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二つ目の粉

《黄金の街灯》を出た後、レンたちはしばらく無言で歩いていた。

夕方のザヴィルは昼よりも人が増え、通りには荷を運ぶ労働者と、仕事終わりの商人と、飲み屋へ急ぐ冒険者が入り混じっている。


「……で、どう思う?」

最初に口を開いたのはテオだった。

「難民の間では普通に知られてたのに、ギルドの連中は知らない。しかも、飲んでみたら確かに少し元気になる。便利すぎないか?」

「便利なのは事実ね。でも、便利だから広まるとは限らないわ」

ソフィアは少し考え込むように言った。

「本当に広く流通してるなら、ザヴィルでももっと知られていていいもの。知られていないのは、こっちに入りにくい理由があるんじゃないかしら」

「流行ってるのに流行ってない、みたいな感じだな」

「そんな感じね」


レンも小さく頷いた。難民たちの話では、活性水は疲れた時に飲む気軽な飲み物だった。味もそこそこよく、旅の途中で助けられたとまで言う。だが、ザヴィル側ではほとんど知られていない。商品として普通に売られているにしては、その差が大きすぎた。

「……忘れ物した」

ふとレンが立ち止まって言った。

「忘れ物?」

テオが振り返る。

「ああ。先にギルドで待っててくれ。すぐ戻る」

そうだけ言うと、レンは二人を置いて来た道を引き返した。

ソフィアは一瞬だけ怪しいものを見る目をしたが、結局何も言わなかった。


戻った先はもちろん《黄金の街灯》だった。

店に入ると、さっきまでいた女の子たちが少し驚いた顔をする。レンはそのままカリスを指名した。

「忘れ物、ですか?」

再び席についたカリスは、そう言って柔らかく笑った。

「まあ、そんなところだ」

「詳しく聞きに来た、の間違いでは?」

「……鋭いな」

レンは懐から金貨を一枚取り出して、机の上に置いた。

「活性水のこと、もう少し細かく教えてくれ」

カリスはその金貨を見て、少しだけ目を細めた。冗談ではなく、本気で情報を買いに来たとわかったのだろう。


「貴方にとって重要な話ですか?」

「いや、単純な興味だな」

「それに金貨一枚?」

「それくらいすぐ稼げる」

「なるほど・・・わかりました」

カリスは金貨を指先で弾くように回してから、静かに話し始めた。

「流通していない、という言い方は少し違います。実際には入ってきています。ただ、表には出にくいんです」

「表に出ない?」

「ええ。連邦政府が流出をかなり厳しく取り締まっているらしくて。店頭に並べたり、大っぴらに売ったりはしにくいんですよ」

「そんなに厳しいのか」

「はい。「連邦の名産にしたい」という理由ですがそれにしては持ち出すと死罪まである厳しい取り締まりです。とはいえ粉ですからね。小袋にしてしまえば、荷の隙間や服の裏でも運べます。こっそり持ち込む人はいます。」

レンは眉を寄せた。


「政府が何か企んでる、とかじゃなく?」

「そこまでは思いません。少なくとも私は。連邦って、流行り物や新商品に変に神経質な時があるんです。今回もそういう類かもしれません」

言われてみれば、あり得る話ではあった。便利な飲み物が出回りすぎれば、既存の利権や規制とぶつかることもあるだろう。

「なるほどな」

「ただ……」

「ただ?」

「多少元気になる程度で、そこまで厳しく管理がある必要があるのかは疑問です」

やはりそこか、とレンは思った。

自分が引っかかっていたのもまさにそこだった。

話を聞き終えて店を出る頃には、空はすっかり夕方の色になっていた。レンがギルドへ戻ると、テオとソフィアは入口近くで待っていた。

「遅い」

ソフィアがじとっとした目で言う。

「忘れ物、長かったわね」

「忘れ物ついでに少し話をしていた」

「でしょうね」

「ああいう子がタイプなのか?」

ソフィアはため息をついたが、それ以上責めはしなかった。

テオはニヤニヤしている。



三人はそのままギルドの食堂へ向かった。夜ということもあり、酒を飲んでいる者たちがそれなりにいる。騒がしさはあるが、慣れてしまえば妙に落ち着く空間だった。

「しかし、ああいう店で働くのって大変そうだな」

テオが酒の前に出されたつまみをつつきながら言う。

「酔っ払いの親父や冒険者の相手をし続けるんだろ?俺だったら三日で逃げる」

「私も無理ね」

ソフィアが即答した。

「同じ村にいた子で、どこかの街で飲み屋やってる子がいるんだけど、話聞くだけで大変そうだったもの」

「へえ」

「ただ、運がよければ貴族や有名冒険者に気に入られて、一気に成り上がることもあるんですって」

「そういう成り上がりか……」

テオは感心したように唸る。


「すごい世界だな」

「逆に変なのに引っかかったら終わりだけどね」

ソフィアは現実的だった。

その時だった。食堂の前を通りかかった小柄な影が、ふいに立ち止まる。ぼろい外套に見覚えがあった。

「あ」

目が合った瞬間、向こうがにやりと笑った。

「何、三人で飲んでるの? いいね、混ぜてよ」

シオンだった。いつものようにくたびれた格好だが、表情は妙にすっきりしている。どうやら一仕事終えたばかりらしい。

勝手知ったる様子で椅子を引こうとするシオンに、ソフィアが露骨に警戒した顔を向けた。

「……誰?」

「シオン。情報屋だ」

レンが短く紹介する。

「情報屋?」

「そ。街でいろいろやってる」

シオンは軽い調子で手を振った。

「情報屋ってだけでそんな顔しなくても」

「情報屋は危ないって聞いたもの。レンは情報屋ばっかり友達。何しているの?」

ソフィアは視線を緩めない。

「人を売ることだってあるんでしょ?」

「そりゃあるよ。売れるなら」

「ほら」

ソフィアがすぐにレンの方を見る。


だがレンは肩をすくめた。

「でも、重要でもある」

「重要?」

「ああ。情報があるかないかで、判断は全然変わる。依頼の紹介もそうだし、人と人を繋ぐのもそうだ」

シオンは満足そうに頷いた。

「そうそう。普段は仕事の紹介で仲介料を取るのが一番多いんだよ。最近は人探しとか、不倫調査とか、しょうもないけど金になる仕事も多いしね」

「不倫調査って……」

テオが苦い顔をする。

「冒険者よりそっちの方が稼げる日もあるよ」

シオンは悪びれもせずに言って、空いた席に腰を下ろした。


そこでレンは、活性水の話を出した。

「そういう流行り物の話、知ってるか?」

「活性水?」

シオンは首を傾げる。

「いや、知らないな。そんな名前のものは聞いたことない」

その反応は意外だった。シオンなら裏市場の噂くらいは知っていると思っていたのだが、本当に知らないらしい。

「連邦で流行ってる粉を溶かす飲み物らしいんだけど……」

「へえ。面白そうだけど、私は知らない。最近不倫調査で忙しかったしね」

そこでシオンは、ふと思い出したように懐を探った。

「そういえば、最近珍しいの手に入れたんだよね」

机の上に置かれたのは、小さな包みだった。

中には白い粉。

「……また白い粉か」

ソフィアが嫌そうな顔をする。

「いやいや、これは活性水じゃないと思う。たぶん」

シオンは少し酔いの回った顔で笑った。

「めちゃくちゃ高かったんだよ、これ。直感で買った」

「直感で買うなよ……」

テオが呆れる。

「だって珍しそうだったし。こういうのは持ってるだけで後で金になることもあるんだって」

「飲んだの?」

レンが聞く。

「うん。ちょっとだけ。なんともなかった」

「元気になったとかも?」

「特にない」

ソフィアが包みを受け取り、慎重に中を確かめる。

見た目は確かに活性水に似ている。だが、少し粒が細かい気もした。

「……これ、なんなのかしら」

テオが覗き込む。

「白い粉がまた出てきた、ってことだよな」

「そうね……」

ソフィアは難しい顔のまま頷いた。

活性水ではない。でも、連邦由来らしい。高価で、珍しく、効き目も分からない。

レンはその包みを見ながら、妙に嫌な予感を覚えていた。

「なんだか、話が増えてきたな」

そう呟くと、シオンがへらへら笑った。

「情報ってそういうものでしょ。一個辿ると、だいたい別の面倒が出てくる」


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