エカルラート家の温かさ
一人を除きその周囲全てが融解していた。
黒を基調とし、金糸で何かの花のような刺繍が施された高価そうな代物。常識外れの一撃を受けてなお、ロノウェに僅かばかりの負傷も見当たらない。きっとあれは因果創神器だ。それも高位のランクの部類のものだろう。だが、どうして、彼が……。
そんな疑問は母の声に霧散する。
「渡さないって言っているでしょッ!! どうして私達、家族を引き裂こうとするのよォッ!?」
感情は激情に呑まれ、冷静なモノの考え方が出来なくなっている。身振り手振りで必死にロノウェを説得……といっていいのか。感情任せに発せられる言葉は多少言い回しが異なるが、ほぼほぼ同じことを繰り返して叫んでいた。
「……お母さん」
傍から見れば醜態以外のなにものでもない。だがそれは母の愛なのだ。ヨムカは決意が揺らぎそうになった。帰らなければと唇を引き絞る。
「消えなさい! この悪魔ァ!! 私のヨムカは災厄でも悪魔でもないの。普通の女の子なのよ! それを、貴方達はこの子に何をしたァ!!」
喉が潰れてしまうのではないかという大声。
「……お母さん」
「私はもう失わない! 奪わせない! 私達の幸せはこれから始まるのよ――」
「お母さんっ!」
「…………」
母の動きが止まる。静まり返った花園に感情を抑えこんだすすり泣き。
「お母さん、ありがとう。お母さんが私をどれくらい大切にしてくれているか分かったよ。でも、私は帰らないと」
「……どうして? ヨムカは私達のことを嫌いに……そうよね」
「嫌いじゃない!! お母さんもお父さんも大好き。でも、私は帰らなきゃいけないの」
「そうか。ヨムカはきっと現世に何かを見出そうとしているのかもね」
沈黙を決め込んでいた父が口を開いた。
「ヨムカは強く大きくなったね。本当に……お父さんは、いつでもヨムカの味方だ。現世には信頼できる仲間もいるんだろう? なら、僕が心配することはなさそうだね」
「……貴方」
「もう、いいじゃないか。ヨムカをちゃんと見てあげなよ。こんなに立派に育って、うんうん。お父さんは嬉ししいよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
大の大人が満面の笑みで両手を大きく広げて、ヨムカに飛び込んでくるが、母が先程発動した術式を躊躇いなく父に放つ。もちろん、威力は制限している……とは思うが、全てを溶かし尽くす光子砲に呑まれ消えた。
「貴方、ヨムカは年頃の女の子よ。この子には相応しい相手がいるの。貴方は私で我慢しなさい」
「おおぅ……溶け死ぬかと思った。我慢なんてとんでもない! キミはとても素晴らしく美しいよ!」
「はぁ……もう! 恥ずかしいからやめなさい。それはそうと、ヨムカ、相手はちゃんと選びなさい。人は顔が全てでは無いのよ」
母は明らかにロノウェを嫌悪しているようだ。刺々しい言葉が自分に向けたモノだと理解している本人は、ひどく他落胆しているようだ。
「うん、ありがとう。お母さん……それと、もう一度だけ言わせて。お母さんもお父さんも私は大好きだよ」
「えぇ、お母さんも愛しているわ」
「ぼ、僕もだよ!」
エカルラート家はとても眩しかった。ロノウェの遠くから眺める視線は、とても寂し気だった。
こんばんは、上月です(*'▽')
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