魔女
ギルドの食堂で、四人の間にしばし沈黙が落ちた。
活性水。難民たちの間では当たり前のように飲まれていて、味もそこそこ良く、疲れが軽くなる。だがザヴィルの冒険者はほとんど知らない。そしてそこへ、活性水とは別らしい、高価な白い粉まで出てきた。
「……で、どうする?」
最初に口を開いたのはテオだった。杯を指先で回しながら、珍しく真面目な顔をしている。
「ここまで来て、知らないふりは無理だろ。店を探すか」
「どうやって。聞き回ったら、事実だったら警戒されるかもよ」
ソフィアが即座に釘を刺す。
「粉がある、飲み屋が怪しい、失踪者の共通点もある。そこまではわかったとしてもそれだけで踏み込んだら、こっちがただの馬鹿よ。どうせ何もわからないわ」
「じゃあ、どうするんだ?」
「情報収集しましょう。まずは店探しから。あの情報屋が辿り着けたならきっと聞いてまわれば何かわかるはず」
レンはその言葉に頷いた。
自分でも、今はそこが限界だと思っていた。いきなり裏を暴いて全部片づけるのは、今の自分がやりたい“普通の冒険者”の動き方ではない。まして相手の規模も深さもわからないのだ。現実味もない。
「なら、明日の夜だな」
「ええ」
そう結論がまとまったところで、レンはふと席を立った。
「どこ行くの?」
ソフィアが胡散臭そうに聞いてくる。
「少しな」
「“少し”で済む顔じゃないんだけど」
「すぐ戻る」
レンがそれ以上答えず食堂を出ると、背後から呆れたようなため息が聞こえた。
ギルドの裏手へ回り、人気の少ない通りへ出たところで、案の定、気配がついてくる。振り返ると、壁にもたれていたカリスが静かに姿勢を正した。
「偶然ですね」
「あれだけ目立てば誰でもわかる」
「失礼しました。気づかれない自信がありましたがさすがですね」
口元だけで笑ってから、彼女は少しだけ声を落とした。
「確認したいことがありまして。“シオン”さんは情報屋ですか?」
「ああ」
「ああ、あのシオンですね。では、粉の話をもう少し掘っても構わないですか?貴方のお友達のようでしたので、一応、筋を通しておこうかと」
「友達、かどうかは知らないが……構わない。こっちも知りたいことが増えてきた」
レンがそう答えると、カリスは小さく頭を下げた。
「では、こちらでも少し当たってみます」
それだけ言い残して、彼女はするりと人混みへ溶けていった。
情報屋というのは、いつも現れるより消える方が早い。
翌日も、レンたちはいつも通り隔離区画の仕事へ入った。水を運び、食料を配り、病人を見て回る。ギルドの仕事は投げない。それが、今の自分たちにできる動き方だとレンは思っていた。
作業の合間、レンはミナへかなりぼかした言い方で相談を持ちかけた。
「病人や失踪の線で、少し街中も見た方がよさそうなんだが」
ミナは書類の束から顔を上げる。
「街中、ですか?」
「ああ。関係あるかはわからないが、活力水を追っている。ただの興味本位だが気になってな。一応共有はしておこうと」
レンとしては、せいぜい「自己責任でどうぞ」くらいの返事を予想していた。だがミナは少し考えた後、あっさりと言った。
「では、それは調査依頼ということにしておきますね」
「……そんなこと、勝手に決めていいのか?」
「現場を見ている担当受付の判断です。私もその線に異論はないです」
ミナは真顔でそう言っただけで、それ以上説明しなかった。正式な依頼となると、金銭面だけでなく、何かトラブルがあった際などにもギルドが間に入ってくれるメリットがある。ただそのために気軽に依頼にはできないはずだが。
といっても依頼扱いにしてくれるならありがたい。レンは静かに御礼を言った。
夜。ギルドを出た三人の前に、当然のようにシオンが現れた。
「ちょうどよかった。店に行ってみない?」
「いいのか?」
シオンは肩をすくめる。
「まだ断定はできないけど、やはり怪しい。案内するよ」
テオが腕を組んだ。
「へえ。昨日の時点では名前を出さなかったくせに」
「用心棒だよ」
「なるほどな」
レンが頷く。
「で、場所は?」
「ついてきなよ」
案内された先にあったのは、《灰樽亭》という名の店だった。
古びた木の看板に、煤けた壁、安酒の匂い。客は労働者と若い冒険者が中心で、どこにでもありそうな安い酒場にしか見えない。
「普通だな……」
テオが拍子抜けしたように言う。
「表はね。実態はわからない」
シオンが低く返した。
「……入口はここっぽいな」
レンが小さく呟いた、その時だった。
隣のシオンがぴたりと黙った。
いつもの軽口も消え、目だけで一方向を示す。つられて視線を向けた先に、女が一人、立っていた。
月明かりの下でもわかるほど整った顔立ち。冷たい青みの長髪。何より、ただそこにいるだけで周囲の空気を凍らせるような気配。
「……嘘でしょ」
ソフィアが息を呑んだ。
「“氷の魔女”……?」
テオも青ざめる。
「おい、あれ……《宵闇の極光》のセリーナじゃないか……?」
その瞬間から、シオンは本当に借りてきた猫になった。さっきまで好き勝手言っていた人間とは思えないほど静かだ。
セリーナは、あくまで他人に向ける顔で近づいてきた。
「こんなところで何をしているのかしら?」
声は丁寧だが、目はまるで笑っていない。
「あ・・・えっと・・・」
言葉が出てこないシオン。
レンがサポートする。
「依頼だ」
「そう」
しばらく《灰樽亭》を見た後、セリーナが淡々と言った。
「二人。中へ入りなさい」
「え?」
「俺たち?」
テオとソフィアが揃って聞き返す。
「恋人か、それに近い雰囲気で飲んでくるのが一番自然でしょう」
ソフィアが困った顔をする。
「なんで私たちなのよ」
「異論かしら・・・?」
首を傾げるセリーナ。
「「いえ、行きます」」
二人は黙って移動を始めた。
テオは頭を抱えた。
「なんでこうなるんだよ……」
ソフィアが低く言う。
「とにかく行きましょう」
二人はしぶしぶ頷き合い、《灰樽亭》の暖簾の向こうへ消えていった。
「さて」
「ここから先何が起こるか、一端の情報屋ならわかるかしら?」




