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術式を受けぬ捕食の巨躯

「ちょっと! こいつ、動きが――速い」


 繰り出される鋭利な足先の一突きを全て紙一重で交わしつつ、奴の意識がベイリッド達に向かぬように術式を展開しながら、少しでも意識を彼等から逸れる様に計算して走る。


「私が守らなきゃいけないんだ。カルロさんが戻るまで持ちこたえられれば、それでいい」


 自分に言い聞かせる。


 無理をする必要はない。奴の意識を此方に向けておいて時間を稼げればそれでいいのだ。下手に近づいて殺ろうなんて考えなくていい。今は、その全ての攻撃に注視し回避することに意識を注ぐだけだ。


それにしても。


「術式が全く通じてないッ!?」


 術式が効かぬ相手となれば魔術師であるヨムカ達はお手上げだ。もし、仮にカルロが戻ってきたとして、術式が通用しない相手にどう戦うというのか。


 効果的な算段はない。


 舌打ちを鳴らし、それでも炎をそのでかい図体に放つが、炎は燃え広がる事はなく消失してしまう。


 何故、どういった性質で、そんな理由探しに意味はない。


「カルロさん……早くっ――きゃっ!!」


 振り下ろされる鋭利なる足を回避した時に、足首を捻り体制を崩し、横転する。


「ヨムカァ!!」

「ヨムカちゃん!!」


 なんとか立ち上がろうにも、足首は痛みで動かせず、赤い密集した眼球がヨムカを捉え、唾液がネバリ滴る口は大きく開かれ迫る。


 もう、駄目だ。


 ならば、せめて最後に一矢くらいは報いたいと魔力の放出量を上げ、夕日色の瞳に強い意志を乗せ、色鮮やかな炎をその顔面めがけぶちかます。


「…………」


 炎が四散し、口内にズラリと並ぶ牙から視線を外すことが出来ない。


「クラッド、フリシア! 今のうちに逃げて!!」

「うっせぇ! 仲間見捨てて逃げられっかよォ!」

「そ……そうだよ! 任務も大事かもしれないけど、ヨムカちゃんのほうがもっと大事だもん!」


 隅で震えていた二人は気丈にも立ち上がり、顔を見合わせては頷く。


「俺の術式なんて、たかが知れてるけど、物理的には痛いぜ!」


 クラッドの術式それは形になる以前の――魔力をただ濃縮させ固形化させた物質を無数に生成し、一斉掃射をして馬鹿でかい巨体にぶつけていく。


「わ、私だって――」


 並み以下の質である魔力だが、それでも仲間ヨムカを救いたいと彼女の得意とする治癒の詩を読み上げる。


「自然は人を愛します。人は自然を愛します。人は人を愛します。私は人も自然も愛しています。故に、私を愛してください――親愛の一矢(リア・アーベンジュ)


 フリシアの手に握られた光の矢は主の愛を届けるべく、自らその矢先を愛し人(ヨムカ)に向けられ、白い軌跡を描きながら宙を走る。


「ありがとう、フリシア」


 その矢の効果で捻挫の痛みが和らぎ、なんとか動けるくらいまでには回復した。だが、それでもこの危機的状況を打開できたわけではない。


 むしろ、クラッドたちの行動により大蜘蛛の意識は二人に向かい、必然的に傍にいる護衛対象であるベイリッドも標的に捉えられる。


「フリシアはベイリッド卿を! クラッドは援護して!」


 だが、各自が動く前に大蜘蛛は突拍子もない行動を取った。


「そ、そんなっ!?」

「ちょちょ、こんなのアリかよ!!」


 尻部分の袋の先から糸を無造作に噴出させ、エントランスホール一帯は白糸の領域と化す。その領域の真価はすぐに見て取れた。


「なっ、なんなんだこれは! 足の裏に糸が貼りついているだと!? おい。魔術師、お得意の術式でなんとかしろ!」

「無理っすよ、俺は術式が使えないし――」

「じゃあ、お前だ! さっきの矢みたいなので引き千切って見せろ」

「む、無理です。私は、その回復の術式しか――」

「使えんガキどもだな! なら、赤髪の忌み子。お前の炎なら焼き払えるだろう? 早く、この目障りなモノを消せ!」


 ただただ、助かる事に固執しているベイリッドは怒鳴り散らし、そのせいもあり、大蜘蛛の視線を受けていることも本人は気づいていない。


 ヨムカは別にベイリッドという個人を助けたいわけではない。むしろ、餌にしてしまったほうが、自分たちが逃走する時間を稼げるのではないか、とさえ思う。


「やってます! でも、燃えないんですよ!!」


 その絡みつく糸は、その巨体同様に炎を霧散させてしまい、成す術がなく、その間にも蜘蛛の大口は粘つく唾液を滴らせながらもベイリッドの頭を――。


「う、うわあああああああ!! 誰か!? 誰かァ!!」

「ベイリッド卿、動かないでください!」


 ヨムカの頬を撫でる風が暴風と化し駆け抜け、蜘蛛の横面にぶち当たり、鋭利な牙はベイリッドの頭部を嚙み潰すことなく、大きな音を立てて横転する。


「よっと、ベイリッド卿。遅くなり申し訳ありません。お怪我はありませんか?」


 倒れた蜘蛛の上に軽やかに着地し、何事もなかったかのように悠然と眼鏡を指で押し上げる。


「おお……おぉ! カルロ君、私は大丈夫だ。いやぁ、やはりキミはとても有能な魔術師だ! こんな、見習いや忌み子とは違う」

「ヨムカ君たちも無事で何よりだ」


 カルロは腕を振るうと、ヨムカ達の足に絡まる糸を断ち切る。


「す、すげぇ……」


 炎でも燃やすことができなかった糸を、こうもアッサリと切断してしまう彼の実力は確かに隊長として申し分ない。


「今のうちに逃げましょう。この蜘蛛もじきに目を覚まします」

「か、カルロさん。その他の人たちは……」


 フリシアの疑問に小さく首を横に振る。


「そんな――」

「ええい、傭兵はまた雇えば――うごッ!」

「うるさい!」


 ベイリッドの顔をおもいっきりグーで殴りつけたヨムカの瞳には怒りの感情がありありと映し出され、彼を殴りつけた拳は小さく震えていた。


「部下を……人間の命を安く見るなッ! みんな、貴方の馬鹿みたいなわがままに付き合って命を落としたんですよ!? どうして、そんな彼らの為に祈りも捧げられないんですかっ!」

「この、悪魔めッ!! 貴様、国に帰って平穏に暮らせると思うなよ!」

「ええ、構いませんよ。ですが、その前に部下に謝罪と黙とうをお願いします」

「ベイリッド卿、私からもお願いします。せめて、ここまで付き合ってくれた彼等の冥福だけでもお願いします」


 蜘蛛の上から飛び降り、頭を下げるカルロにベイリッドは困惑の色を浮かべる。


「ぐぬぬ……わかった。いいだろう。だが、この不気味な屋敷を出た後だ」

「はい、それで構いません。これでいいかな、ヨムカ君?」

「……はい」

こんばんは、上月です(*'▽')


34話目です。

護衛任務も次回で終わりになります!



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