後始末
熱霧と土砂が、砕けた森を覆っていた。《魔術工房》の大規模魔法で生まれた爆風が、折れた針葉樹の幹を転がし、焼けた土の匂いを一帯に撒き散らしている。地面には、ガドルが踏み込んだ跡と、リリィの死霊魔法が穿った穴が幾重にも残っていた。
「……なるほど。ようやく少し、見えてきたわ」
シエラ姫は崩れた岩場の上で、静かに息を吐いた。前には巨大盾を構えるガドル。背後には、手持ちの骨から組み上げた三体の骨巨人と、森の魔物をアンデッド化して増殖させた軍勢を従えたリリィ。人の死体が少ない森を選んだというのに、この有様だ。
「セリーナもいない。フィエルもいない。それで、ここまでやるのね」
「うちをそこらのSランクと一緒にするなって話だな」
ガドルは大盾を肩に担ぎ直し、獰猛に笑った。盾の表面はシエラ姫の収束砲撃を受けて赤熱している。それでも本人は、多少熱い程度にしか思っていない顔だった。
リリィは骨巨人の肩に座ったまま、足をぶらぶらさせている。
「ねえねえ、まだ続ける? 今度は人型じゃなくて、四足の大きい子も作れるよ」
そう言って彼女が軽く指を振ると、地面に散らばっていた魔物の骨と皮がまたぞろ持ち上がった。狼型、猪型、鳥型。さっき倒されたはずの魔物アンデッドが、別の形に組み変わっていく。
《魔術工房》の後衛が顔をしかめる。
「まだ増えるのか……!」
「頑張ってー」
無邪気な声。だが、やっていることは完全に災厄だった。
シエラ姫はその光景を見ながらも、表情を崩さなかった。
「最初から勝ち切るつもりで来たわけではないの。こちらとしては、十分役目を果たしたわ」
その言葉に、ガドルが眉をひそめる。
「役目だぁ?」
「ええ」
シエラ姫は平然と答えた。
「王国の強者を引きつけること。私が前に出れば、王国も簡単には無視できないでしょう?姫を相手に大仰な抗議はしづらい。けれど放置もできない。そういう立場は便利なのよ」
ガドルは露骨に舌打ちした。
「陽動かよ。性格悪ぃな」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
次の瞬間、《魔術工房》の支援術師たちが一斉に詠唱を始めた。地面が唸り、焼けた斜面が崩れ、濃密な熱霧が森を覆う。さらに上空から爆裂光弾が三連続で落ち、旧街道の残骸ごと大地を吹き飛ばした。
「撤退だ。追わせるな!」
誰かの号令。熱霧と崩落の向こうに、《魔術工房》の気配が一気に遠ざかっていく。
「あっ、逃げる!」
リリィが不満げに立ち上がる。ガドルは巨大盾で飛来した岩塊を叩き落としながら叫んだ。
「深追いすんな! ここで追ったら崩れに巻き込まれる!」
「でもムカつく」
「諦めろ!」
「えー」
そう返事をした時点で、たぶん駄目だった。
リリィは骨巨人の一体に手を伸ばし、そのまま崖へ向けて突っ込ませた。骨巨人は咆哮じみた音を立てて斜面に激突し、尾根の一部をごっそり崩す。さらに魔物アンデッドの群れが雪崩のようにその後へ続き、地盤の緩んだ山肌へ突っ込んだ。
轟音。
山そのものが一段、沈んだ。
「お前ほんとにやりすぎだ!」
「だってムカついたんだもん!」
リリィはむくれながら、さらに骨の杭を地面へ打ち込む。亀裂が沢沿いに走り、水の流れが変わった。森の奥で木々がまとめて倒れ、遠くザヴィルからでも見えるくらいの土煙が上がる。
ガドルは頭を抱えた。
「……セリーナ、絶対キレるだろこれ」
「それはそう……」
ザヴィルには、山地崩壊の報だけが先に届いた。ヴァルディア方面の山で大規模崩落。旧街道寸断。森林地帯の一部消失。大規模魔法戦の痕跡あり。さらに、連邦の姫が近辺で動いているらしい――それだけで、上層部は十分に混乱した。
「侵攻準備か!?」
「いや、さすがにないだろ!」
「大規模魔法まで出ているのだぞ、放置できるか!」
「状況がわからなさすぎる! この状況で誰が動けるんだ!」
領主側近、衛兵長、ギルド上層部、商会の代表。皆が好き勝手に怒鳴り合い、誰も結論を出せない。
その時、音もなく扉が開いた。
最初に気づいた一人が、ぴたりと黙る。次に二人、三人と沈黙が広がっていく。
そこに立っていたのは、青いドレスを纏った女だった。氷の魔女、セリーナ。
「問題ありません」
静かな声。だが部屋の空気が一瞬で冷える。机の上の水差しの表面に、薄く氷が張った。
「解決済みです」
誰も反論できなかった。
セリーナは一瞥で場を見回し、淡々と告げる。
「……貴方達が関与しているのですか?」
恐る恐る問いかけたのは領主だった。
「ええ。リリィとガドルが」
「あのお二人が……」
「森が壊れた影響で、魔物の生息域の変化や交通障害が起きる可能性があります。問題ないのでしょうか?」
商会代表が慎重に問いかける。
「知らないわ」
「は……?」
「それくらいは、なんとかしなさい」
場が凍る。その空気の中で、一人だけため息混じりに口を開いた男がいた。
「それは少し傲慢じゃないかね」
セリーナの視線が、ゆっくりとその男へ向く。
「……誰、あなた」
「すまない。ザヴィルのギルド長、バルドと申す」
男は肩をすくめた。
「この後の片付けがギルドとして大変だと思うとな。はい、そうですかとは言えないところもある」
「そう……で?」
「まず確認させてほしいのだが、これは何かしらの必要性があって起きたことなのかね?」
「もちろん。ただ詳細は話せないわ」
バルドは数秒だけ考え、それから短くうなずいた。
「つまり、依頼と。それだけわかれば十分だ。後は任せてくれ」
「わかりました。ではお願いします。私は王都へ戻りますので」
突如現れたセリーナは、それだけ言い残すとまた去っていった。
沈黙の後、商会代表がようやく息を吐く。
「あれが氷の魔女……尋常ではないな」
「しかし、バルドさん。本当にいいんですか?費用請求もしなくて」
ほっとした様子の商人が問いかける。バルドは面倒そうに眉を寄せた。
「やれるものならお前がしろよ……。まあ、依頼主に話を持っていく余地はありそうだ」
「依頼主がわかるんですか?」
「これでも元Aランクだぞ」
バルドは鼻を鳴らした。
「Sランク、しかもあいつらに依頼を出せる人物なんて限られている。依頼主の話をしないのは冒険者のルールだが、セリーナがわざわざ顔を出したってことは、こっちから話を持っていける相手だってことだろう。『そっちで話せ』ってな」
「つまり……」
「ああ」
バルドは淡々と答えた。
「王家か、宰相か。その辺りだ」




