リスクとリターン
「……これ、やっぱり活性水じゃないのよね?」
ギルドの食堂。
机の上に置かれた白い粉の包みを前に、ソフィアが眉を寄せた。シオンがどこからか仕入れてきたその粉は、見た目だけなら活性水とよく似ていた。
「少なくとも、元気にはならないならな」
テオが言う。
「見た目は似てるんだけどなあ」
シオンは得意そうに包みを摘まみ上げた。
「珍しかったから買ったんだよ。これを皆飲んでるなら連邦は全員大富豪だ」
「それ、少し分けてもらえないか?」
レンが聞くと、シオンは即座に首を振った。
「やだよ。高かったんだってば」
「ケチね」
「謎が多すぎるからね、まだ持っておきたい」
その代わり、とシオンは指で机を軽く叩く。
「売ったやつが“連邦もの”だって言ってたのは確か。そこだけは間違いない」
「連邦由来、か……」
レンは小さく呟く。
活性水も連邦の流行り物。そこへ、効き目はわからないが高価な白い粉。形だけなら、並べて考えたくなる。
「でも、今は考えても仕方ないわ」
ソフィアが包みから目を離した。
「少なくとも、活性水と同じものではなさそう。それだけで十分でしょ」
話はそこで切り上げになった。シオンは最後まで粉を渡さず、レンたちも深追いはしなかった。ただ、“連邦由来らしい別の白い粉”がある、それだけが頭に残った。
翌朝。
隔離区画の空気は、前日と変わらず重たい。水を運び、食料を分け、病人の様子を見る。やること自体はすっかり慣れてきたが、そのぶん、見えてくるものも増えていた。
「レン、そっち終わったらこっち手伝って」
「ああ」
レンは水桶を置くと、病人の寝かせ方を調整していたソフィアの方へ向かった。彼女は額の汗をぬぐいながら、難民の一人の毛布を整えている。
「昨日の人は?」
「まだ動けないわ。熱は上がってないけど、相変わらず急に切れたみたいな感じ」
「変わらずか」
「ええ。他の人もまだ変わらず苦しそう」
その時、少し離れたところでマルコがこちらに気づき、大きく手を振った。相変わらず元気そうだ。
「やあやあ、今日も忙しそうだね!」
勝手に近寄ってきて、気安く笑う。
「街の暮らしには慣れたか?」
レンが聞くと、マルコは苦笑した。
「慣れたってほどじゃないけど、怖くはなくなったかな。昨日も言ったけど、街に入ってからはだいぶ楽だよ」
「高価な粉とか、活性水の上等版みたいなものって聞いたことある?」
ソフィアがさりげなく問う。
「上等版?」
マルコはきょとんとした。
「いや、知らないなあ。活性水は活性水だよ。あれ以上強いやつとか、高いやつとか、そういうのは聞いたことない」
「そう……」
「なんで? 何かあった?」
「別に。ただ聞いてみただけ」
マルコはそれ以上気にせず、「そういえば今日の飯はちょっと多かったね」などとどうでもいい話をして去っていった。
その背を見送りながら、ソフィアが小さく息を吐く。
「少なくとも難民の側は知らないわね。高価な粉のこと」
「活性水だけか」
「ええ」
少しの沈黙の後、ソフィアがぽつりと言った。
「活性水って、飲み物なのよね」
「ん?」
「なら高いはずがないわ」
レンは頷いた。
活性水は“広く飲ませるもの”。
昨夜の粉は“少量でも困らないもの”。
そう考えると、見た目が似ていても役割は違う気がした。
昼過ぎ、三人はまた《黄金の街灯》へ向かった。
今度はカリスに、昨夜の白い粉の話をぶつけるためだ。
「高価な白い粉?」
カリスは少し考え込んだ。
「……いえ、私は知りません。活性水ならわかりますけど、それほど高いものではないですから」
「高価ってどれくらい?」
テオが聞く。
「普通に流れている活性水なら、少し高めの飲み物という程度です。高くても、銀貨を出すようなものではありません」
「シオンがよっぽど貧乏じゃない限り別物ってことか」
「少なくとも私の知る流れとは違いますね」
カリスは珍しく、少し真面目な顔で続けた。
「想像もつきません。活性水と似ているならなおさら、です。……確認してみます?」
「頼む」
レンが即答すると、カリスは静かに頷いた。
店を出た帰り道、テオが頭を掻く。
「黄金の街灯でも知らないとなると、相当変な話じゃないか?」
「ええ。活性水は知っていて、別の高い粉は知らない。流れが違うのか、層が違うのか」
「層?」
「買う人間の種類よ」
ソフィアは短く言う。
レンも同じことを考えていた。
ギルドへ戻る道すがらも、三人の間には重い沈黙が落ちていた。
活性水とは別の白い粉。しかも、《黄金の街灯》のカリスですら知らない。活性水自体も、難民の間では当たり前のように知られていたのに、ザヴィル側ではほとんど通じない。偶然で片づけるには、少し引っかかりすぎていた。
結局、三人はそのままギルドの食堂へ戻った。今さら隔離区画へ戻っても、すぐに何かできるわけではない。こういう時は、一度座って考えを整理した方がいい。レンもテオも、そういう気分だった。
「活性水とは別の白い粉、か」
テオが椅子に腰を下ろしながら言う。
「しかも高いんだろ?活性水みたいに、みんなが気軽に飲むものじゃなさそうだよな」「ええ。少なくとも、難民たちの話に出てくるようなものではなかったわ」
ソフィアも難しい顔のまま頷いた。
「たまたま二つ出てきただけかしら。直感的にはそうは思えないけど」
「白い粉が二つ、ってことか」
レンが呟く。
「まだそうと決まったわけではないけど……少なくとも、活性水だけの話じゃなくなってきたわね」
テオは腕を組み、少し考え込む。
「飲み物、ってのも気になるんだよな」
「なんで?」
「いや、こういうのって、酒場とか飲み屋から広がることもありそうだろ」
そこで、背後から聞き慣れた声がした。
「広がるよ。むしろ、ああいう場所が一番早い」
三人が振り向くと、シオンが立っていた。
どうやらまた一仕事終えたらしい。椅子を引いて勝手に座り、何か飲み物を寄越せと手を振る。
「今度は何だ?」
レンが聞くと、シオンは肩をすくめた。
「そっちが気になってることの続き。活性水は知らなかったけど、白い粉の話と飲み屋の話は少し繋がるかもしれない」
ソフィアが目を細める。
「どういうこと?」
「最近いなくなった人たちの話。私、消えたやつらを何人か追ってたんだよね」
レンだけが、その言葉にわずかに反応した。
シオンはそれに気づいたようだったが、そのまま続ける。
「全員じゃない。でも、何人かに共通点があった。ある飲み屋の常連だったんだ」
「常連?」
テオが聞き返す。
「そう。別に珍しい話じゃないよ?冒険者なんて飲み屋好きだし。でも、消えたやつらの話を知人から拾っていくと、同じ店の名前が何回か出てきた」
「どこの店?」
ソフィアがすぐに聞く。
シオンは少しだけ笑った。
「その情報は高いよ。ここまでは活性水のこと教えてくれたサービス」
「……なるほどな」
レンが頷く。
「でも、白い粉、飲み屋、失踪って並ぶと、偶然にしては多すぎる」
「でしょ?」
シオンは満足そうにテーブルを指で叩いた。
「活性水そのものが飲み屋経由で流れてるのか、別の粉の方がそうなのか、そこはまだわからない。でも、入口が飲み屋だったって線はかなりあると思う」
ソフィアが低く言う。
「ただの酒場通い、では済まないわね」
「ええ。しかも、難民側は活性水しか知らない。高価な粉は知らない。ってことは、同じ白い粉でも、手にしてる層が違う可能性がある」
「そこだよ」
シオンがすぐに頷いた。
「表向きはただの流行りの飲み物。でも別の場所では、別の粉が動いてる。そう考えると、話としては急に面白くなる」
レンはテーブルの上を見つめたまま、小さく息を吐いた。
「……飲み屋が入口か」
シオンは軽く笑う。
「入口か、ただの通り道かはまだ分からないけどね」
少しの沈黙の後、テオが口を開く。
「じゃあ次は、その飲み屋の線を追うのか?」
「そうなるな」
レンが答える。
ソフィアも頷いた。
「活性水、白い粉、飲み屋、失踪。ここまで重なったら、さすがに放っておけない」
シオンは椅子の背にもたれて、ようやく運ばれてきた飲み物を手に取った。
「いいね。そういう顔になってきた」
「何がだ」
「面倒ごとの芯に触った顔。ただ芯にたどり着いた先は興味本意で手を出すのはやめた方が良いよ」
「まあ・・・そうだよな。どう考えてもまともな道ではこの先は辿り着けないしやばい奴らも出てきそうだ」
テオは苦笑した。
「そういうこと。この粉くれた人も・・・今日どこ探しても会えないんだよね」
「なるほど・・・」
テーブルが沈黙で満ちる。
「まあここから先はリスクとリターン、そう割り切った方が良いよ」
「リスクとリターン?」
首を傾げるレンにシオンは言う。
「この謎を解く、追加情報を手に入れることで自身にどんなメリットがあるか。それは金、名誉、貸し借り、なんでもいい。それと危ない目に遭う・最悪死ぬリスクとどっちが高いかを考えて判断するべきだね。中途半端に手を突っ込むとただマイナスばかりさ。逃げるも勇気だよ」
「なるほどな」




