異国料理はどんなものか?
「おや、おやぁ? ヨムカ君じゃないか。こんなばしょで会うなんて奇遇だねぇ。あれ、馬鹿でクソなヴラドは一緒じゃないのかい?」
背後から自分へ投げかけられた言葉をこのまま無視して、人込みに紛れて姿を眩まそうかとも思ったがこの髪色だ。人ごみに紛れることなど不可能。小さな溜息をこぼし、しまったと後悔した。
「何か、悩み事かなぁ? まっ、あんな下級部隊に席を置いていて、しかもあの馬鹿でクソで本の虫のヴラドを隊長なんだもんねぇ、それは溜息の一つや二つ……いいや、百や千はつきたくもなるか」
「あの、カルロさん。私に何か用ですか? 用が無いのでしたら……」
付きまとわないで下さいと言葉を続けようとしたが、前回の貴族の護衛任務の時の恩もあるのでそのまま飲み干した。
「聞いたよ。指名任務で無茶をしたんだって?」
「だっ、誰に聞いたんですか!?」
「馬鹿でクソで本の虫のくせに馬鹿なヴラドだよ」
馬鹿が重複しているところを指摘しようかと思ったがやはり止める。
「僕は実際に見た訳じゃないから何とも言えないけど、そのムカデみたいな人だっけぇ? ヨムカ君は、ソレを最初見た時どう思った? ううん、どう感じた?」
「感じた……気味が悪いなとか、こんなものが本当に実在しているのか、とかでしょうか」
「そう、こんなものが本当に実在しているのか、だね」
カルロはヨムカの隣りに並び歩く。その表情も口調も普段のふざけたものでも、苛立たせるものでもない。ましてや六八部隊の面々に接するような仏顔でもない。純粋なる疑問を探求しその答えを手繰り寄せんとする魔術師としての顔だった。
「ヨムカ君、少しだけ時間はあるかな?」
「えっ、あ、はい。ありますけど……」
カルロの態度に戸惑いもあってか頷いてしまう。
「夕飯でも食べに行こうか。あっ、もちろん代金は僕が全て持つよ。そのかわり……」
「私の知っているその化け物の情報……ですよね?」
「はは、察しが良いね。少々、僕としては真面目な話だからお酒は止めておこう」
大通りから脇道一本逸れた場所。
大衆酒場とは雰囲気が正反対の小洒落たバー、懐の寂しい学院生には縁もゆかりもない高級飲食店。窓から覗く店内には貴族だとわかる風貌の男女がワイングラスを傾けつつ、器用に肉を斬り分けていたりしていた。
「ん? こういうお店の方が良いかな?」
「ち、違います。普段見慣れないお店なので、ちょっと興味本位で」
「ふぅん、ヴラドやロノウェ君は連れてってくれないのかい?」
「先輩はどっちかとえば大衆酒場でワイワイ飲むのが好きみたいです。ロノウェ副隊長には一度だけ連れてってもらったんですけど、緊張してて味も店内の様子もあまり覚えていなくて……」
「まぁ、ロノウェ君は女性受けがいい顔してるもんねぇ。顔だけじゃなくて些細な気配りも出来るときたもんだ。ふぅ、僕は彼がちょっと怖いよ」
「か、勘違いです! 別にそういう意味で緊張していたわけではなくて! えっと、初めての高級店だったからです!」
「へぇ、まぁそういうことにしておこうかな」
ヴラドやカルロも十分以上に女性受けがいい顔をしている。ただ、カルロは他人に対する態度を改めれば文句のつけようがない。ヴラドも小説の世界に埋没し過ぎて風呂に入るのを忘れず、身なりをちゃんとしてめんどくさがりな性格を改めれば……。
「先輩は顔だけ……?」
「何か言ったかい?」
「独り言です、それで、今から行くお店はどういった場所なんですか?」
「ここだよ。異国の料理が味わえる店でね。よく六八部隊の打ち上げで利用させてもらったりしているんだ」
「らっしゃい寿司」と異国の言葉で書かれている看板。その見たことのない文字から、どのような料理が提供されるのか想像もつかないヨムカは不安げにカルロを見上げる。
「味は保証するよ。それに魚の食べ方の価値観がだいぶ変わると思うよ」
ヨムカがこれからどのような顔をするのか楽しみだといった風だ。先頭を歩くカルロの背後を着いていくヨムカは店内の光景に息を呑んだ。
こんばんは、上月です(*'▽')
次回の投稿は25日の夜になります!




