持ち帰ったもの
門前の騒ぎがようやく「喧騒」から「処理」に変わった頃、バルドはガドルとリリィをギルド上階の応接室へ通していた。応接室といっても、飾り立てた貴族向けのものではない。重い机と椅子、書棚、簡単な酒棚があるだけの、実務用の部屋だ。ザヴィルらしい、と言えばそれまでだった。
「で、飯は?」
席に着くなり、ガドルが言った。
「酒も」
リリィが続ける。
バルドは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに諦めたようにベルを鳴らした。
「温かいものを出せ。酒は……一杯だけだ」
「けちー」
「仕事の途中だ」
リリィは不満そうに頬を膨らませたが、それ以上は言わなかった。
バルドは二人を見渡す。二人とも気軽な態度だが、服の焦げ跡と土、そして戦い終えた後の独特の気配だけで、あの山で何があったかをある程度想像させた。
「では聞こう。何が起きた?」
「見たまんまだ」
ガドルは肩をすくめる。
「向こうは《魔術工房》。本気で勝ちに来たってより、俺らをそこに縫い付けるつもりだったな。姫が前に出てりゃ、王国も無視しにくい。しかも相手が姫だと、下手に踏み込むのも面倒だ」
「陽動、ということだな」
「そういうことだ。性格悪ぃよな」
バルドは小さく頷いた。
想像していた以上に質が悪い。戦力のぶつけ合いではなく、外交込みで戦場を作ってきている。冒険者同士の喧嘩で済む話ではなかった。
「シエラ姫は何か言っていたか?」
「セリーナもフィエルもいないのに、って驚いてたよ」
リリィがあっさり答えた。
「山が崩れたのは?」
「ムカついたから」
即答だった。
バルドは頭痛をこらえる顔になる。ガドルは横で深く息を吐いた。
「一応言っとくが、《魔術工房》が撤退のために地形ごと吹っ飛ばしたのが先だ。あいつがその後で八つ当たりした」
「だって、綺麗に逃げられるとムカつくじゃん」
「ならねえよ、普通は」
リリィは納得していない顔だったが、バルドの方はかえって納得した。
あの崩れ方は、確かに片方だけの仕業には見えない。高出力同士のぶつかり合いがあって、その上で追撃と八つ当たりが乗った、そういう地形の壊れ方だった。
「つまり、連邦側は目的を果たした上で撤退。こちらは追いきれなかった」
「そうなるな」
「で、あの山の後始末は?」
「知らん」
ガドルが言う前に、リリィが胸を張った。
「それくらい、なんとかしなさい」
バルドは思わず目を閉じた。
先ほどセリーナが言ったのとほとんど同じ台詞だ。なるほど、同じギルドの空気というのはこういうところに出るのかもしれない。
扉がノックされ、料理と酒が運ばれてくる。ガドルは遠慮なく皿を引き寄せ、リリィはスープを覗き込んだ。
「ところで」
バルドは、まだ机に肘をついていたリリィへ視線を向けた。
「魔術工房は強かったか?」
「んー?」
「いや、深い意味はない。彼らのことはあまり情報がなくてな」
リリィはスプーンを止めた。
「……面倒だった」
「どういう」
「集団戦って感じ。チームワークで戦うタイプ」
バルドは無言でガドルを見る。
「連携して攻守を切り替えるタイプだな。大技は合体技。圧倒的な個という感じはしなかったが、猫の門番では勝てるイメージは湧かないな」
「なるほど、ランク相応か。フルメンバーなら勝てそうか?」
「余裕。フィエルでもセリーナでもレンでも一人いれば。やり返す?」
リリィが楽しそうに聞く。
ガドルが即座に嫌そうな顔をする。
「やめとけ。ろくなことにならん」
「でもムカつくんだけどー」
「俺もそれは同意だ。舐めてやがる」
バルドは静かに言った。
「ただし、今すぐではない。順番はこっちで決める。借りは返すぞ」
リリィは少しだけ不満そうにしたが、食事が目の前にあるうちは大人しくしてくれるらしい。バルドはその隙に、次の段取りを頭の中で組み始めた。
一方その頃。
ミナはレン、テオ、ソフィアの三人をギルド奥の小部屋へ通していた。簡素な机と椅子、記録用の紙束、インク瓶。取り調べというほど重くはないが、雑談で済ませるには重すぎる、そんな部屋だった。
「まずは、生きて帰ってきたことを褒めます」
ミナはいつもの笑顔で言った。
「その上で、なんでFランク依頼がここまで大きくなったのか説明してください」
「こっちが聞きたいんだけど……」
テオが本音を漏らす。
ミナは笑顔のまま頷いた。
「ですよね。では順番にどうぞ」
最初はテオが話し始めた。だがすぐに詰まる。難民、工作員、連邦兵、魔物誘引、山崩れ。情報が多すぎて、どこから整理すべきか分からないのだ。
「えっと……最初はただの護送だったんです」
「そうですよね」
「でも途中で変なのが混じってて、しかも魔物が来て、それで」
「順番が崩れていますね」
「自分でも分かってる!」
そこでソフィアが自然に引き取り、出来事の流れを整える。
レンは必要なところだけ補足した。どこで列が崩れかけたか、誰が魔物を呼び寄せたか、どの時点で拘束理由が固まったか。気づけば、一番短く話しているはずなのに、一番全体像が分かりやすい形になっていた。
ミナは途中から頬杖をつき、感心したようにレンを見ていた。
「レンさん、報告うまいですね」
「そうか?」
「はい。テオさんは勢いがありますし、ソフィアさんは丁寧なんですけど、レンさんが入ると急に筋が通ります」
「褒められてるのか、それ……」
「褒めてますよ」
「レンさん」
ミナの声が少しだけ低くなる。
「あとでちゃんと休んでくださいね。立ったまま報告する顔じゃなかったですし、今も全然回復してない顔してます」
「……そんなに分かるか」
「分かりますよ」
にっこり。それ以上追及はしない。だが、見えていることだけははっきり伝わった。
「で、拘束された連中の方なんですが」
ソフィアが話を戻す。
「工作員は口が固い。連邦兵は……逆に動揺してました」
「《魔術工房》が来なかったからだろうな」
テオが言う。
「自分たちは回収されると思ってた感じだった」
ミナの顔から笑みが少し引く。
「現場の兵ですら、全部を知らされてないんでしょうね」
「工作員の方は余計に黙ってた」
レンが短く言う。
「何かを知ってるから黙るのか、何も知らないから黙るのか、そこはまだ分からない」
「でも連邦工作そのものは確実、か」
ミナはペン先で机を軽く叩いた。
「なるほど……」
小部屋に、短い沈黙が落ちる。
ミナは記録をまとめながら言った。
「たぶん、またお願いすることになります」
「……聞かなかったことにしていいか?」
レンが真顔で言うと、ミナは吹き出した。
テオもつられて笑い、ソフィアは肩をすくめる。
「無理でしょ」
「そうですね」
ミナは笑顔のまま、紙を揃えた。
「ザヴィルは今、持ち帰ったものを一つずつ開けてる最中ですから」




