表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/53

1-33話:顔合わせが平和に終わる時点で、だいたい嵐の前である

 夕方の駅前は、いつも通り人であふれていた。


 仕事帰りの人。

 買い物袋を下げた人。

 誰かを待つ人。


 その中で、コハルは落ち着かない気持ちでスマホを握っていた。


 レンマから届いたメッセージ。


『今日は護衛体制の打ち合わせをしたいから、仕事終わったら迎えに行くね。新しいサポートの子も紹介するよ』


 新しいサポートの子。


(……子?)


 その言い方が妙に気になった。


 ほどなくして、駅前のロータリーにレンマが現れた。

 その隣に、知らない青年が立っている。

 黒髪で、背筋がまっすぐで、表情が明るい。


 若い。

 かなり若い。


「コハルちゃん、お疲れ」


「あ、お疲れ様です」


 コハルが頭を下げると、隣の青年も勢いよく頭を下げた。


「お疲れ様です!」


「わっ」


 思わず肩が跳ねた。

 青年はすぐに口を閉じる。

 何かを思い出したように、一度咳払いをした。


「……お疲れ様です」


(元気だなぁ……)


 控えめにしているのは分かる。

 でも、隠しきれていない。


「とりあえず場所移動しよっか。予約してあるから」


「予約?」


 コハルは嫌な予感がした。


 そして、数分後。

 その予感は当たった。


 案内されたのは、駅前から少し離れた個室のイタリアンレストランだった。


 落ち着いた照明。

 きれいなテーブルクロス。

 壁にはよく分からないけれど高そうな絵。

 店員の声がやけに丁寧。


 コハルは入口の時点で足を止めた。


「え、また高くないですか?」


「打ち合わせにはちょうどいいでしょ」


「そうかもですけど……」


「個室だし、話もしやすいし」


「それは分かりますけど、前回からお店の基準がおかしくないですか?」


「慣れよう」


「慣れたくないです」


 レンマは楽しそうに笑った。


 個室に通され、三人は席に着いた。

 コハルはメニューを見た瞬間、そっと閉じた。


「見なかったことにしていいですか」


「駄目」


「パスタが、私の知ってるパスタの値段じゃないです」


「大丈夫。ちゃんとパスタだよ」


「そういう問題じゃないです」


 レンマはメニューを開きながら、隣の青年へ視線を向ける。


「ほら、この子が話してた子。自己紹介して」


 青年は背筋を伸ばした。


「天川カイリと申します。一級賢者です。これから、よろしくお願いします」


 レンマの言いつけを守っているのだろう。

 声はさっきより抑えめだった。


 それでも、コハルには十分に元気だった。


「月岡コハルです。よろしくお願いします……」


 コハルも慌てて頭を下げる。


 一級賢者。

 賢者。

 しかも一級。


 言葉の意味は分かるようで、分からない。

 ただ、すごそうだということだけは分かった。


「二人とも好きなの頼んでね。経費だから」


「出た、経費」


 コハルは思わず言った。

 レンマが吹き出す。


「出たって何」


「レンマさんが言うと、だいたい怖い言葉です」


「便利な言葉なのに」


「便利に使いすぎなんです」


 カイリはそのやり取りを、きらきらした目で見ていた。


「お二人は仲が良いんですね」


「え」


 コハルの動きが止まった。

 レンマはにこにこしている。


「そう見える?」


「はい!」


「違います」


 コハルは即答した。


「仕事です。護衛です。打ち合わせです」


「なるほど。業務上の信頼関係ですね」


「そうです。それです」


「月岡さんは説明が丁寧ですね!」


「いえ、そんな……」


 勢いに押されて、コハルは困った顔をした。


 明るい。

 悪い人ではなさそう。

 むしろかなり良い人そう。

 ただ、情報量が多い。


「なんか、めっちゃお若い……ですよね、カイリさん」


「二十歳の大学生です」


「大学生……」


「はい」


「学校は大丈夫なんですか?」


「はい。春休みですから」


「なるほど」


「まあ、今週で終わりですが」


「終わるんかいっ!」


 反射的に突っ込んでしまった。

 カイリはどこか嬉しそうにした。


「来週はお休みしますから!」


「春休み明け初っ端休むのって、あんまり良くないのでは……?」


「仕事ですから」


「強い……」


 コハルは小さく呟いた。

 レンマが笑う。


「カイリくん、仕事しすぎで留年してるらしいよ」


「えっ」


「はい!」


「はいじゃないです」


 コハルは思わず真顔になった。


「いや、すみません。私が言うことじゃないんですけど、大学はちゃんと行った方がいいと思います」


「ごもっともです!」


「ごもっともなのに休むんですか?」


「今回は重要任務ですので!」


「説得力があるようで、学生としては不安しかないです」


「月岡さんは優しいですね!」


「今の流れでそうなります?」


 コハルは混乱した。

 この人、明るい。

 素直。


 でも、微妙に話が通じているようで通じていない。


 レンマがメニューを指さす。


「まあまあ。先に注文しよ。コハルちゃん、苦手なものある?」


「いえ、特には……あ、でも高すぎるものは苦手です」


「食材の話じゃないね」


「精神的に苦手です」


「じゃあ、コースにしようか」


「今、逃げ道塞ぎました?」


「打ち合わせに集中できるでしょ」


「またそうやって」


 結局、レンマが店員を呼び、三人分のコースを注文した。

 コハルは最後まで値段を見ないようにした。


 店員が出ていったあと、空気が落ち着いた。


 レンマは水を一口飲んでから、声を低くする。


「じゃあ、改めて。カイリくんは今日から護衛サポートに入る」


 カイリの表情が変わった。

 さっきまでの明るさが、すっと引く。

 消えたわけではない。

 ただ、きちんと奥へしまわれた感じだった。


「主な担当は結界術による防御、周辺警戒、転移対策です」


「転移対策……」


 コハルはその言葉に、手を止めた。

 レンマが静かに続ける。


「昨日、コハルちゃんの周辺を見てた不審者がいた」


「……やっぱり」


 コハルは小さく言った。


「レンマさん、昨日何かあったんですよね」


「うん」


 今度は誤魔化さなかった。


「怖がらせると思って、その場では言わなかった。ごめん」


「……いえ」


 コハルは首を横に振った。


「レンマさんが確認しに戻ってきた時点で、何かあるんだろうなとは思ってました」


「そっか」


「はい」


 胸の奥が冷える。


 でも、想像していたからか、思ったよりは落ち着いていた。

 レンマは言葉を選びながら説明した。


 焼肉店の外から視線があったこと。

 帰宅確認後、レンマが接触したこと。

 相手が短距離転移らしき能力を使ったこと。

 コハルに被害はなかったこと。


 全部ではない。

 でも、必要なところは隠さない。

 コハルは黙って聞いていた。


「……私、狙われてるんですね」


 言葉にすると、現実感が増した。


 レンマはすぐには答えなかった。

 代わりに、ゆっくり頷く。


「可能性は高い」


「そうですか」


 コハルは膝の上で手を握った。


 怖くないわけではない。

 むしろ怖い。

 でも、目の前にはレンマがいる。

 そして、カイリがいる。

 昨日より、周りが厚くなっている気がした。


「だから、今日から二人体制にする。俺が前に出ても、カイリくんがコハルちゃんの近くに残る」


 カイリが深く頭を下げた。


「月岡さん。怖がらせてしまったら申し訳ありません。でも、俺は必ず、あなたの安全を最優先します」


 その声は、さっきまでよりずっと落ち着いていた。


 コハルは驚いた。

 元気なだけの人ではない。

 ちゃんと、仕事の顔がある。


「……ありがとうございます」


「はい」


「あの、でも」


「はい」


「命に代えてとかは、言わないでくださいね」


 カイリの目が一瞬だけ見開かれる。

 レンマが横で肩を震わせた。


「レンマさんに言われてたので」


「はい。言わないようにします」


「言おうとしてたんですね」


「少しだけ」


「正直ですね」


 コハルは思わず笑ってしまった。

 緊張がほどける。


 ちょうどその時、前菜が運ばれてきた。

 白い皿の上に、きれいに盛られた料理。

 名前はよく分からない。

 けれど、見た目からして高い。


「……これ、一口で食べていいやつですか?」


「いいけど、もったいないから味わって」


「ですよね」


 コハルが慎重にフォークを持つ。

 カイリは真剣な顔で料理を見ていた。


「カイリくん?」


「はい」


「どうしたの?」


「こういうお店、あまり来ないので、どこから手をつけるべきか判断中です」


「意外」


 コハルが言うと、カイリは照れたように笑った。


「依頼ではよく動きますが、食事はコンビニか学食が多いので」


「そこは大学生なんですね」


「はい!」


「安心しました」


「安心されました!」


「なんで嬉しそうなんですか」


 レンマは水を飲みながら笑っている。


「二人、意外と会話できてるね」


「できてますか?」


「できてるよ」


「月岡さんが優しいので!」


「カイリくんも素直だからじゃないですか?」


「ありがとうございます!」


「声量」


「あ、すみません」


 カイリは声を落とした。

 コハルはその様子を見て、また笑う。


 変な人だ。

 でも、嫌な感じはしない。

 むしろ、こういう人がそばにいてくれるのは安心する。


 食事が進むにつれて、話題も軽くなった。


 コハルの仕事の話。

 カイリの大学の話。

 レンマの「経費」への信頼感の話。


「レンマさんは、どうして毎回こういうお店なんですか?」


「個室があるから」


「それだけですか?」


「あと美味しいから」


「本音出ましたね」


「美味しい方がいいでしょ」


「それはそうですけど」


 カイリが真面目な顔で頷く。


「食事の質は判断力に影響しますから」


「マナトさんみたいなこと言いますね」


 コハルが言った瞬間、レンマがにやっとした。


「お、マナトの名前出た」


「え、いや、今のは普通に」


「普通にねえ」


「何ですか、その顔」


「別に」


 カイリが首を傾げる。


「マナトさんは、月岡さんにとって重要な方なんですね」


「えっ」


 コハルのフォークが止まった。

 レンマは楽しそうに黙っている。


「重要というか……」


「はい」


「その、色々助けてもらっている方です」


「なるほど。恩人ですね」


「まあ……そう、ですね」


「大切な方なんですね」


「えっ」


 コハルの頬が赤くなる。


「そういう意味ではなくてですね」


「すみません。言葉の選び方を間違えましたか?」


「間違っては……ない、かもしれないですけど」


 自分で言って、さらに困った。

 レンマが小さく笑う。


「カイリくん、なかなかいいところ突くね」


「え、俺、何かしましたか?」


「ううん。とてもいい仕事」


「仕事ですか?」


「違います」


 コハルが即座に否定した。


 その後も、特に何かが起こることはなかった。

 怪しい気配もない。

 店の外に不審な影もない。

 カイリが張った薄い結界にも、異常はないらしい。


 食事は普通に美味しかった。

 値段のことを考えなければ、かなり美味しかった。

 会話も、思ったより穏やかだった。


 カイリは元気すぎるけれど、真面目で、素直で、危なっかしい。


 レンマはいつも通り軽いけれど、必要なところではちゃんと線を引く。


 その二人がいる空間は、不思議と安心できた。


 店を出る頃には、空はすっかり暗くなっていた。


「今日はありがとうございました」


 コハルは店の前で頭を下げた。


「こちらこそ。急にいろいろ話してごめんね」


「いえ。聞けてよかったです」


 これは本心だった。

 怖い。

 でも、知らないまま怖がるよりはずっといい。


 カイリも深く頭を下げる。


「月岡さん、本日はありがとうございました。明日からもよろしくお願いいたします」


「はい。こちらこそ」


「あ、声量、大丈夫でしたか?」


「大丈夫でした。たぶん」


「たぶん!」


「そこ拾わなくていいです」


 コハルは笑った。

 その笑い声は、夜の空気の中で柔らかく響いた。

 レンマはその横顔を見て、わずかに安心する。


(今日は、何も起きなかったな)


 それは良いことだ。

 何も起きない日は、守れている日だ。

 けれど。


 何も起きなかったからといって、何も動いていないとは限らない。

 レンマはコハルに気づかれないように、周囲へ薄く風を流した。


 異常なし。

 少なくとも今は。


「じゃあ、送っていくよ」


「はい。お願いします」


「カイリくん、周辺確認よろしく」


「了解しました」


 その返事は、さっきまでより静かだった。


 コハルは気づいていない。

 でも、レンマには分かった。

 カイリも、もう仕事に戻っている。


 駅前の明かりから離れ、三人はゆっくり歩き出した。


 前にレンマ。

 少し後ろにコハル。

 そして、その斜め後ろにカイリ。


 昨日より、守りの形は整った。

 それでも、レンマは油断しない。

 敵はまだ来ない。

 たぶん、今日は来ない。

 けれど、見ている可能性はある。


 どこかで。

 暗がりの奥で。

 こちらの数が増えたことを、確認しているかもしれない。


(まあ、見てるなら見てなよ)


 レンマは心の中で呟いた。


(こっちも、もう昨日と同じじゃないから)


 夜風が頬を撫でる。


 その風は、今日はまだ澄んでいた。

 黒く濁ることもなく、ただ静かに街を流れている。


 護衛二日目。


 何も起きないまま、平和に終わろうとしていた。


 だからこそ、レンマは思った。

 たぶん本当に面倒なのは、これからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ