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神隠しの正体

ザヴィルの城壁が見える距離まで来たところで、難民の列の空気がまた変わった。

連邦兵と、難民の皮を被った連中。そのどちらもが、リリィのアンデッドを前に露骨に動きを鈍らせている。だが、その中で一人、本当に追い詰められた顔をした若い男がいた。二十歳になるかならないか。痩せこけ、唇は乾き、足取りも危うい。だがその男は震えながらも一歩前に出ると、猫の門番のリーダーであるラウルに向かって声を絞り出した。

「た、助けてくれ……!おれは、あいつらの仲間じゃない!このまま戻されたら殺される!」

その必死さだけで、場の質が変わった。レンは男の目を見る。連邦兵の顔色を窺う余裕も、場をどう転がすかという計算もない。ただ怯えと、助かりたいという本音だけがあった。(ああ、こいつは本物だ)

さっき助けを求めた女とは違う。あの女は「誰に縋れば場が荒れるか」を見ていた。だがこの男は違う。自分がどこへ逃げれば生き残れるか、それしか見えていない。

「ええっと」

ラウルが考えている間に、リリィはにこりと笑った。


「そっか」

次の瞬間、地面の影と土の隙間から、白い手が無数に伸びた。骨ばった指、泥まみれの腕、半ば朽ちた兵士の手。死霊魔法で呼び出されたそれらは、一斉に連邦兵の足首と腕に絡みつき、数人をその場に引き倒す。

「なっ――!」

「動かないでね。動くと折れるよ」

リリィは楽しげにそう言って、一人の兵士の首筋にアンデッドの手を這わせた。兵士が青ざめる。その横で、先ほど助けを求めた女が反射的に身を翻し、逃げようとした。

だが、それも白い手が掴んだ。

「……あ、こっちもか」

リリィの声は妙に明るかった。

拘束された兵士の一人が、明らかに女を庇おうとして動きを見せる。それだけで十分だった。

「そいつも仲間ですね」


猫の門番のシェルが低く言うと、女は歯を食いしばったまま黙り込んだ。

「ねえ、喋って。面倒だから」

リリィは首を傾げ、それでも返答がないと分かると、指差した。

「じゃあ、この人いらないね」

地面から伸びた白い手が、その女の顔と喉を一斉に覆った。短い悲鳴。次の瞬間には力が抜け、女は崩れ落ちる。

静寂が落ちた。

テオとソフィアが息を呑む。猫の門番も、連邦兵士も難民も顔を強張らせる。

「こんなことしたら問題に」

「次」

リリィが笑う。隣の兵士を指さす。

「喋る?」

「は、話す!話すからやめろ!」

「本当かなあ」


リリィは笑顔でもう一度指を振る。

「ぎゃああ」

兵士の足があらぬ方向に曲がる。

「じゃ、どういう状況か教えてくれる?」

汗と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、途切れ途切れに吐き出す。

「目的は、ザヴィルの治安を乱すことだ……!人を消して、噂を広げて、街を不安定にする!神隠しも、その一環だ!」


「やっぱり怪異じゃなくて人為か」

ソフィアが呟く。

兵士は止まらなかった。いや、止まれなかった。

「商人も怯えさせて逃がす!難民の流入と失踪を重ねれば、街は勝手に疑心暗鬼になる!ヴァルディアから……」

突然兵士は倒れる。見ると、首にナイフが。

リリィは不機嫌な顔をする。

「口封じ?つまんない」

一気に空気は緊迫に。


「もう十分だ」

レンが止める。

「ここで全員殺すのは悪手だ。証拠も立場も必要になる。ザヴィルでまとめて話をさせる」

リリィは不満そうに頬を膨らませた。

「でも、まだ色々出そうだよ?」

「出るだろうな。だからこそ街だ。ここで死体を積んでも、向こうの思う壺になる」


数秒だけ睨み合い、やがてリリィは肩をすくめた。

「はーい」

ラウルもすぐに頷く。

「同意します。この場で片づけるには大きすぎる案件です」

場がようやく現実へ引き戻された、その直後だった。



リリィの表情が変わる。

さっきまでの無邪気さが消え、鼻先で何かを嗅ぐ獣のように、ヴァルディアの方角を見た。

「……もっと嫌な匂いがする」

ガドルも剣の柄に手を置いた。

「ああ。こっちより先だ」

「今行かないと、よくない気がする」

リリィはそう言うと、アンデッドを数体残し、ひょいとガドルの腕を引いた。

「ガドル、行くよ」

「そうだな」

ガドルとリリィは猛スピードで走り去り離脱する。シェルが追おうとしたが、ラウルが首を振って止めた。

「……任せるしかない」

そしてリリィたちの姿が木立の向こうへ消えた、まさにその瞬間だった。

拘束されていた工作員の一人が、懐から小さな魔道具を取り出し、地面に叩きつけた。

甲高い破裂音と、耳障りな魔力波が広がる。


「まずい!」

周囲の森がざわめき、獣の唸り声と羽音が次々と近づいてくる。


「なんだ!」

「魔物を呼び寄せている!」

「なんでよ!」

「逃げる気だ!混乱に紛れて!」

テオとソフィアが叫び、レンが答える。

森の奥から、牙を剥いた魔物たちが姿を現す。狼型、鳥型、何にせよ面倒なのは、本物の難民と工作員がまだ混ざっていることだった。


「皆、迎撃を!」

ラウルが即座に指示を飛ばす。チームメンバーは散るように前へ出て、魔物の群れへぶつかった。さすがAランク、連携が速い。正面を切り裂き、横合いを獣人が抑え、魔法で動線を狭める。無駄がない。

ラウルは、兵士達と向き合っている。

「流石にAランクに勝てるとは思わないよな?大人しくしておくと良い」

「さあ、どうだろうな」

余裕を見せる兵士達。

「俺たちは難民の保護と監視だ!あまり近づきすぎるなよ!」

「レン、なんで近付かないんだ!」

「敵と難民が混ざっている!」

「わかった!テオもレンも死なないようにね!」


「君たち、無茶を言うようですまないができる限り殺さないように頼む!知るべきことが多い!」

ラウルの依頼にうなづき対応を始める。

ソフィアが病人と怯える若い男を背に庇う。テオが前へ出て、逃げようとした工作員を殴り倒した。

レンは最小限の動きで二つをこなした。魔物を捌き、本物の難民を庇い、反撃してくる者は工作員として正確に潰す。殺すのではなく、逃がさない。今必要なのは殲滅ではなく、誰を守り、誰を止めるかの判断だった。


――場面は変わる。

ヴァルディア方面、山際の古い街道跡。

リリィとガドルが辿り着いた先には、連邦のSランクチーム《魔術工房》がいた。戦闘態勢ではあるが、すぐに攻撃してくる様子ではない。

「……お姫様チームか」

ガドルが眉をひそめる。

対する魔術工房の一人が静かに言う。

「失礼な言い方だな。だがまあいい。わかってるなら引いてくれ。2人で勝てるわけがないとわかっているだろう」


ガドルは笑う。

「Sランクってのは一番上のランクってのがなあ。その中での力の差もわからない馬鹿は早死にするぞ?」


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