表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/56

1-46話:観覧車の前で手を取られた時点で、だいたい恋の空気は止まらない

 よく晴れた翌日。


 遊園地の入口前で、レンマは空を見上げた。

 昨日と同じくらい、穏やかな空だった。


 けれど昨日とは違う。

 今日は、護衛ではない。

 いや、護衛ではある。


 あるのだけれど。


(……遊びに来た、ってことにしていいよね)


 レンマは口元を緩めた。


 隣では、コハルが入場ゲートの向こうを見ながら、どこか落ち着かない様子で立っている。

 そのさらに横で、カイリが妙に背筋を伸ばしていた。


「大人になってからこういうところ来たことなくてさ、ちょっと童心に返るよね~」


 レンマが軽く言うと、コハルが小さく頷いた。


「そうですね、私もかなり久々に来ました」


「だよね。なんか、入口の音楽だけでちょっと楽しい」


「分かります」


 コハルが笑う。


 その顔を見て、レンマは胸の奥が温かくなる。


 昨日とは違う笑顔。

 緊張はある。

 でも、怖がってはいない。

 それだけで、来てよかったと思った。


「そういえばカイリくんはレポート終わったの?」


 レンマが何気なく聞く。

 カイリの肩が、びくっと跳ねた。


「は、はい!! もちろんでしゅ」


「噛んだ!?」


「……噛みました」


「今、明らかに動揺したよね?」


「してません!!」


「してる声量だよ」


「してません!!」


 コハルが困ったように笑った。


「カイリさん、本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫です!! 今日は全力で楽しみます!!」


「レポートは?」


「……楽しみます!!」


「答えになってないねえ」


 レンマは笑った。

 でも、あえてそれ以上は突っ込まなかった。


 カイリはたぶん、今日も何かしら無理をしている。

 けれど、その無理の方向があまりにも分かりやすい。


(……気を遣ってるんだろうな)


 ありがたい。

 ありがたいが。

 申し訳ない。

 そして、少し面白い。


          ◇


 最初に乗ったのは、コーヒーカップだった。


「まずは軽めにいこうか」


 レンマがそう言った時点では、確かに軽めのつもりだった。


 丸いカップに三人で乗り込む。

 中央には、回転用のハンドル。

 カイリはすでに緊張した顔をしている。


「カイリくん、これくらいは大丈夫でしょ?」


「大丈夫です!! 子ども向けですから!!」


「そういうこと言うと、だいたいフラグだよ」


「フラグではありません!!」


 開始のベルが鳴る。

 ゆっくりとカップが回り始めた。


「わ……」


 コハルが目を丸くする。


 最初は、ゆるやかだった。

 ふわっと視界が揺れるくらい。

 風が頬に当たって、音楽が遠くから聞こえてくる。


「おもしろいですね」


「でしょ?」


 コハルが、そっと中央のハンドルに手を置いた。


 そして。

 ぐるり。

 回した。


「ぎゃああああ!! 遠心力!!! 圧倒的な遠心力がぁ!!!」


 カイリが叫んだ。


「ちょ!? カイリくん大丈夫!?」


「だ、大丈夫です!! まだ!! まだ俺は!!」


「おもしろいですねえ!! あはははは!!」


 コハルが笑った。

 普段よりずっと明るい声。

 遠慮のない笑い声。


 それを聞いた瞬間、レンマは言葉を忘れた。


(……こういう顔もするんだ)


 コハルは、さらにハンドルを回した。


 ぐるぐる。

 ぐるぐる。

 景色が溶ける。

 空も、柵も、隣のカップも、全部が円になって流れていく。


「ちょ! コハルちゃん鬼だな!!」


「え、カイリさん気持ち悪いですか!?」


「だ、大丈夫です……」


「声が大丈夫じゃないよ!?」


「大丈夫です……俺は……学生なので……」


「学生関係ある?」


「あります……若さで……耐えます……」


 カイリは顔を白くしながら、必死に前を見ていた。

 コハルは慌ててハンドルから手を離す。


「す、すみません! 楽しくてつい……」


「いや、いいと思うよ」


 レンマは笑った。


「今のコハルちゃん、すごく楽しそうだった」


「えっ」


 コハルの顔が赤くなる。


「そ、そうですか?」


「うん」


 言いながら、レンマは思う。


 昨日の夜。

 胸元の石を握って、動揺していたかもしれないコハル。


 今は、コーヒーカップで笑っている。

 たったそれだけのことが、妙に嬉しい。


          ◇


 次は、ジェットコースターだった。


「これはどうする? 無理なら――」


「乗りたいです」


 コハルの返事は早かった。

 しかも、目が輝いている。


「コハルちゃん、絶叫系いけるタイプ?」


「たぶん、好きです」


「たぶんなんだ」


「久しぶりなので」


「俺も乗れます!!」


 カイリが言った。


 すでに声が震えている。


「本当に?」


「大丈夫です!! 若いので!!」


「また若さで乗り切ろうとしてる」


 列に並び、順番が来る。

 安全バーが降りる。

 カタカタと音を立てながら、ゆっくり上がっていく。


 頂上。

 一瞬だけ、空が近くなる。


 そして――落ちた。


「きゃははは!」


 コハルの声が、風に混ざった。

 心から楽しそうな声だった。

 レンマは隣で、思わず笑う。


 怖さよりも、その声の方が強かった。


 楽しそうで。

 無防備で。

 ただ、今この瞬間を楽しんでいる。


(……いいな)


 そう思った。

 守りたい、ではなく。

 この顔をもっと見たい。


 その方が、今は近かった。


 一方で。


「…………」


 後ろの席のカイリは、真っ青だった。

 降りたあと、しばらく無言だった。


「カイリくん?」


「……地面って、いいですね」


「だいぶやられてるね」


「地面は裏切りません……」


「乗り物に何かされたみたいに言わないで」


 コハルが心配そうに覗き込む。


「大丈夫ですか?」


「はい……月岡さんが楽しそうだったので、俺は満足です……」


「それ、大丈夫じゃない人の言い方ですよ」


          ◇


 その後、コハルが見つけたのはバイキングだった。

 大きな船が、左右に振れる。

 見上げるだけで、カイリの顔色がさらに悪くなった。


「端っこ乗りましょう!」


 コハルが目をきらきらさせて言った。


「え!? 月岡さんマジですか!」


「バイキングは端っこじゃないと楽しめないですよ!」


「ちょ!! えええ!!?」


「大丈夫です、たぶん楽しいです!」


「たぶん!? そのたぶんに命を預けるんですか!?」


「命までは取られませんよ」


「心は取られます!!」


「無理なら真ん中でもいいですよ?」


「いえ!! 護衛として最後まで付き合います!!」


「よし! じゃあ行きましょう!!」


 コハルに引っ張られるように、カイリが端の席へ連れていかれる。

 レンマはその二人を見ながら、くすくす笑った。


(コハルちゃん、意外と容赦ないな)


 船が揺れる。

 最初は小さく。

 だんだん大きく。

 空に向かって上がるたび、コハルは楽しそうに笑った。


「わあ……!」


 反対側へ落ちる。


「きゃあっ、すごい!」


「月岡さん!? すごいじゃなくて怖いです!!」


「でも楽しいです!」


「楽しいと怖いが同時に存在しています!!」


 レンマは笑いながら、横目でコハルを見る。


 髪が風で揺れる。

 目が輝いている。

 胸元には、見えないけれど、きっとあの石がある。


 勇気を出して残したもの。


 今日、形を変えて、ここに繋がっている気がした。


          ◇


 バイキングを降りたあと。

 カイリはベンチに座り込んだ。


「き、気持ち悪いですぅ……」


「大丈夫ですか!? 私がはしゃぎ過ぎたから……」


 コハルが慌てる。

 カイリは首を振った。


「いえ、月岡さんのせいじゃないです。俺の今日のコンディションが悪かったせいで……」


「コンディション?」


「実は、レポート終わってなくて……そのことを考えたら、いろいろ思い詰めてしまって、グロッキーに」


「終わってないんかいっ!!」


 コハルが思わず突っ込んだ。

 レンマも吹き出す。


「カイリくん、昨日終わらせてねって言ったよね?」


「言われました!!」


「終わらせたとは?」


「終わらせようとはしました!!」


「努力目標だったんだ」


「はい!!」


「胸張らないで」


 カイリはゆっくり立ち上がった。


「俺はもう帰ります」


「ええ!? 大丈夫ですか?」


「大丈夫です。帰って、レポートと向き合います」


「最初から向き合っておけば……」


「それは言わないでください!!」


 そして、カイリは急に真面目な顔になった。


「あとは二人で楽しんでください!!」


「えええ!??」


 コハルが驚く。

 レンマは目を細めた。

 カイリがこちらを見る。


 意味深なアイコンタクト。

 全力の気遣い。


(カイリくん……気を遣いすぎだよ)


 ありがたい。

 ありがたいが。

 その気遣いが露骨すぎる。


「それでは!!」


 カイリは勢いよく頭を下げた。

 そのまま出口方向へ走っていく。


「本当に帰っちゃいました……」


「行っちゃったね」


「行っちゃいましたね」


 二人の間に、沈黙が落ちる。

 さっきまでの騒がしさが消えて、急に遊園地の音が遠くなる。


 笑い声。

 アナウンス。

 乗り物の機械音。


 その中で、二人きりになったことだけが、やけにはっきりした。


 その時、コハルが足を止めた。


「あ」


「ん?」


「これ、ちょっとやりたいです」


 視線の先にあったのは、射的屋だった。

 コルク銃で景品を狙う、昔ながらの屋台。


「いいよ」


 レンマは笑う。


「かっこいいところ見せて」


「え、かっこいいところ……?」


「うん。期待してる」


「そんなに上手くないと思いますけど……」


 コハルはそう言いながら、銃を受け取った。


 その瞬間。

 空気が、変わった。


「えっ……」


 レンマは思わず息を止めた。


 コハルの姿勢が、すっと整う。

 肩の力が抜ける。

 視線が鋭くなる。

 指先が、迷わない。


(なに今の、コハルちゃんかっこいい……)


 万能の心得(フルポテンシャル)


 完全発動ではない。けれど、その片鱗だけが、ほんの一瞬だけ指先に宿った。


 コハルは、静かに狙いを定めた。


 軽い音。

 コルク弾が飛ぶ。


 棚の上にあったキャラクターのストラップが、綺麗に撃ち抜かれて落ちた。


「おめでとうございます!」


 店員が明るく声を上げる。


「あ、当たりました……」


 コハル自身が驚いている。

 商品を受け取ったコハルが振り向く。


 レンマは黙った。


「コハルちゃん」


「なんですか?」


「これ、俺がもらってもいい?」


「え?」


 コハルが目を丸くする。

 レンマは、ストラップを指さした。


「さっきの、めっちゃかっこよかった」


「えっ」


「コハルちゃんからのプレゼント、これがいい」


「これ、ですか?」


「うん」


 レンマは笑う。

 でも、声は真剣だった。


「今日を思い出せるから」


「……」


 コハルの顔が、ゆっくり赤くなる。

 その反応を見て、レンマの胸も跳ねた。


(また言った)


 でも、後悔はしない。

 このくらいは、言わないと残らない。


「……もちろん、どうぞ」


 コハルは、両手でストラップを差し出した。


「あの……変なのじゃなくて、普通にかわいいやつですけど」


「いいよ。これがいい」


 レンマは受け取る。


 小さなストラップ。

 軽い。

 安っぽい。


 でも、さっきのコハルの横顔ごと、そこに残った気がした。


「ありがとう」


「……はい」


          ◇


 気づけば、空は夕暮れに染まり始めていた。


 昼の明るさがやわらぎ、遊園地の灯りがぽつぽつと目立ち始める。

 楽しい時間ほど、終わりの気配が早い。


 レンマは、ストラップをポケットにしまう。


 それから、遠くに見える観覧車を見た。

 ゆっくり回っている。

 夕焼けを背に、丸い影が空に浮かんでいる。


「俺、最後にあれ乗りたい」


 コハルが視線を追う。


「観覧車……ですか?」


「うん」


「えっ……」


 コハルの声が揺れた。

 ドキリとしたのが、表情で分かる。


 レンマは気づかないふりをした。


「高いところ好きなんだよね、俺」


 軽く言う。

 いつも通りに。

 何でもないみたいに。

 本当は、何でもなくない。


 夕暮れ。

 二人きり。

 観覧車。

 さすがに意味がありすぎる。


(……分かってて誘ってるんだけどね)


 でも、顔には出さない。

 出したら、コハルが逃げるかもしれない。


 だから、笑う。


「無理なら別のでもいいよ」


「い、いえ……大丈夫です」


「そっか」


 二人は観覧車へ向かって歩き出した。


 夕暮れの中。

 人混みが減っていく。

 子どもの声。

 カップルの笑い声。

 遠くの音楽。


 全部が、柔らかく聞こえる。


 コハルは、隣を歩いている。

 昨日より近い。

 でも、まだ遠い。

 レンマはそれを感じながら、歩幅を合わせた。


(……今日くらいは)


 そう思った。

 今日くらいは、もう少しだけ近づいてもいい。


 観覧車乗り場が見えてくる。

 列はそれほど長くない。


 あと少し。

 あと少しで、二人きりの箱に乗る。


 その手前だった。


「――コハルさん」


 聞き覚えのある声がした。


 低くて、落ち着いていて。

 けれど、今日は息が乱れている声。


 コハルの手が、横からそっと取られた。


「えっ――」


 コハルが振り向く。

 レンマも、足を止めた。


 そこにいたのは。

 紛れもなく、マナトだった。


「……マナトさん?」


 コハルの声が、震える。


 驚きと、安堵と、戸惑いが混ざっている。


 マナトは、コハルの手を離さなかった。

 その目はまっすぐで。

 いつもの冷静さを残しているのに、どこか余裕がなかった。


「すみません」


 マナトは短く息を吐いた。


「予定より早く戻りました」


 レンマは、数秒だけ黙った。

 それから、小さく笑った。

 笑うしかなかった。


(……そう来るか)


 ポケットの中で、コハルからもらったストラップが小さく揺れた。


 夕暮れの観覧車の前。


 近くにいた男と。

 遠くから戻ってきた男。


 その間で、コハルは声を失っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ