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門前の格

ザヴィルの城壁が近づくにつれ、列の空気はどんどん重くなっていった。夕暮れの赤い光の中でも、門前の異様さははっきり分かる。普段より多い門兵、城壁の上に並ぶ弓兵と魔術師、さらに門の内外を慌ただしく行き交う役人や医療班。遠目にも、街が山地崩壊の報で張り詰めているのが伝わってきた。

レンは隊列の端を歩きながら、こっそりと手首を押さえた。腕輪の鈍い重みが、ずっとそこにある。戦闘が終わっても疲労は抜けない。むしろ護送で歩き続けている分、脚のだるさは増していた。普段なら気にも留めない距離なのに、今日は妙に長く感じる。


門前に着いた瞬間、案の定、空気がぶつかった。

「止まれ!!」

「病人を先に運び込め!このまま外で待たせるな!」

「連邦兵の拘束を優先しろ!」

「難民の身元確認が先だ!勝手に通すな!」

門兵、衛兵、役人、医療班。全員が違う方向から正しいことを叫ぶせいで、門前の流れがぴたりと止まった。難民たちは怯えて縮こまり、拘束された工作員と連邦兵は逆に目だけをぎらつかせる。誰か一人が余計なことをすれば、また崩れる。そういうぎりぎりの空気だった。

レンは内心でため息をついた。ここで止まるのはまずい。だが、前に出すぎるのも面倒だ。そう思った時、列の前方から低い声が響いた。


「順番を間違えるな」

ざわめきが一瞬だけ弱まる。

人波を割って出てきたのは、地味な濃紺のコートを着た細身の男だった。大柄ではない。だが姿勢がぶれず、周囲を見る目が異様に静かだ。

「病人は右。医療班、今すぐ隔離。難民は中央。威圧するな。拘束者は左、証拠品は別。騒ぎたい奴は後ろへ下がれ。邪魔だ。既に内容は聞いていたのになんたるざまだ」

淡々とした口調だった。怒鳴っているわけでもないのに、言葉がそのまま命令として通っていく。さっきまで口々に主張していた連中が、それぞれ自分の役割に戻り始めた。


「……あの人が?」

テオが小さく呟く。

「たぶん、ギルド長ね」

ソフィアが答える。

男――バルドは、短く隊列を見渡し、最後にレンたちの方へ視線を向けた。ほんの一瞬だけ。レンは何食わぬ顔を保つ。幸い、気づかれた訳ではなさそうだ。バルドは何も言わず、すぐに別の指示へ移った。

「列を開けろ。担架を先に通す」

仕分けが始まると、猫の門番も自然に動いた。ラウルは門兵たちへ必要事項だけを簡潔に伝え、拘束者の数と魔道具の押収を確認する。別の獣人メンバーは難民の誘導に回り、後衛は証拠品の運搬と見張りを兼ねて位置を取る。誰も慌てず、誰も声を荒げない。自分たちがどう見られるかを分かったうえで、堂々と働いていた。


「これがAランクか……」

テオが感嘆の息を漏らす。

「強いだけじゃなくて、こういう時もあんなに堂々としていられるのね……」

ソフィアも見入っている。そこへ、軽い足取りで近づいてくる者がいた。

「おかえりなさい、って言っていい状況ですかね?」

いつもの明るい声。ミナだった。彼女は普段通りの笑顔で近づいてきたが、その目は三人の様子をきっちり見ている。

「皆さん無事そうでよかったです。……あ、でも全員、顔はひどいですね」

「そりゃそうだろ……」

テオが苦笑する。

「いろいろなことが起きすぎて大変でした」

ソフィアも苦笑する。

「あとでちゃんと聞かせてくださいね」


最後にレンを見て、にっこり笑う。

「レンさんは、一番疲れてる顔してますね」

「そんなことないよ」

「ありますよ」

即答だった。レンは何も返せない。

腕輪のせいで脚は重いし、手首の内側はじんじんする。ここで座れと言われたら正直ありがたいが、そんな余裕もない。


左側の拘束列では、連邦兵がなおも食い下がっていた。

「我々は連邦の兵だ!この扱いは問題になるぞ!」

「外交問題だ!」

最初の勢いは、もはや半分以上が焦りだった。《魔術工房》が現れない。山は崩れた。なのに、自分たちは置き去りにされたままだ。その現実が、じわじわと効いている。

バルドが拘束列の前に立ち、冷ややかに告げる。

「連邦兵だから拘束するんじゃない。王国内で魔物を誘引し、人命を危険にさらしたから拘束する。文句は記録する。だが、今は連行されろ」

工作員たちは黙り込んでいた。連邦兵のように騒ぐでもなく、ただ状況が悪いと理解して口を閉ざしている。むしろその沈黙の方が、後ろ暗さを感じさせた。


その時だった。門前のざわめきが、また別の意味で止まった。

人々の視線が、一斉に後ろへ流れる。レンは見なくても分かった。来たな、と思った。

ガドルとリリィだった。大きな盾を担いだガドルは、いかにも面倒そうな顔で歩いてくる。リリィはその横で、誰かを探しているようにきょろきょろと門前を見回している。だが、二人の服や装備に残る戦闘の痕跡と、纏っている圧だけで十分だった。さっきまで騒いでいた連邦兵たちの口が、一瞬で閉じる。

「あ、まだいたんだ」

リリィが連邦兵を見て言った。ただそれだけで、数人が本気で顔色を失う。

「少し話を聞かせて欲しいんだが」

バルドが話しかける。

「セリーナはいるのか・・・?」

「いや、いないぞ」

恐る恐る問いかけるガドルにバルドが答えると二人はほっとした顔をしていた。

「よしじゃあ話しましょー!お腹減ったから美味しいご飯が食べたいな」

「おっさん、飯も頼んだわ!」


好き勝手に話す二人にレンはできるだけ視線を合わせないようにした。向こうも向こうで、今ここで余計なことを言う気はないらしい。ガドルもリリィも一度だけこちらを見たが、何も言わずにバルドの方へ歩いていった。

門前の処理がさらに進み、ようやく大枠が見え始めた頃、ミナが三人を手招きした。少しだけ人の少ない場所まで連れていき、声を落とす。

「今の二人、知ってます?」

「思うも何も、絶対やばい人たちだろ……」

テオが即答した。ソフィアもこくこく頷く。

「大きい方がガドルさん、小さい方がリリィさんです」

ミナは少し得意げに言った。

「王国最強ギルド《宵闇の極光》のメンバーですね」

「……え」

テオが固まる。

「やっぱり」

ソフィアは半ば納得した顔になる。


「リリィさんは死霊魔法の使い手で、無限に呼び出せるアンデットの物量で圧倒することで有名です。ガドルさんは圧倒的な防御力と破壊力を持つ前衛かつ護衛役。2人揃うだけでもAランクチームでも勝ち目はない、と言われている有名人です」

「そりゃ、あれだけで空気変わるわけだ……」

テオは呆然と山の方を見た。ソフィアも小さく息を吐く。

「きっとさっきまであの人たちが戦ってたのよね……」

「そうなりますね」

ミナはにこっと笑う。

「あの人達に追いつけるように頑張っていきましょうね」

「山を砕くようになろう、ってことか・・・?」


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