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山を裂く者たち

「失礼な言い方だな。だがまあいい。理解しているなら引いてくれ。二人では勝てないと分かっているだろう」

ヴァルディアへ向かう山道を外れた深い森。その開けた一角で、《魔術工房》の男は静かに告げた。周囲には古い獣道と岩場、背の高い針葉樹ばかり。人里からは遠く、墓地も集落もない。あまりにも都合よく“死体が少ない”場所だった。


ガドルは鼻を鳴らす。

「随分と場所選びに気を使ったな」

シエラ姫が柔らかく微笑んだ。

「当然でしょう? こちらも、“ネクロマンサー”に好き勝手させる気はありませんもの。人の死体が少ない森を選ばせてもらったわ」


その言葉に、リリィはつまらなそうに頬を膨らませた。

「へえ。ちゃんと調べてるんだ。えらいえらい」

見た目だけなら、無邪気な少女の声だった。だが、ガドルは知っている。リリィがこういう声を出す時は、大抵ろくでもないことが起きる。


「Sランクってのは、一番上のランクってだけだろ」

ガドルは大盾を肩に担ぎ直した。

「その中での差まで分からねえ馬鹿は、早死にするぞ」

「そう」

シエラ姫の笑みが、ほんのわずかに鋭くなる。

「なら試してみましょうか。王国最強の末席が、どこまで“我々”に抗えるのか」


その瞬間、《魔術工房》が動いた。前衛が散開し、支援術師が同時に魔法陣を展開。上空には狙撃用の光輪が幾重にも浮かび、地面には拘束術式が走る。さらにシエラ姫自身の前には、巨大な砲撃陣が重なり始めていた。 完成された集団戦。無駄のない連携。連邦が誇るSランクの戦い方だ。


「おお、派手だな」 ガドルは一歩前へ出る。次の瞬間、彼の盾が膨れ上がった。本来の数倍に巨大化した盾は、もはや壁だった。そこへ自己強化魔法を重ねる。制約なし。遠慮も加減もない。


「行くぞ、リリィ」

「うん。今日は好きにやるね」

その声と同時に、ガドルが盾を地面へ叩きつけた。 轟音。 地盤そのものが跳ね、魔術工房の拘束術式がまとめて砕け散る。直後に飛来した光槍を巨大盾が正面から受け止め、爆ぜた衝撃が四方へ吹き荒れた。木々が根元からへし折れ、森の一角が円形に消し飛ぶ。


「ちっ……!」

魔術工房の前衛が顔をしかめる。だが、その視界の端で、さらにおぞましいことが始まっていた。 リリィが、持っていた革袋を開いたのだ。中から転がり落ちたのは、さまざまな骨。竜種の牙、魔獣の肋骨、巨大な脛骨、何のものか分からない黒ずんだ角。いつも持ち歩いている“素材”である。


「人が少ない森を選んだのは賢いけど……私は別に、そこら辺の死体だけで戦うわけじゃないんだよ?」

リリィが片手を掲げる。 骨が浮いた。いや、舞い上がった骨が、空中で組み上がっていく。太い骨を支柱に、肋骨が檻のように重なり、頭蓋が核となって、みるみるうちに巨大な人型が形を成す。三メートル、四メートル――さらに膨れ上がる。

「な……!」

《魔術工房》の誰かが息を呑む。完成したのは、巨人のような骨のアンデッドだった。しかも一体ではない。二体、三体と、リリィの周囲で次々と組み上がっていく。


「それと」 リリィはにっこり笑った。

「森って、魔物はいるよね」

死霊魔法が一帯へ広がる。木々の根元、茂みの奥、土の下から、獣の骨や腐りかけた魔物の死骸が次々と引きずり出された。狼型、猪型、鳥型、猿のようなものまである。それらが不自然な角度で起き上がり、赤黒い光を目に灯す。魔物のアンデッドが、群れを成して数を増やしていった。


「数が……!」

「させるな!」

《魔術工房》の支援術師が号令を飛ばす。炎弾、氷槍、光の網が一斉に放たれ、骨獣の群れを薙ぎ払う。だが、リリィは楽しそうに笑うだけだった。

「いいよいいよ、そのまま壊して。壊れた分、組み直すから」 魔物の骨が砕け、砕けた端からまた別の形へ組み変わる。狼が二つに割れれば、二体の小型獣になる。鳥が落ちれば、羽根骨の群れが刃のように飛ぶ。死霊魔法の物量に、さすがの《魔術工房》も表情を変えた。


「厄介ね……」

シエラ姫が小さく呟く。だが次の瞬間、その瞳は鋭く前を射抜いた。

「来る!」

ガドルは、すでに突っ込んでいた。巨大盾を構えたまま一直線。飛来する光弾も氷槍も、真正面から受けてそのまま踏み込む。一歩で地面が沈み、二歩目で木々が吹き飛ぶ。三歩目で間合いに入ると、彼は盾ごと前衛を殴り飛ばした。 人間を殴った音ではなかった。弾き飛ばされた前衛は、背後の大木を三本まとめてへし折り、そのまま岩場へ叩きつけられる。周辺の地面までめくれ上がり、森の一角がクレーターのように沈んだ。


「なんだあの馬鹿げた出力は!」

狙撃役が叫ぶ。そこへシエラ姫が前へ出る。

「総出力、私に集めて」

複数の支援術がシエラ姫に重なる。彼女の前に現れた魔法陣が、見る間に十重二十重と展開されていく。 「収束砲撃、解放」

放たれた光は、熱と圧力を伴った巨大な奔流だった。森を一直線に焼き払い、地面を削り、ガドルを呑み込む。余波だけで周囲の木々が蒸発し、斜面が崩れ、細い沢が一瞬で埋まった。


だが、光の中心でガドルは立っていた。 「痛えな」 盾は赤熱し、地面は足元ごと抉れている。それでも倒れない。ガドルは笑い、盾を振りかぶった。

「じゃあ次は、こっちだ!」

振り下ろされた一撃で、大地が裂けた。 斬撃というより、質量と強化魔法を乗せた破壊だった。地面が真っ二つに割れ、土砂が噴き上がり、斜面の木々が一帯ごと倒れる。裂け目はそのまま岩盤へ走り、崖の一部が崩落。地形そのものが変わる。

《魔術工房》が後退しながら陣を立て直す。


その動きを見ながら、シエラ姫は静かに息を吐いた。

「……なるほど」

骨の巨人、無数の魔物アンデッド、そして山を裂く前衛。

たった二人。だが、その二人だけで戦場は災害の跡のように変貌していた。


「セリーナはいない。フィエルもいない」

シエラ姫は低く呟く。

「それでも、この有様……」

彼女が本当に警戒していたのは、王国最強ギルドの中でも神出鬼没かつ実力が別格とされる二人だった。冷徹な頭脳と圧倒的な魔力で戦場を凍らせる女。白き剣で戦局ごと断ち切る女。その不在を確認したうえで、この森を選んだはずだった。だが、それでもなお足りなかった。

さらに・・・シエラ姫の視線が、リリィへ向く。

「あなたたちのリーダーはどこ?」

リリィは嬉しそうに笑った。

「さあ? 今ごろ普通の冒険者ごっこでもしてるんじゃない?」


軽い言葉。だがシエラ姫の目が、そこでほんのわずかに細くなる。普通の冒険者ごっこ。そんなことを、この連中のリーダーがするだろうか。いや――するのかもしれない。 王国最強の切り札でありながら、表に出ない平凡な男。噂だけが薄く流れてくる、輪郭の曖昧なリーダー。


「なるほど……」 シエラ姫は、小さく笑った。「噂どおり、王国で一番見えにくい駒みたいね」

その意味を問い返す前に、リリィが手を振った。

「ねえガドル、あんまり長引かせるとレンに怒られるかな?」

「怒るだろうな。だが、もう遅えよ」

二人が同時に前へ出る。次の瞬間、骨の巨人が咆哮し、魔物アンデッドの群れが森を埋め、ガドルの踏み込みで大地がさらに沈んだ。

遠く、ザヴィル方面。 レンは難民と工作員と魔物の混戦の中で、二度目の地鳴りを聞いた。

「な、なんだ今の!?」

テオが叫ぶ。

「雷じゃないわよね!?」

ソフィアも顔を上げる。 レンだけが、ものすごく嫌そうな顔をした。

(あいつら、全力でやってるな……)

しかも、まだ終わっていない。遠方の尾根の形が、さっき見た時と明らかに違っていた。

普通の冒険者として生き直すはずだった。なのに遠くでは、仲間が山と森を作り変えている。

「……今日は帰れないな」

ぼそりと漏れたその言葉は、地鳴りにかき消された。


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