貴族は掃除をしたことがない
ヴラドがヨムカのアパートに押しかけて三時間くらいだろうか。
ベッドに腰かけてただ黙々と小説を読みふけるヴラドを尻目に、テキパキと室内の掃除をこなしていくヨムカ。
「……はぁ、先輩。少しは手伝おうとは思わないんですか?」
「ん~、なんだ? 何か言ったか?」
「寝泊まりさせてあげるんですから、手伝ってくれてもいいんじゃないんですか?」
「あ~、まぁそうだな。でも部屋はボロいけど、特に誇りが積もってるわけでも、汚いわけでもないだろ。それなのに掃除なんてするのか?」
確かにヨムカの部屋はボロい。
立て付けの悪い窓や扉からはうすら寒い風が容赦なく駆け抜け、キッチンの蛇口とシンクも錆びていて、床も歩けばギイギイと軋む。
築何十年という生活するのがやっとの住居の一室は、それでも使用者がキチンと掃除を欠かさないので、それなりに綺麗な状態だ。
「ちゃんと毎日、コツコツとでも掃除しないとすぐに汚くなってしまいますので。先輩の家はちゃんと家事をこなしてくれるメイドたちがいますもんね」
「ああ、お陰で生まれて一度たりとも家事なんてしたことないな」
「ぐっ……こ、これが、貴族と一般市民の差ですか」
雑巾を持つ手に力が籠る。
「まぁ、自分でなんとかしなきゃいけなかったのは、貴族としてのマナーくらいか。あれはスゲェ面倒くさかったな」
「そういえば、あの不愛想な料理人の店で、肉料理を切り分ける時の動作がとても優雅でしたね」
「そういやそんなことあったな。つか、まだ経営してんのか?」
「どうでしょうね。気になるのなら、今晩にでも行ってみますか?」
「そうだな~、貴族の飯も飽きてきたし、行ってみるか」
ヨムカは恨めしそうな視線をヴラドに叩き付ける。
貴族の贅の限りを味わえる暮らし。貴族は貴族で多忙なのだろうが、ヴラドを見ているととても層には見えない。そもそも貴族の役割は、戦争時に自ら戦地に赴く事だ。
この国はもう五年以上も戦争をしていないらしい。ヨムカはまだこの国に来て半年くらいだが、この国の人々は戦争なんてものは既に自分たちとは無関係だというような顔で日々を過ごしている。
「もちろん、先輩の奢りですよね?」
「宿代として出してやるよ。というか、お前が金無しなのは俺のせいでもあるしな」
「ちゃんと理解してるじゃないですか。だったら、もう少し任務受注をお願いしますね」
「ヴラドもベナッドもうるさいからな。安全第一な任務を持ってくるさ」
「はい、お願いします。はい、先輩これ持ってください」
小説に視線を落とす前に雑巾を一枚ヴラドに着き付ける。
「俺も掃除しなきゃいけないのか?」
「はい、当然です。嫌なら……」
「わかった、わかったから。仕方ない、んで、俺は何処を掃除すればいいんだ?」
「トイレとお風呂をお願いします」
「……まじか?」
あからさまに嫌そうな顔をしたヴラドは、ニコニコとしたヨムカの有無を言わさない圧力に気圧され、渋々掃除に取り掛かった。
こんばんは、上月です(*'▽')
次回の投稿は7日の夜になります!




