表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/68

手土産

一方その頃。連邦の街ヴェルディアでは、《魔術工房》の面々と連邦軍が高級ホテルの一室に集められていた。山での戦闘を終えた直後らしく、誰の服にも焦げ跡と土が残っている。机の上には地図と報告書が散らばり、空気は重かった。

「兵が戻っていません。工作員もです」

幹部が苛立たしげに口を開く。その言葉に、部屋の何人かが無言で目を伏せた。

「どうする?」

魔術工房の副リーダーアデルの問いに答えたのは、部屋の中央に腰掛けるシエラ姫だった。

「どうするか、ではなく、どう連れ帰るかよ」

穏やかな声音だったが、異論を挟ませない響きがあった。自然と周囲が黙る。肩書き、権力共に彼女に刃向かえるものはいない。

「兵を見捨てれば軍の面子に傷がつく。工作員を切れば、こちらの統制に響く。どちらも放置はできないわ」


「ですが、奪還は――」

「論外ね」

シエラ姫は眼鏡の女の言葉を引き取るように続けた。

「王国側はすでに警戒している。あの場で仕掛けられなかったものを、あとから力ずくで通す意味はない。下手をすれば、今度は外交そのものが主戦場になるわ」

若い術士が眉を寄せる。

「では、交渉ですか」

「ええ」

シエラ姫は頷いた。

「名目は“越境した兵の保護と返還”。それで十分よ。工作員の方は、その流れに混ぜて引き取る。向こうがどこまで掴んでいるかは分からないけれど、少なくともこちらが見捨てていないと示す必要があるわ」

「王国が素直に応じるでしょうか」

「応じるかどうかは二の次よ」

シエラ姫は小さく笑う。

「こちらが交渉の形を作ること、そのものに意味があるの。兵を見捨てず、工作員も回収しようとする。それを内にも外にも見せる必要があるわ」

短い沈黙が落ちた。

「準備を進めなさい」

シエラ姫は最後にそう言った。

「次は、戦場ではなく席で連れ帰るわ」

報告を終えたレンがギルドを出た頃には、すっかり日が落ちていた。

街の喧騒は昼の慌ただしさから夜のざわめきへと移り、帰り道の酒場には仕事帰りの冒険者たちが流れ込み始めている。


表通りを少し外れた小さな酒場の戸を開けると、奥の席にシオンがいた。皿の上のつまみをつつきながら、こちらを見て片手を上げる。

「ひどい顔」

開口一番、それだった。

「会ってすぐそれか」

「事実でしょ」

シオンは当然のように言う。

「座る?お疲れ様会として今日は奢ってあげる」

お腹も減ったのは事実。レンは黙って向かいに腰を下ろした。店主に適当に酒ではないものを頼み、ようやく一息つく。

「で」

シオンが頬杖をつく。

「どうだった?」

「大変だったな」

「へえ」

簡単に起きたことを説明する。

「なかなか珍しい体験だ」

「こんなのが頻繁に起こったらそれは大変だ」

「”ネクロマンサー”、私も会ったけどあんなのが出てきたら大変だね」

シオンの話も聞きながら取り止めもなく会話をする。


「そういえば、病人もいたんだ」

「……病人?」

その一言で、シオンの目の色が変わる。

「怪我じゃない。熱もそこまで高くない。でも、立とうとすると力が抜けるらしい」

「何人?」

「見た限り三人。しかも難民だけじゃなくて、工作員にも似たのがいた」

「咳は」

「見てない」

「吐いた?」

「ないと思う」

「皮膚の色は?」

「そこまでは詳しく見てない」

シオンはしばらく黙っていた。

いつもの軽い調子が薄れ、珍しく考え込む顔になる。

「病気か・・・」

「何か知ってるのか?」

「まだ断定はできない」

シオンは低く言った。

「気になる」


そこでレンは気づく。

この話題が、思った以上にシオンの興味を引いていることに。

「……随分食いつくな」

「面白そうだから」

「ろくでもない意味でだろ」

「もちろん」

シオンはけろりと答えた。

「でも、その話は覚えとく。ありがと」

酒場を出る頃には、街の空気はすっかり夜のものになっていた。



人気のない裏道へ入ったところで、レンは足を止めた。

細い小道の先に、見慣れた顔がいくつもある。

壁にもたれているガドル。

石を蹴って遊んでいるリリィ。

その少し後ろには、猫の門番の面々もいた。

「お、いたいた」

リリィが手を振る。

「生きてる?」

「一応な」

「その顔だと半分死んでるだろ」

ガドルが鼻を鳴らした。

「お前らは?」

レンが聞く。

「まだザヴィルにいるのか」

「いや、次はヴァルディアだ」

ガドルがあっさり言った。

「ヴァルディア?」

「うん。連邦側の街」

リリィが楽しそうに答える。

「今度はフィエルも追加だって。さっき決まったの」

「交渉と確認を兼ねて、って話だ」

ガドルが続ける。


「暴力もセットだろ?」

「まあ、あいつが出てくるってのはそういうことだな。セリーナとレンは呼ばないのはせめてもの温情らしい。宰相はお怒りのそうだ」


「3人で行けばいいんじゃないか?猫の門番は置いていってやれよ」

「こっちの顔も、向こうの顔も知ってるやつがいた方がいいらしいね。それに、有名人ばかりだと動きにくいからさ。情報収集役」

猫の門番の面々は少しだけ疲れた顔をしていた。同行するのは、どうやら既定路線らしい。

「それだけじゃないよ」

リリィがくすくす笑う。

「手土産もあるし」

「手土産?」

「工作員を一人、セリーナが街中で確保した」

ガドルは面倒そうに肩をすくめた。

「向こうに持っていく材料としては十分だろ、ってな。こっちにもカードがあるぞって見せるには悪くねえ」

レンは少しだけ黙る。

いかにもセリーナらしい段取りだった。先に一枚押さえてから動く。そういうやり方だ。

「なるほどな」

「私はそのまま遊びに行ってもよかったんだけどねー」

リリィが口を尖らせる。

「でもフィエルいるなら、まあいいかって感じ。話が早そうだし」


レンは猫の門番を見る。

彼らもまた、これから連邦の街へ入るのだ。簡単な仕事になるはずがない。

「……頑張ってくれ」

レンは、リリィとガドル、それから猫の門番に向かって言った。

「ヴァルディアだろ。気をつけて行け」

「へえ」

リリィがにやにやする。

「ちゃんとそういうこと言うんだ」

「言う時は言う」

「自分で言うほどでもないだろって顔してるけど」

「実際そうだろ」

少し間を置いて、レンは続ける。

「フィエルにもよろしく伝えておいてくれ」

「了解」

ガドルが短く答える。

「気が向いたら言っとく」

「気が向かなくても言っといて」

「それもそうだな」

猫の門番のリーダー、ラウルが小さく笑った。張り詰めた顔のままではあったが、それでもほんの少しだけ空気が和らぐ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ