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2-1話:恋敵と組むゲームほど、だいたい味方のはずなのに信用できない

 日曜日。


 昼前の喫茶店は、妙に静かだった。

 窓際の席には、柔らかい日差しが落ちている。


 店内には、コーヒーの香り。

 低い会話音。

 カップが皿に触れる、小さな音。

 いかにも、穏やかな休日の昼。


 ――なのに。


 その一角だけ、空気がまったく穏やかではなかった。


「二週間、お疲れ様でした」


 マナトは、背筋を伸ばしたまま言った。


「コハルさんを守っていただいて、ありがとうございます」


 丁寧。

 礼儀正しい。

 言葉だけなら、完璧な感謝だった。

 ただし、目が笑っていない。


 向かいに座るレンマは、それを見て口元を緩めた。


「いや、俺も楽しかったよ」


「でしょうね」


 即答だった。


「ん?」


 レンマが首を傾げる。


「何か怒ってる?」


「怒ってはいません」


「うん。怒ってる人の言い方だね」


「コハルさんに、近づきすぎです」


 マナトは、コーヒーにも手をつけずに言った。


 レンマは一度瞬きをする。

 それから、困ったように笑った。


「仕事内容に“近づくな”っていう指示は受けてないからね」


「……」


「睨まないでよ」


「俺が気になっている相手というのは、分かっていたはずです」


 静かな声。

 けれど、そこには明確な棘があった。


「俺が不在中に仲良くなるのは、ずるいと思いますが」


 レンマは黙った。

 そして、コーヒーカップを指先でゆっくり回しながら言う。


「そっか」


「……」


「でも俺からすると、マナトの方がずるいと思うけどな」


「何がですか」


「世話役っていう大義名分があって、最初から距離が近かったわけでしょ?」


 レンマは軽く肩をすくめる。


「食材用意して、電話して、体調確認して、心配して。しかも全部“必要だから”で通せる」


「必要なことでした」


「うん。だからずるいって言ってる」


 マナトの眉が、わずかに動いた。


「俺は護衛として近くにいただけだよ」


「……」


「マナトは、最初から“コハルちゃんの生活に入り込む役”だった。フェアじゃないでしょ」


「……分かりました」


 マナトは低く言った。


「引く気はないということですね」


「電話でも言ったとおりだよ」


 レンマは笑った。


「決めるのはコハルちゃんなんだし、俺だって仲良くなるくらいはいいよね」


「……」


 静かな火花が散った。


 派手に怒鳴るわけではない。

 机を叩くわけでもない。

 ただ、空気だけがじわじわ熱い。


 近くの席の客が、なんとなくこちらを見た。

 そして、すぐ目を逸らした。

 関わらない方がいい空気だった。


「……契約完了の書類です」


 マナトは、鞄から書類を取り出した。


「ここに署名をお願いします」


「あいよ」


 レンマはさらさらと署名する。

 契約上は、これで終わり。

 二週間の護衛依頼は完了。

 仕事としての関係は、ここで一区切り。


 だが。


 明らかに終わっていないものがあった。


「……それと」


 マナトは領収書の束を見て、眉間に皺を寄せた。


「経費、かかりすぎなんですが」


「そう?」


「なんでこんなに外食しているんですか」


「いいでしょ。俺の人件費、一日千円だよ?」


「それは別に、もっときちんとした金額設定でも問題なかったのですが」


「じゃあいいじゃん」


「よくありません」


 マナトは領収書を一枚ずつ確認する。


「焼肉。イタリアン。定食。カフェ。遊園地。軽食。土産。修繕関連は分かります。食事も状況確認を兼ねていたなら理解はします。でも、これは……」


「デートっぽい?」


「限りなくそれに近いですよね」


「コハルちゃんも楽しんでたから」


 レンマは悪びれもせずに言う。


「それに、護衛する人間とは信頼関係を築いていた方がいいでしょ?」


「……」


 マナトの手が止まった。


 正論。

 いや、正論ではない。

 正論っぽく聞こえるだけだ。

 でも、反論しづらい。


「問題あった?」


「……まあ、いいです」


 よくはない。

 かなりよくない。


 なぜなら、その領収書一枚一枚に、マナトの知らない時間があるからだ。


 自分が電話越しに声を聞いていた間。


 レンマは隣にいた。

 コハルが怖がった時。

 レンマは目の前にいた。

 コハルが笑った時。

 レンマは、その顔を直接見ていた。


(……距離の差が、ある)


 自分の方が先にコハルと出会った。

 自分の方が先に、彼女を気にかけた。


 けれど、この二週間で。

 レンマは、自分よりも長く、コハルのそばにいた。

 その事実が、胸の奥でじわじわ広がる。


「マナト」


「何ですか」


「怖い顔してるよ」


「していません」


「してるしてる」


「していません」


「コハルちゃんの前でもその顔するの?」


「しません」


「じゃあ俺にもやめてよ」


「嫌です」


「素直だなあ」


 レンマは笑った。

 その笑顔に、マナトはさらに腹が立った。 


 軽い。

 余裕がある。

 でも、全部分かっている。

 それが余計に腹立たしい。


「では、これで」


 マナトは書類をしまい、立ち上がる。


「うん。お疲れ」


「お疲れ様でした」


 それぞれ別方向に歩き出した、はずだった。


 だが、数分後。

 二人の足は、なぜか同じ方向へ向かっていた。


(負けません)と、マナト。


(さて、どう出るかな)と、レンマ。


 どちらも、まったく引く気はなかった。


          ◇


 その頃。

 コハルは、自宅でゲームをしていた。


 ソファの前のローテーブル。

 テレビ画面。

 手元にはコントローラー。

 画面には、派手な銃撃戦が映っている。


『SCRAMBLE・ARENA』


 チーム戦のサバイバルFPS。

 三人一組でマップに降下し、武器を拾い、敵チームを倒しながら最後の一組を目指すゲームだ。


「……久しぶりだけど、やっぱり楽しいな」


 コハルは呟いた。


 最近は、異世界だの、男体化だの、賞金首だの、襲撃だので、とてもゲームどころではなかった。


 だが今日は、平和だった。


 カイリが張ってくれた結界は、部屋全体を包んでいる。

 窓も玄関も、水回りも、換気口も、全部きっちり守られている。


 そのおかげで、久しぶりに気が抜けた。

 そして気が抜けた結果、ゲームを起動した。


 普通の休日。

 それだけで、かなりありがたい。


「……あ、足音」


 画面の中で、敵が接近している。

 コハルは無言で視点を動かす。


 一人目。

 撃破。


 二人目。

 横から来たので、壁を使って回避して撃破。


 三人目。

 回復しようとしていたので、グレネードで追い出して撃破。


 部隊壊滅。


「よし」


 淡々としていた。

 本人としては、普通に遊んでいるだけだった。


 その時。

 ピンポーン。


「あ、はーい」


 コハルは一度ゲームを中断し、玄関へ向かった。


 ドアスコープを確認する。

 マナトとレンマがいた。


「……二人?」


 嫌な予感というほどではない。

 だが、平和な休日にしては情報量が多い。


 コハルは鍵を開けた。


「こんにちは」


「こんにちは、コハルさん」


「やっほー、コハルちゃん」


 二人が並んでいる。

 笑顔。

 ただし、空気が重い。


「えっと……どうしました?」


「契約は完了したよ」


 レンマが軽く言う。


「これで、俺のコハルちゃんの護衛は終わり」


「俺の、ではありません」


 即座にマナトが訂正した。


「問題ありません。今後は俺が守ります」


「仕事としては終わったけど、今後も心配だから遊びに来るからね」


「……」


 マナトの沈黙が重い。

 レンマは笑顔。


 コハルは固まった。


(見えない火花が……見える気がする……)


 なぜか、玄関先で空気がバチバチしている。


「そ、そうだったんですね。お二人ともお疲れ様でした。とりあえず、入りますか?」


「はい」


「お邪魔しまーす」


 二人が部屋に入る。

 そして、すぐにレンマがテレビ画面を見た。


「あれ? コハルちゃん、ゲームやる人なんだ」


「あ、はい。たまにですけど」


「SCRAMBLE・ARENAじゃん! 俺もやるよ、けっこう」


 レンマの声が明るくなる。

 すかさず、マナトが言った。


「俺もやります。めっちゃ」


 めっちゃ。


 マナトの口から出るには、少し珍しい言葉だった。

 レンマが横目で見る。


「へえ。マナトもやるんだ」


「やります」


「意外だね」


「意外ですか?」


「真面目に攻略サイト読んでそう」


「読んでいます」


「読んでるんだ」


「当然です。勝率を上げるには情報収集が必要なので」


「ゲームでも真面目だなあ」


 コハルは笑った。


「そうだったんですね。私、一緒にやる友達とか特にいなくて、ずっとソロ専だったんですけど……」


 言ってから、少し恥ずかしくなる。


「よかったら、一緒にやりますか?」


 その瞬間。

 二人の空気が変わった。


「そうだね! 今夜、一緒にボイチャしながらやろうよ!」


「分かりました。俺もやります」


 レンマが、マナトを見る。

 目が言っている。


 ――マナトは呼んでない。

 マナトは気づいている。


 しかし、華麗にスルーした。


「三人チームなら、ちょうどいいですね」


「……そうだね」


「はい」


「……」


 コハルは、また空気を察した。


(これ、ゲームして大丈夫かな……?)


 でも。

 久しぶりに、誰かとゲームができる。


 その事実は、嬉しかった。


          ◇


 そして、その夜。


『聞こえてますか?』


 コハルの声が、ボイスチャットに入った。


『聞こえてるよー』


『問題ありません』


 画面の中で、三人のキャラクターがロビーに並ぶ。


 レンマのキャラは、ウィリアム。

 機動力重視のアタッカー。


 マナトのキャラは、ジョシュア。

 回復と索敵支援ができる中距離型。


 そしてコハルは、アシェル。

 特に強くはない。

 どちらかといえば、ネタキャラとして愛されているキャラクターである。


『コハルちゃん、アシェル使いなの?』


『はい』


『どうして?』


『アシェルが、一番カッコいいからですかね?』


(一番カッコいい……ね)


(なるほど……)


 確かに、アシェルは東洋系の整った顔立ちをしている男キャラだ。

 目元は涼しげで、落ち着いた大人の雰囲気がある。

 性能はともかく、女性人気は高い。


(よし。レンマさんよりは、俺の方が絶対アシェル寄りの見た目だな)


(今絶対マナト、自分の方がアシェルっぽいって思ったな)


 二人が急に無言になった。

 コハルは戸惑う。


『えっと……始めますね?』


『うん』


『はい』


 マッチ開始。

 三人はマップに降下する。


『ここ敵いますね』


 コハルが言う。


『え、早くない?』


『足音ですか?』


『いえ、降り方と影で。多分、右の建物に二部隊います』


『……』


『……』


 開始十秒で、二人は黙った。

 そして、戦闘開始。


『俺、前出るね』


 レンマが突っ込む。

 速い。

 さすが、ゲームでも動きが軽い。


 だが。


『あ、左から来てます』


 コハルが横から敵を抜く。

 一人撃破。


『右の屋上にもいます』


 二人目撃破。


『下に逃げました。追います』


 三人目撃破。

 部隊壊滅。


『……』


『……』


『次、移動しましょう』


 コハルは淡々としている。

 レンマは笑った。


『コハルちゃん、強いね』


『いえ、たまたまです』


 もちろん、たまたまではない。

 たまたまなはずがない。


 次の戦闘。

 マナトが索敵を入れる前に、コハルが言った。


『あ、足音します。三人。たぶんキャロラインとアネッサと、ネイサン辺りですね』


『まだ見えてませんよね?』


『足音でなんとなく』


『足音でなんとなく……』


 マナトが小さく復唱した。


 キャラには、それぞれ足音が異なるという隠し要素がある。

 だが、このゲームには五十体以上のキャラクターがいる。

 即ち、その足音を聞き分けているということ。普通に、尋常ではない。


 敵が出てくる。

 コハルの予想通りだった。


『キャロライン残ると厄介なので先に落としますね』


 コハルが撃つ。

 キャロライン撃破。


『アネッサ逃げます。右です』


 撃破。


『ネイサン硬いですね。グレ投げます』


 撃破。

 また部隊壊滅。


『……コハルちゃん』


『はい?』


『本当にソロ専?』


『はい』


『ランクは?』


『最近やってないので下がってますけど、昔は一番上の手前くらいまで……』


『それ、かなり上手い人の発言です』


『そうなんですか?』


 マナトが静かに言う。


『そうです』


 コハルは困った。


(あれ……?)


 そして気づく。


(この二人、強いけど……多分、私の方が強いなこれ……)


 困った。

 非常に困った。

 二人とも、たぶんカッコいいところを見せたい。


 いや、たぶんではない。

 絶対に見せたい。

 なのに、自分が全部倒している。


(どうしよう……)


 しかも、二人の空気がまだ若干悪い。


 レンマが前に出れば、マナトが即座にカバーする。

 マナトが指示を出せば、レンマが微妙に違う角度から動く。


 協力はしている。

 しているのだが、妙に張り合っている。


(これ……私が弱いふりした方がいい?)


 コハルは悩んだ。

 そして、決意する。


(よし。ちょっとだけ弱いふりしよう)


 次の戦闘。


『あっ、敵です! どうしましょう!』


 棒読みになった。

 自分でも分かるくらい棒読みだった。


『コハルちゃん?』


『コハルさん?』


『え、えっと、私ちょっと回復してますね!』


 本当は体力満タンだった。

 しかし、そこへ敵が突っ込んでくる。

 マナトが前に出る。


『俺が止めます』


 いい声だった。

 そして、三秒後。


『すみません。ダウンしました』


『マナトさん!?』


 コハルの指が勝手に動いた。

 回復中のふりをしていたはずなのに、気づけば飛び出していた。


 敵一人撃破。

 蘇生阻止に来た敵を撃破。

 高台から撃ってきた敵を狙撃。


『大丈夫ですか? 今起こしますね』


『……ありがとうございます』


 マナトの声が悔しそうだった。


 次。


 レンマが敵二人に追われる。


『あ、ちょっとまずいかも』


『レンマさん、こっちです!』


 コハルは即座に遮蔽物へ移動。

 敵の射線を切る。

 グレネードで足止め。

 横から回り込んで撃破。


『大丈夫ですか? こっちに敵がいますし。あ、私の武器使いますか? シールドと弾もさっき回収してます』


『あ、ありがとう……』


 レンマが、ぎこちなく受け取る。

 明らかにキャリーされている。


 暴風の勇者が。

 ゲームで。

 コハルに。


『足音しますね。近いですね。マナトさん、スキャンできますか?』


『はい……!』


 マナトが索敵スキルを使う。

 敵の輪郭が、壁越しに表示された。


『うーん、またキャロラインとアネッサがいましたね。このコンビ相性いいから、最近使ってる人多くて。キャロライン追いましょうか』


 淡々と分析するコハル。

 二人は黙る。

 その後も、コハルの勢いは止まらなかった。


 撃つ。

 避ける。

 拾う。

 渡す。

 助ける。

 倒す。


 マナトがダウンすれば、即フォロー。

 レンマが囲まれれば、即救出。


 二人が物資不足になれば、いつの間にか全部拾って渡す。


『マナトさん、こっちの回復使ってください』


『レンマさん、その武器ならこっちのアタッチメントの方がいいです』


『あ、敵います。先に落とします』


『大丈夫です。私が見てます』


 完全に司令塔。

 完全にエース。

 完全にキャリー。


 そして最終盤。


『ラスト一部隊ですね』


 コハルが静かに言う。


『ここで勝てばチャンピオンです』


『よし、ここは俺が――』


『俺が先に――』


 二人が同時に言った瞬間。


『あ、敵見えました』


 コハルが撃った。

 一人撃破。


『詰めます』


 二人目撃破。


『最後、裏取ってますね』


 三人目撃破。

 画面に大きく表示される。


 ――CHAMPION。


『あ、チャンピオンですね!』


 コハルは嬉しそうに笑った。


『お二人とも、ありがとうございます!』


『……』


『……』


 レンマもマナトも、何も言えなかった。


 活躍したかった。

 かっこいいところを見せたかった。

 守る側でいたかった。


 なのに。


 守られていた。

 助けられていた。

 物資まで支給されていた。


(コハルちゃん、すげえ……)


(コハルさん、すごすぎる……)


 二人は、ほぼ同時にそう思った。


 悔しい。

 かなり悔しい。


 でも。

 それ以上に。


 惚れ直した。


『コハルちゃん』


『はい?』


『次もやろう』


『はい!』


『次は俺も、もう少し動けるようにします』


 マナトが真面目に言う。


『え、二人とも普通に強かったですよ?』


『……』


『……』


 そのフォローが、一番刺さった。

 レンマは笑った。


『マナト』


『何ですか』


『練習する?』


『します』


『だよね』


 コハルは不思議そうに首を傾げた。


『え、練習するんですか?』


『するよ』


『します』


 二人の声が、初めて綺麗に揃った。


 恋敵。

 護衛。

 勇者。


 遠くと近く。

 色々な立場がある。

 けれど、この瞬間だけは。


 共通の目標ができていた。


 ――次こそ、コハルにキャリーされすぎない。


 あまりにも情けない目標だった。

 だが、本人たちはかなり本気だった。

 コハルは画面を見ながら、小さく笑う。


『……なんか、楽しいですね』


 その一言に。


 レンマも。

 マナトも。

 黙った。


 そして、同じように思った。

 この時間を、もう少し続けたい。


 戦いが終わって。

 契約も終わって。

 日常に戻ったはずなのに。


 ただし。

 平和な日常ほど、だいたい長くは続かない。

2章も引き続き読んで貰えると嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

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