トリフト領にて10
「エレナ、婚約は解消したはずだが」
「いいえ、ユキト様。ルーデンドルフは婚約解消は無し、と返事したはずです」
「しかし私はもう貴族ではなくなった」
「貴族だとか貴族ではないとか関係ないです。ルーデンドルフ家はユキト・トリフトではなく、ユキト様自身を評価しています」
「…」
「あの、とりあえず場所移動しませんか?」
いきなり始まった痴話喧嘩。きっとこれは長引くやつだ、と恋愛経験ゼロの俺の直感が告げていた。下手するとこの場で朝日を拝むことになるのではと危惧した俺は、ユキトが黙ったタイミングを逃さず割って入った。
「そうだな」
「そうですね」
そう言った二人ともが「あ、お前居たんだ」といった表情をしていた。気のせいかもしれないがきっとそうなのだ。
ユキトに「美少女といちゃいちゃしやがって! 爆ぜろ!」と言ってやりたい。しかし、まだエレナさんがどういう人かよくわからないのでこれは自重しておく。
「ではとりあえず門まで飛びましょうか。《転移》」
「うわっ」
エレナさんが「転移」と言った瞬間、足元が光り始めて間抜けな声が出てしまった。
二人はそれを聞いていないふりをしているが、もう少し表情の操作を頑張った方がいいと思う。頑張って笑いを堪えていますといった表情をされるくらいなら、普通に笑われた方がまだ救われる。
「《対象―――三名》」
足元が少し光っているだけだったのが、エレナさんの言葉に合わせて光がさっき見たような模様に変わっていく。
おそらくこの世界の詠唱や魔方陣なのだろう。さっき上げた間抜けな声のことはすっかり忘れて食い入るように魔方陣を見つめる。
「《標識―――魔導騎士タルタロス》」
「《接続》」
おそらく完成だろう。「接続」と言った瞬間、さっき見た魔法陣と同じような魔法陣が出来上がる。さっき見た魔法陣がうろ覚えなので少し違うかもしれないが、同じだと思う。
「マサキさん、目を瞑っておいた方がいいですよ」
「はい?」
魔法陣に意識が寄っていて、エレナさんが何か言ったと思うのだが聞き逃してしまった。
「《起動》」
何と言ったのか聞き返そうとしたが、それより先に「起動」という声が聞こえる。
その瞬間、視界がずれて、魔導騎士が目の前にあった。
いつもなら初転移などと言ってはしゃいでいるところなのだが、頭がボーっとしていて、あまり初転移の感動がわいてこない。
「マサキ、大丈夫か?」
「少し頭がボーっとするけど大丈夫、だと思う」
「目を瞑っておいた方がいいって言ってあげたのに目を瞑らないからです」
「すみません、魔法陣みたいなのに夢中になってて聞き逃してました」
「魔法陣みたいなのではありません、魔法陣です。それより転移酔いがその程度なら大丈夫でしょう」
転移酔いと言われたが、今日一日が濃すぎたせいで脳が疲れきっているだけな気もする。
どっちにしろ休みたいことには変わりがない。
「マサキ、ギルドへの報告は私がやっておくので先にベジタブルで休んでいるか?」
「正直、休んでていいなら休みたいかな」
「では先にベジタブルへ向かうか」
どうやら休みたいと顔に出ていたらしい。ユキトから出たありがたい提案を即決してしまった。
「ユキト様、私達のお話もお忘れなく」
俺とユキトのやり取りを見守っていたエレナさんがユキトに釘を刺す。
ユキトには悪いが、この問題にはあまりかかわりたくないので先に休めるのは本当にありがたい。
「ああ、大丈夫だ。一先ず街の中へ入ろう」
そう言って門の方へとユキトが歩き出し、それにエレナさんと二人で付いていく。
「エレナさん、あの魔導騎士ってエレナさんのなんですよね?」
「厳密には違いますが、そうですね。魔導騎士タルタロス、現在の搭乗者は私です」
タルタロスって確か奈落の神だったような気がする。そもそもなぜ向こうの世界の神の名前が出てくるのか少し気になる。が、とりあえず今一番疑問に思うことを質問する。
「あの、あれってあそこに放置してていいんですか?」
「あ、忘れていました」
エレナさんの右手にはめられている宝石のようなものが付いている指輪。それが魔導騎士に向けられる。
「《収納》」
その言葉に反応して指輪の宝石の上に魔方陣が浮かび上がり、魔導騎士の足元にも魔方陣が広がった。そして二つの魔方陣が一瞬輝き、魔導騎士は消えてしまった。
「指摘、ありがとうございます」
エレナさんはそう言うと、少し早歩きで離れたユキトを追いかけた。
それに続くように俺もユキトを追いかける。
そんなに離れていたわけではないが早足で近づいてくる俺とエレナさんに気づいたユキトは、納得顔でエレナさんと魔導騎士があった場所を見ていた。
それに気づいたのだろうエレナさんの耳が、気のせいかもしれないが少し赤くなっているように見えた。
そんなイイ雰囲気を見せつけられ、やっぱり爆ぜろ! と念を送っているうちに、街の中に入っていた。
読んでくださる方がいる、それが私のモチベーション!
ありがとうございます。




