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1-32話:増援が来た時点で、だいたい面倒も増えている

 いつもの喫茶店は、昼前のわりに空いていた。

 窓際の席。

 古びたテーブル。

 やたら濃いコーヒー。

 そして、向かいに座るリンカ。

 レンマはカップを片手に、息を吐いた。


「で、急に呼び出すってことは、説教の続き?」


「当たり前だ」


「ですよねえ……」


 リンカは腕を組んだまま、じろりとレンマを見る。


「初日から戦闘。不審者取り逃がし。対象者への説明は後回し。報告はしたから偉い、じゃ済まねえぞ」


「うん。そこは反省してる」


「本当に?」


「本当に」


「軽いんだよ、お前は」


「中身は重いよ?」


「そういうところだ」


 リンカはため息をついた。

 怒っている。  

 かなり怒っている。

 けれど、その怒り方は冷静だった。

 感情で責めているというより、現場の穴を一つずつ潰している目だ。

 レンマはそれを分かっているから、茶化しながらも姿勢だけは崩さなかった。


「で。今日は、その穴埋め?」


「ああ」


 リンカはテーブルの上に、一枚の封筒を置いた。


「それと、あたし、実は東北に行くことになってな」


「東北……? 何で?」


「仕事に決まってんだろ」


「まあそりゃ、そうだろうけど」


「詳細は秘密だ」


「リンカさんが東京を離れるんだから、余程の用なんだろうね」


「検索すんなよ」


「え、俺そんな信用ない?」


「お前はするだろ」


「まあ、気になったらするね」


「するな」


「はいはい」


 軽く返しながらも、レンマは目を細めた。

 リンカが東京を離れる。それは、あまり普通のことではない。

 リンカは表に出るより、全体を見て手を打つ側の人間だ。その彼女が直接動く。

 つまり、別の場所でも何かが起きている。


(東北、ねえ……)


 帰還者案件。  

 異世界遺物。  

 賞金首。

 あるいは、今回の件と繋がる何か。

 いくつかの可能性が浮かぶ。だが、リンカは言わない。

 言わないということは、今のレンマには知る必要がないということだ。


「んで。お前から頼まれてきた奴がこいつ」


 リンカは、隣に座っていた青年を紹介した。

 青年は、背筋を伸ばして座っていた。

 髪は柔らかそうな黒。  

 顔立ちには、まだ少年っぽさが残っている。

 ただ、目だけは妙に澄んでいた。


「一級賢者の天川カイリだ。自己紹介しな」


 青年は勢いよく立ち上がった。


「お初にお目にかかります! 天川カイリです! どうぞ、よろしくお願いいたします!」


「うわ、すごく元気いいね。てか、若くない?」


「はいっ、二十歳の大学生です!」


「大学生で一級賢者? 凄すぎるな」


 レンマが薄く笑う。


「実際、カイリはかなり優秀だよ。この若さでいくつもの依頼をこなしてきた。仕事のしすぎで留年するくらいにな」


「うわ、本末転倒……」


「……程々にしろとは言っているが。こいつを、月岡コハル護衛のサポートにつけな」


「うん。こんなに若い男の子だとは思ってなかったけど、頼りになるなら問題ないよ」


「はい! 精一杯務めさせていただきます!」


 カイリがまた頭を下げる。

 元気。

 礼儀正しい。

 若い。

 そして、たぶんかなり強い。

 レンマはカイリの周囲を流れる魔力を、風で薄くなぞった。


 乱れが少ない。

 魔力量もある。

 制御もいい。


(なるほど。リンカさんが出すだけある)


 ただの若手ではない。


「んじゃ、契約書。てか、お前が契約するのか?」


「うん。俺の仕事を完璧にこなすための助手を、俺が雇ったって感じだからね。マナトには許可を得ている」


「俺が雇いますとか言われなかったんか?」


「言われたに決まってるじゃん」


「そりゃそうか」


 リンカが呆れたように笑う。

 一日十万円。

 この賢者を雇うのは決して安くない。

 けれども。コハルの護衛が、今は一番大事だ。

 レンマは契約書に目を通す。


 任務範囲。

 拘束時間。

 緊急時の判断権限。

 守秘義務。

 対象者への接触条件。


 リンカが用意しただけあって、穴はない。


「OK。契約はこれで問題ない」


「なら、今日からこいつを預けるよ。またなんか困ったら連絡しな。東北にいても用くらいは聞いてやるし、部下に契約書の取り交わしくらいは任せられるしな」


「助かるよ」


「助かるじゃねえ。ちゃんと守れ」


 リンカの声が低くなる。


「月岡コハルは、まだ自分の状況を理解しきってない。普通に怖がるし、普通に油断する。だから守る側が抜けるな」


「分かってる」


「あと、マナトにも無理させるな」


「そこも?」


「そこもだ。あいつは自分が無理してることを、無理だと思わないタイプだろ」


「まあ、そうだね」


「お前が調整しろ」


「俺、そんな役回りだったっけ?」


「そうだよ」


「初耳なんだけど」


「今言った」


 リンカはコーヒーを飲み干し、席を立った。


「じゃあな。カイリ、変なことすんなよ」


「はい! リンカさん!」


「返事だけはいいな」


「ありがとうございます!」


「褒めてねえ」


 リンカはそう言い残して、喫茶店を出ていった。

 背中が見えなくなるまで、カイリはなぜか姿勢よく見送っていた。

 レンマはその横顔を見て、嫌な予感がした。


 喫茶店を出て、しばらく歩いたところで、カイリが勢いよく振り返る。


「あの! レンマさん!」


「ん? なに?」


「レンマさんと、リンカさんって、どんな関係なんですか!」


「え? ……仕事仲間かな?」


「俺! リンカさんと結婚したいんです!」


 テイクアウトしたアイスコーヒーを、思わず吹き出しそうになる。


「ええ?」


「大学卒業したら、プロポーズするんです!」


「す、すごいな……」


「俺、リンカさんが大好きで!」


 キラキラとした目を向けるカイリ。

 まぶしい。

 若さがまぶしい。

 あと、話が急すぎる。


「結構年の差あると思うけど?」


「それは関係ありません!」


「そっか。リンカさんめっちゃ人気だから、頑張ってね」


「はい! 頑張ります!」


 カイリは拳を握った。


「リンカさんは強くて、かっこよくて、厳しくて、でも本当は優しくて、俺が失敗した時もちゃんと叱ってくれるんです!」


「うん。分かるよ」


「それに、俺が依頼で無茶しすぎて倒れた時、病院まで来てくれて!」


「へえ」


「第一声が『留年確定してまで何やってんだ馬鹿』だったんです!」


「優しいかな、それ」


「優しいです!」


「そっかあ」


 レンマは遠い目をした。

 世の中にはいろんな愛の形がある。

 たぶん。

 きっと。


「でもさ、カイリくん」


「はい!」


「リンカさん、かなり手強いよ」


「承知しています!」


「いや、仕事じゃなくて恋愛面で」


「はい!」


「たぶん、プロポーズしたら普通に説教されるよ」


「望むところです!」


「望むんだ……」


 レンマは苦笑する。

 この子、真面目なのか変なのか分からない。たぶん両方だ。


「まあ、その話は置いといて」


「はい!」


「仕事の話をしようか」


 レンマが声の温度を落とすと、カイリの顔つきもすぐ変わった。

 切り替えが早い。やはり優秀だ。


「今回の対象は月岡コハルさん。二十九歳の女性で、勇者。今は一般企業で働いてる」


「勇者……」


「うん。勇者なんだけど、本人にその自覚はほぼない」


「対象者本人に戦闘能力は?」


「ある。けど、本人はまだ使いこなせてない。基本的には非戦闘員として扱う」


「了解しました」


「昨日、不審者と接触した。短距離転移持ち。黒い光みたいな攻撃を使う。たぶん切断か侵食系」


 カイリの眉が、わずかに動く。


「転移系ですか」


「相性悪い?」


「悪くはありません」


 カイリはすぐに答えた。


「俺のスキルは、方陣結界スクエア・セイクリッドです。結界を方陣として展開して、敵の進路を塞ぐ、閉じ込める、対象を守る。そういう用途に向いています」


「へえ。名前かっこいいね」


「ありがとうございます!」


「声量」


「すみません」


 カイリは声を落とす。


「範囲を区切れば、転移先を制限できます。ただ、発動条件が分からないと完全封鎖は難しいです」


「いいね。まさにそれが欲しかった」


 レンマは素直に笑った。


 自分は前に出る。

 風で探る。斬る。止める。

 だが、守り続けるには面が足りない。

 そこを埋めるのが賢者だ。


「俺は風域裁断(エアリアル・セクト)で広域索敵する。風で空間の揺れを拾って、出てくる瞬間を斬る。カイリくんは結界で逃げ道と死角を潰して」


「はい!」


 カイリの返事は大きかった。だが、今度はレンマも注意しなかった。


「ただし、最優先は敵の撃破じゃない」


「対象者の生存ですね」


「正解」


 レンマは立ち止まり、カイリを見る。


「俺が敵を追いかけても、君はコハルちゃんから離れない。俺が負けそうでも、離れない。俺が助けを呼んでも、状況によっては無視していい」


「……それは」


「命令」


 レンマの声が硬くなった。


「護衛は、かっこよく敵を倒す仕事じゃない。守る相手を生きて帰す仕事だよ」


 カイリは数秒黙った。そして、深く頷く。


「分かりました。月岡さんの安全を最優先します」


「うん。いい返事」


 空気が緩む。


「ところで、月岡さんってどんな方なんですか?」


「さっきも言ったけど、普通の子」


「普通、ですか」


「うん。高級焼肉で本気で焦るし、経費って言うと申し訳なさそうにするし、年下の男に心配されると照れる」


「年下の男?」


「あ、今のは忘れて」


「えっ」


「忘れて」


 マナトに怒られる。余計なことを言うなと言われたばかりだった。

 まあ、カイリには関係ない。たぶん。


「とにかく、いい子だよ」


 レンマは声をやわらげた。


「だから、怖がらせすぎないようにしたい」


「でも、危険は伝える必要がありますよね」


「そう。そこが難しい」


 敵がいる。

 狙われている。

 昨日、実際に監視されていた。


 それを隠すのは危ない。でも、全部ぶつければコハルの日常は壊れる。

 守るというのは、たぶんそういうことだ。

 危険から遠ざけるだけでは足りない。

 怖さに潰されないようにするところまで含まれる。


「コハルちゃんには、俺から説明する。カイリくんはまず、俺の補助として紹介する」


「分かりました!」


「あと、元気良すぎるとびっくりされるかも」


「気をつけます!」


「その声量も抑えようか」


「はいっ!」


「まだ大きい」


「はい」


「よし」


 レンマは笑った。

 その時、ポケットのスマホが震えた。

 マナトからだった。


『一級賢者との契約は完了しましたか』


 早い。相変わらず早い。

 レンマは片手で返信する。


『完了。元気な一級賢者くんだよ。リンカさんガチ勢だった』


 すぐ既読。


『ガチ勢とは?』


『リンカさんと結婚したいらしい』


 数秒、既読のまま止まった。


『業務に関係ありますか?』


『士気に関係あるかも』


『ありません』


 レンマは笑った。


「マナトさんですか?」


「うん」


「すごい方なんですよね」


「すごいよ。真面目で、強くて、不器用で、今たぶんかなり焦ってる」


「焦ってる?」


「うん。いろいろね」


 カイリは首を傾げたが、深くは聞かなかった。その距離感も悪くない。

 スマホがまた震える。


『コハルさんへの説明は慎重にお願いします』


『分かってる』


『余計な話はしないでください』


『夢の話とか?』


 既読。


 返信が来ない。

 レンマは吹き出しそうになった。


「図星すぎるでしょ……」


「え?」


「なんでもない」


 レンマはスマホをしまい、空を見上げた。

 晴れている。人通りもある。昼の街は平和そのものだ。

 けれど、風の流れの奥に、昨日の黒い気配がまだ残っている気がした。


 消えたわけではない。

 ただ、潜っている。

 次に来る時は、昨日より準備してくる。

 こちらの戦力を見たうえで。こちらの守り方を読んだうえで。


 だから、こちらも増やす。

 人を。

 手を。

 視界を。

 選択肢を。


「カイリくん」


「はい」


「これからコハルちゃんに会いに行くけど、まずは普通に挨拶ね」


「分かりました!」


「護衛です! 守ります! 命に代えても! みたいなのはやめてね」


「えっ、駄目ですか?」


「怖いから」


「分かりました!」


 本当に分かっているのかは怪しい。レンマは苦笑しながら歩き出した。

 昨日の夜とは違う。今日は一人ではない。

 隣には、元気すぎる一級賢者。

 遠くには、焦りを業務連絡に変換している勇者。

 東北へ向かったリンカ。

 そして、どこかで見ている敵。

 状況は確実に面倒になっている。

 でも。


「……まあ、悪くないか」


「何がですか?」


「こっちの話」


 レンマは軽く笑った。

 守る相手がいる。

 頼れる仲間が増えた。

 心配しすぎる男もいる。

 そして、敵も動き始めている。


 護衛二日目。

 どうやら今日は、昨日より忙しくなりそうだった。

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