手渡したレイビィの預かり物
ベッドで虫の音のように小さな寝息を立てて、気持ちよさそうに眠るヨムカ。
身体を痛めてしまいそうな固いベッド。ぺったんこに潰れた敷布団と掛布団。大事そうに抱かれる犬のぬいぐるみ。
王都にたどり着くと日付が変わっていた。フラフラと疲労が蓄積した足で隙間風が自由に出入りするボロアパートに辿り着くや、シャワーを軽く浴びてベッドに倒れ込んだ。
今回の任務はヨムカ一人であったならば達成できなかっただろう。そもそも命が無かった。ヴラド達が同伴してくれたお陰でヨムカは今もこうして生きている。
小鳥の囀りと共に朝日がアパートの一室に差し込む。
「んぅ……ふわぁ~」
瞼の上を撫でる眩しい光にヨムカは強制的に起床させられた。まだ眠い。二度寝してしまおうという強い誘惑が、頭からスッポリと布団が覆う。
寝てしまおう。
これがヨムカの下した意思。今日くらいは別にいいだろう。休日なのだから身体を休ませてもいいはずだ。この権利は誰にも侵害できるものではない。明日からまた一週間学院に通わなければならないのだから、お昼くらいまで寝ても罰は当たらない。当たる筈がない。
起きたら昼食を食べて……。
一日の怠惰なスケジュールを停止させる。
「バロックさんに渡さなきゃ……いけないんだよね。でも、眠い……」
眠気と任務がせめぎ合い、ヨムカの意思決定を揺さぶる。布団に蹲ること数分。重い瞼を擦りながら布団から這い出る。
「早く渡して、今日は早めに帰ってこよう。戻ってきたら寝よう」
身支度を整えるために洗面台に向かい寝癖を直し、冷水で顔を洗えば瞬時に意識が覚醒する。
朝食は飽きもせずツナパンだ。休日の楽しみである朝食はゆっくりと時間をかけて済ませるが、まだ時刻は七時を過ぎた所。ヨムカは上着にネックレスの感触を確かめて家を出る。
始めは南区域になぞ足を運ぶものかと思っていたが、まさかここ最近頻繁に足を運ぶことになるとは当時のヨムカは思いもしなかっただろう。今では南区域の人たちとすれ違えば、智天使や黒死蝶問わず気軽に挨拶を交わす仲だ。
「ヘイ、ヨムカ。うち等の阿保リーダーの落書きってマジ悪趣味よネ」
異国の訛りが強い平たい顔をした陽気な男は智天使の人だが、自分たちのリーダーを阿保呼ばわりして笑っている。どうしてそんな阿保のリーが頭を務めているのかは謎である。部下に優しくなく、戦闘力も高そうに見えない。さらにはうるさいだけの馬鹿ときた。うん、リーダーとしての資質は皆無だと再認しつつ、男に挨拶を交わす。
「今度、リーさんに言いつけますよ?」
「はっはっは! ソイツは、勘弁してほしいナ」
全員が全員訛りが強いわけではないが、大体の人がこの訛った発音をする。最初は聞き取りにくかったが最近では慣れてきた。
行き交う人達に変な遠慮は必要ない。家族なのだ。智天使も黒死蝶も。世間では非人間として扱われる彼等だが、ヨムカにとっては大切な人達。我が身を挺してでも守りたい掛け替えのない輝き。
廃墟同然の住宅街を突き進んだ先に開けた場所がある。髑髏の看板が特徴的な店はスカルクラブ。黒死蝶の本拠地。有刺鉄線が店を広く取り囲むように張り巡らせてある。これは敵の襲撃を防ぐもので、有刺鉄線と店の間には土嚢が積まれた箇所が幾つもある。
有刺鉄線の入り口から店までは歩いて二分程。そのおどろおどろしい店の外観も最初は悪趣味だと切り捨てたが、よくよく見れば描かれた髑髏はどこか愛嬌のようなものを感じなくもない。
「おっ、ヨムカ嬢じゃねぇですかい。こんな朝早くからどうされやした?」
タイミングよく店から出てきたのは、バロックの古参の腹心であるカロトワだ。小太りの小人だが、天性の人を惹き付ける魅力で黒死蝶の面々に活力を与えている。
「えっと、バロックさんって来てますか?」
「バロックの旦那なら二階席で酒を飲んでやすよ」
「そっか、ありがとう」
カロトワと入れ替わりで店内に入る。既に朝から飲んだくれが大勢いる。酒とたばこの臭いがヨムカの鼻腔を刺激する。だが、こんなものまだまだ可愛いくらいだ。二日前におじさんムカデの体内はこの世の腐臭を密集させたかのような臭いだったのだ。それに比べればこんな臭いは些細なもの。
木造螺旋階段をのぼるとバロックがスアラと酒を飲み交わしていたが、ヨムカの姿をみるや手に持ったグラスをテーブルに置く。
「ヨムカ嬢、おはよう」
「おはようございます、ヨムカ様」
「あ、うん。おはようバロック、スアラ」
ヨムカはバロックに目配せすると、バロックはスアラを下がらせる。バロックにはこれから話す内容が分かっているようだ。
「んで、妹は……その、どうだった? 元気してたか?」
ヨムカは自然な流れで頷く。
既に村人もろとも他界していると言えるはずはない。ヨムカは夢の中かわからない空間でレイビィと話した内容を交えつつ預かったネックレスを手渡した。
「アイツ、こんなものまだ持っていやがったのか」
バロックは崩した表情で笑いながら酒を一気に飲み下した。
こんばんは、上月です(*'▽')
次回の投稿は22日を予定しております。




