被害者の顔
二人が突然走り出した直後、三人は反射的に互いの位置を寄せた。
「追うぞ!」
テオがすぐさま身を翻す。
「待って!」
ソフィアが担架の方を見る。病人三人はそのままだ。残った難民たちも、逃げ出しこそしないものの、明らかに動揺したような顔で固まっている。
レンは短く言った。
「今は追うな」
「でも――」
「残ってる連中がどういう奴らか分からない。それに、あまりにも露骨すぎる」
レンは川側と森側へ消えた二人を順に見やる。
「わざとらしい。こっちを割るつもりか、時間を稼ぎたいのか、何か意図がある」
テオは歯噛みしたが、すぐに剣を下ろした。
「……わかった。なら、残った連中を見よう」
「そうして」
ソフィアも頷く。
担架の病人と、立っている難民たち、消えた二人とこれまでに行方不明になった者達。全員が仲間なのか、直感的に怪しいと感じる。
三人は残った難民たちの前に立ち、最低限の確認を始めた。
「今逃げた二人のことを教えてくれ」
レンが落ち着いた声で言う。
難民たちは皆、少し怯えたような神妙な顔つきをしている。だが、その怯え方もどこか揃いすぎていた。
「……わからない」
「気づいたら、いなくなっていて」
「私たちも、急だったので」
返ってくるのは、曖昧な答えばかりだ。
「名前は?」
テオが聞く。
「……知りません」
「隣で寝てたんじゃないのか?」
「はい……でも、あまり話したことがなくて」
「村が同じなんだろ?」
「はい……でも」
要領を得ない。全員が少しずつ違う言葉で、同じ中身のない返事をしている。
レンはその顔を一人ずつ見る。動揺しているように見える。だが、誰一人として本気で取り乱してはいなかった。
(やっぱり薄いな)
本当に仲間が二人、いや、これまでの分も含めれば7人も消えた集団の空気ではない。困ってはいるが、失ってはいないような顔だ。
「お前ら、荷物は?」
テオが苛立ったように聞く。
「見せろ」
返事を待たず、近くにいた女の鞄をひったくる。
「ちょ、ちょっと……!」
女が声を上げるが、強く取り返そうとはしない。テオは構わず中身を漁った。衣服、干し肉、水袋――その下から、丸められた防水布が出てくる。
「なんだこれ」
広げると、中には簡単な記号と時刻らしき数字がいくつも書かれていた。地図というほど詳細ではないが、目印と合流時間を示すような印だ。
「普通の難民が持つものじゃないな」
レンが低く言う。
ソフィアも眉を寄せた。
「……符丁ね」
その瞬間、鞄の持ち主の女の表情が変わった。腰へ手を伸ばし、そこから細身のナイフを抜く。
テオが即座に身構える。
だが、他の難民たちは動かなかった。助けるでもなく、止めるでもなく、ただ見ているだけだ。
(何かを企んでいそうだ)
レンの中で警戒がさらに強まる。
ナイフを抜いた女も、本気で斬りかかるつもりには見えない。構えは低いが、踏み込みが浅い。脅しとも違う。
(バレバレの仕草と、弱腰の姿勢……)
完全に力で突破するつもりでもない。かといって、本当に戦闘能力の低い集団でもない。
「その荷物、返して」
女が言う。声は震えているが、目だけは妙に冷たい。
「返したらどうする?」
テオが逆に聞き返す。
女は答えない。
その沈黙が、何より雄弁だった。
レンが一歩前に出た、その時だった。
川上の方から、複数の足音が近づいてくる。
全員が一斉に振り向いた。
現れたのは、軽装の鎧を着た武装集団だった。統一感のある装備、無駄のない足運び、そして、こちらをまっすぐ見定める視線。数は十人ほど。先頭の男が一歩進み出る。
「連邦民の保護に来た」
よく通る声だった。
「その者たちは連邦の民だ。我々が引き取る」
テオが露骨に顔をしかめる。
「随分早いお迎えだな」
男は表情を変えない。
「自国民の保護のためであれば、一定の国境侵犯は認められている」
淡々とした言い方だったが、その背後の連中はすでに戦える距離を取っていた。
ソフィアが小さく息を呑む。
「レン……」
レンは答えず、相手の陣形と、こちらの位置、難民たちの動きを一瞬で見た。
難民たちは今や完全に沈黙している。怯えた被害者の顔を貼り付けたまま、しかし、その目だけが武装集団を待っていたように見えた。
(なるほどな)
ここまで来て、ようやく形が見えた。
「難民を護送していたつもりだったが」
レンは静かに呟く。
「どうやら、こっちが見定められていたのかもしれないな」




