ならどれくらいかかるの?」


「私なら、休み休みで三十分から一時間くらいです。魔石を使えば半日から一日」


「それをコハルちゃんは?」


「一秒未満です」


「……」


「……」


「……」


 また沈黙。

 コハルはじわじわ不安になってきた。


「あの……もしかして、壊しました?」


「いいえ。完璧です」


「完璧ならよかった……」


「よくないです」


 マナトが言った。


「よくないんですか!?」


「よくないというより、想定外です」


 マナトは真剣な顔でコハルを見る。


「コハルさん。体調は」


「えっと……普通です」


「だるさは」


「ないです」


「頭痛は」


「ないです」


「吐き気は」


「ないです」


「眠気は」


「それはちょっとあります」


「普段からですか」


「ひどい確認ですね」


「大事です」


 レンマが小さく笑う。


「顔色は悪くないね」


「はい。むしろ魔力を使った感じが全然ありません」


 アスミが観察するようにコハルを見る。


「普通、これだけの魔力を流したら、少しは疲れるんですけどねえ」


「私は、何もしてない感覚です。ちょっと念じただけで……」


 その瞬間、アスミが目を細めた。

 マナトは考え込む。

 レンマは、口元の笑みを消した。


「もしかして、コハルちゃんって……」


「はい」


 マナトが静かに続ける。


「魔力量が、他の勇者や賢者に比べて、桁違いに多いのかもしれません」


 桁違い。


 その言葉が、車内に落ちた。

 コハルは、すぐには意味を理解できなかった。


「……私が?」


「はい」


「いやいやいやいや。私は新米勇者ですよ? しかも戦闘もまだ全然で、すぐ慌てるし、男体化も勝手にするし、魔力の使い方も今初めて聞いたくらいで」


「それと魔力量は別です」


 マナトの声は冷静だった。


「才能や経験とは関係なく、器そのものが大きい可能性があります」


「器……」


「万能の心得(フルポテンシャル)は、ただ身体能力を最適化するだけのスキルではないのかもしれません」


 アスミも頷く。


「女神由来のスキルなら、単純な身体強化だけで終わる方が不自然ですしねえ」


「不自然なんですか」


「はい。女神って、だいたい説明不足なので」


「それは本当にそうです」


 コハルは即答した。

 その場の全員が、妙に納得した顔になる。

 女神への信頼が低い。


「ただ、これはまずいですね」


 アスミが言った。


「まずい?」


 コハルの背筋が冷える。


「はい。エリィナたちがコハルさんを欲しがる理由が、少し見えてきました」


 空気が、一気に冷えた。

 リンカとコハルの交換。

 あの言葉が、また戻ってくる。


「新米勇者の身体を、生きたまま差し出せ」


 レンマが低く呟いた。


「つまり、能力だけじゃなくて、魔力の器ごと欲しいってことかもね」


「……」


 コハルは何も言えなかった。


 さっきまで、自分も役に立てたと思っていた。

 でも、そのすぐ後に突きつけられる。

 役に立てる力があるということは、狙われる理由が増えるということでもある。


「コハルさん」


 マナトの声が静かに落ちる。


「怖がらせるつもりはありません。ただ、今後はあなた自身の魔力についても警戒します」


「……はい」


「敵が何を狙っているのか、まだ分かりません。ですが、あなたの身体を“生きたまま”欲しがっている以上、殺すことが目的ではない可能性が高い」


 殺すことが目的ではない。

 その言葉は、安心材料のようで、まったく安心できなかった。

 むしろ、別の怖さがある。


「だから、絶対渡さない」


 コハルが顔を上げると、レンマはまっすぐこちらを見ていた。


「リンカさんも助ける。コハルちゃんも渡さない。どっちもやる」


「……そんな簡単に」


「簡単じゃないよ」


 レンマは笑う。

 でも、目は笑っていなかった。


「だから勇者が集まってるんでしょ」


 マナトも頷いた。


「同感です。交換には応じません。応じるふりをすることはあっても、あなたを差し出す選択肢はありません」


「マナトさん……」


「絶対にありません」


 強い声だった。

 コハルの胸が詰まる。


 怖い。

 でも、守られるだけは嫌だ。

 その両方が、また胸の中でぶつかった。


 その時。


「……なら」


 リュウスケが静かに口を開いた。


「コハルさんは、練習した方がいい」


「練習?」


「魔力の出し入れ」


 リュウスケは無表情のまま続ける。


「使えるのに、使い方が分からないのが一番危険。出すだけじゃなくて、止める練習もした方がいい。止め方、分からなかったでしょ」


「はい……」


「敵に利用されたら危ない」


「……確かに」


 コハルは、自分の手を見る。

 さっき、ただ握っただけでキューブを満タンにした手。

 自分のものなのに、自分のものではないみたいだった。


「……練習、します」


 小さく言う。


「ちゃんと、自分の力と向き合います」


 その言葉に、マナトもレンマも表情を変えた。


 観覧車の中で言った言葉。

 守られるだけではいたくない。

 自分の力と向き合う。

 それが、今ここで現実になり始めていた。


「ただし」


 マナトが言う。


「無理はしない。一人でやらない。勝手に試さない。危険を感じたら止める。報告する。食事と睡眠を削らない」


「だんだん生活指導になってません?」


「必要です」


 レンマが笑った。


「じゃあ俺からも」


「レンマさんもですか」


「うん。怖くなったら、女神の涙を握って」


「……っ」


 コハルの顔が熱くなる。

 マナトの視線が、すっとレンマへ向いた。

 レンマは笑顔で続ける。


「俺がそばにいるって思って、落ち着いて」


「レンマさん」


 マナトの声が低い。


「今、それを言う必要ありましたか」


「あるよ。心理的安定は大事でしょ?」


「その言い方が問題です」


「どの言い方?」


「分かって言っていますよね」


「まあね」


「認めるんですか」


 コハルは両手で顔を覆いたくなった。


(やっぱり情報量が多い!!)


 カイリが小声で呟く。


「……すごい三角関係を間近で見ている気がします」


「カイリさん!!」


 コハルが叫ぶ。


「すみません!!」


 車内が騒がしくなる。

 だが、その騒がしさが、今はありがたかった。


 リンカを助けなければならない。

 自分は敵に狙われている。

 魔力量が桁違いかもしれない。


 怖いことは増えた。


 でも。

 ひとりではない。

 そう思えるだけで、少しだけ呼吸ができた。

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