表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/68

門前の死霊

シオンは、裏の伝手を使って二つの情報を拾っていた。一つは、連邦のスパイが一人、ザヴィル周辺で捕まったこと。もう一つは、レンたちが受けている難民護送の依頼が、その件とどうやら繋がっているらしいということだ。どちらも断片的で、確かな輪郭は見えない。だが、だからこそ厄介だった。こういう時、下手に首を突っ込めば、何も分からないまま消える。最近のザヴィルは、そういう嫌な気配ばかりが濃くなっていた。少し迷った末、シオンは大手の情報屋に接触した。表向きはただの手配師、裏では王都まで繋がっている連中だ。こういう大きな話に、自分一人で噛むのは危ない。

「その件なら、すでに動いています」

落ち着いた声でそう返され、シオンは眉を上げる。


「誰が?」 「Sランクが」

シオンの背筋に冷たいものが走る。ザヴィル近郊に今、そのランクの怪物がいるとすれば。

「……もしかして、あの小さい女か?」 「ご存知でしたか。賢明な判断を。死にたくなければ、近寄らないことをお勧めしますよ。あれはもう、生きている者の範疇にいませんから」


――

連邦の武装集団が現れ、「連邦民の保護に来た」と言い出した直後だった。難民の中の若い女が、怯えた顔で一歩だけ前に出る。

「助けて……」

その声は震えていて、昨日から何度か目が合っていたこともあり、レンは一瞬だけ彼女を本物の被害者かもしれないと思った。だが次の瞬間、違和感が走る。視線が周囲を確認しすぎている。助けを求めるには、あまりにも出来すぎたタイミングだ。何より、他の難民たちがそれに反応しない。仲間が裏切ったとして切り捨てられることへの恐怖がない。

(こいつも、そっち側か)


彼女は本当に救われたいのではなく、“助けを求める被害者”を演じて場を荒らそうとしている。レンたちが庇えば連邦側と衝突し、逆に突き放せば王国が難民を見捨てた構図になる。どちらに転んでも火種になる、そういう役回りだろう。

「こんなに嫌がってるぞ!」

テオがヒートアップしている。テオの反応も当然だ。レンが冷静なのは単に、同じ状況を経験しているからである。仕掛ける側として。


「なんだ、文句あるのか……」 「あー、いた!」

大声を出す連邦兵士を遮る声。振り返るとリリィ、ガドル、そして猫の門番だ。

(なんであいつらがここに……?)


リリィは一度こちらを見たが、何事もなかったように視線を逸らした。一応、他人のふりをしてくれるつもりらしい。セリーナの指示だろう。引きつるテオとソフィア。連邦側も難民たちも、あからさまに顔色を変えている。

「リリィ……“ネクロマンサー”が、こんなところに」 「“不動の城壁”までセット。Aランクチームも……」

連邦側の誰かが、小声でそう漏らした。声は震えていた。難民の中にも、反射的に目を逸らした者がいた。

(さすが有名人)


「なんだっけ、全員殺せばいいんだっけ」

リリィがあっけらかんと言った瞬間、場が凍った。猫の門番は顔面蒼白になる。テオは意味が分からない顔で固まり、ソフィアは一瞬だけ本気で後ずさった。

「違う。トラブルにならないように収める、だ」

ガドルが即座に訂正する。リリィはつまらなそうに口を尖らせた。

「えー、死ねば皆言うこと聞くから解決じゃない?」 「その解決法は却下だ」

無茶苦茶を言うリリィに頭痛を抑え、レンが割って入る。

「……とりあえず、全員ザヴィルで話そう」

今この場で剣を抜けば、相手の思う壺だ。街の外、難民の顔をした連中と、連邦の保護部隊。そこへ王国側の冒険者が手を出したとなれば、それだけで火種になる。全員殺したとしても、監視役がいないとは限らない。


猫の門番も慌てて同意した。

「この場で処理する案件ではありませんね」 「証人も足りませんし、病人もいます」 「街に持ち込むのが妥当です」

ガドルも面倒そうに頷く。

「もう街に投げようぜ。どうせこういうのは、俺らより細かいやつがやった方が早い」

連邦側も、難民たちも、露骨に嫌そうな顔はしたが、反対はしなかった。いや、できなかったと言うべきかもしれない。ここで強く拒めば、何が起きるか分からない。“墓場の妖精”、気まぐれで無邪気、何をするか分からない。予測できないSランクほど厄介な存在はない。


連邦側の代表も、一瞬だけ沈黙した後で、形式的に頷いた。

「……我々としては不本意ですが、ザヴィルの自治に従いましょう」

その声音は静かだったが、内側に刺を含んでいた。するとリリィは、一気に不機嫌な顔をして言った。

「こっちが不本意なんだけど。面倒だなあ」

そう言って、死霊魔法を展開する。

地面の影から、道端の窪みから、ぞろぞろとアンデッドが現れ始めた。骸骨、半壊した兵士、四足歩行の獣の死骸。形も大きさもばらばらだが、どれもリリィの前では従順だった。連邦兵の一人が思わず後ずさる。難民たちの何人かは、演技ではない引きつった顔を見せた。猫の門番は完全に視線を逸らしている。

「おおー、結構良質な土地だね、良さそうな子がいっぱいいる」

リリィはにこにこと言う。

「誰か逃げてみない? ここで死んだら良くなるのか、良い子が死んだのか知りたいな」

「怖いことを笑顔で言うな……」

テオが思わず小声で突っ込む。


「アンデッドいっぱいいて、どうするの……?」

ソフィアが小声で疑問の声を出すと、リリィは首を傾げた。

「ゆっくり歩くの疲れるから、運んでもらおうと思って」

そう言って、担架の一つを指差す。次の瞬間、二体のアンデッドが滑らかに前へ出て、病人を下ろし、担架をひょいと持ち上げた。無駄に丁寧な動きである。もう二体のアンデッドが病人を運び、担架にはリリィが乗る。

「おお……」 「便利、なのかしら」 「便利ではあるな」

テオが変な声を出し、ソフィアも複雑そうな顔をする。レンは深く息を吐いた。問題は増えた気もするが、少なくとも今この場で逃げることは誰にもできなくなった。連邦側も、難民たちも、アンデッドの列に挟まれて派手には動けない。


リリィは楽しそうに死者の列を眺めている。ガドルは頭を抱え、猫の門番は「これで本当に街へ入るのか」とでも言いたげな顔をしていた。


ザヴィルの城壁はもう目前だ。難民を届けるだけの依頼だったはずなのに、気づけば護送列の真ん中には工作員と連邦兵、両脇にはアンデッドが並び、最後尾には最強ギルドのリーダーが無言で歩いている。レンは空を仰ぎたくなるのを堪えながら、前を向いた。問題は、まだ何一つ終わっていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ